第477話 おじさんはどうにかして首を突っこみたい


 メーガンの叫ぶ声を聞いた男性講師は駆けだしていた。

 考えるよりも先に身体が動いた結果だ。

 

「メーガンっ!」


 満月の夜である。

 いつもよりも明るい。

 

 噴水の前でメーガンが腰を抜かしている。

 駆け寄ろうとして、男性講師は気付いた。

 

 噴水の前にそれはいた。

 月の光に照らされて、キラキラと光る銀色の髪。

 後ろ姿しか見えないが、学園の制服を着た半透明・・・の女子生徒がいた。

 

「な!?」


 さすがに男性講師も絶句してしまう。

 冒険者時代にアンデッドと戦ったことはある。

 だが、こんな半透明の身体を持つ魔物・・は見たことがない。

 

 確か死霊魔法があるというのは聞いたことがある。

 が、それなのだろうか。

 

 ゆっくりと魔物・・を刺激しないようにメーガンに近づく。

 

「大丈夫かー」


 忍び寄って後ろから声をかける男性講師だ。

 

「だ、だいじょばない……なんなのあれ? おばけ?」


「さぁーわからんが、襲ってこないところをみると好戦的な魔物・・ではないー?」


 まだ正確なことはわからない男性講師だ。

 

「メーガン、陰鬼は使えるかー?」


「ちょっと無理ぃい」


 男性講師はガシガシと後頭部を掻いた。


「わかった。じゃこのまま撤退するぞ」


 静かに、だが確実に。

 男性講師はメーガンをお姫様抱っこした。

 

「はきゅん」


「……? なにか言ったか?」


「にゃ! にゃんでもにゃい!」


「声がでかい。気付かれる前に撤退するぞ」


 魔物・・に目をむけたまま、後ろ歩きでそろそろと学舎の方へと戻る男性講師である。

 その瞬間――半透明の女子学生が振り返った。

 

 

 時は少し遡る。

 おじさんは帰りの馬車の中で考えていた。

 どうしても学園の様子を見ておきたい、と。

 

 しかし、家から抜けだすことはできない。

 ならば家に居ながらにして、こっそりと監視するしかない。

 

 となれば新しい魔法を開発する必要があるだろう。

 では、どうするのか。

 

 腹案はある。

 そこでおじさんは使い魔に頼ることにしたのだ。

 

 自室にてお着替えをした後に準備万端整える。

 

「と、いうことなのですわ!」


『家から出ずに学園を監視したい、と』


「魔法を作るのですわ!」


『いやいや、なにもそんなことをせずともいいだろう。小鳥の使い魔を喚べばいい』


 使い魔の正論であった。

 わざわざ魔法を作らずともいいのだ。

 既にそれ用の魔法があるのだから。


「と、トリちゃんは新しい魔法を作るまでもないと言うのですか?」


『ああ、そうだ。実際にあの小鳥の魔法はよくできておるではないか。わざわざせずともいい苦労をするのはおかしくないか、主よ?』


「だが断る! このリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワが最も好きなことのひとつは未だ見ぬ魔法を作ることですわ! 既に在る魔法に頼ることに『NO』と断ってやりますの!」


 ふんす、と鼻息を漏らすおじさんである。

 

『な、なにぃいいい!?』


「トリちゃん、わたくし既に腹案があります」


『ほう。聞こうではないか』


「あれは確かアルテ・ラテンでの百鬼横行パレードだったと思いますの。ボボボーボル・・・・・・とかいう死霊魔法の使い手がいたでしょう?」


『うむ。ボボボールであるな。確かにいた』


「それですわ。最後に使った魔法があったでしょう? 本来なら死肉となった魔物の身体を集め、自分の魂を憑依させるというものですわ。あのときの魔法は失敗しましたが、半透明の姿になっていたはずです」


 ちょっと早口になるおじさんである。


『うむ。確かにそうだったな……いや、そうか。なるほど。いわゆる霊体となって家をでたい、と』


「そういうことですわ!」


『うむ……ならば建国王を転生させるときに使った魂魄剥離の魔法が使えるか……』


 ブツブツと独り言を呟き始めるトリスメギストスだ。

 

『うむ。道筋は見えた! 確かに主の言うような魔法もできるかもしれん。だが、肉体から霊体を分離させるということは、その間は無防備になるぞ』


「その点はいずれ改良するとします。ですが、今は時間が足りません。なので、まずは霊体のみを分離させて自由に行動するための魔法を開発します!」


『心得た! では、術式のベースとしてはやはり死霊魔法から考える方がよさそうであるな』


 おじさんと使い魔が術式を改造し始めた。

 そこへコンコンとドアをノックする音が響く。

 

「リーちゃん、ちょっといいかしら?」


「お母様? 大丈夫ですわよ」


「ちょっとリーちゃんに魔道具のことで相……なにその術式は! 面白そうなことしてるじゃない!」


 おじさんとトリスメギストスが中空に浮かせていた魔法陣を見て、母親が目を輝かせた。


「かくかくしかじか」


 ということですわ、と説明するおじさんだ。


「まるまるうまうま」


 なのね、と話を理解する母親。

 似た者の同士の母と娘である。

 それはもう理解が早かった。

 

「……むふふ。リーちゃん、この魔法は色々と遊べそうな気がするわ!」


「でしょう!」


 おじさんとトリスメギストス。

 そこへ母親が加わった瞬間であった。

 

 時を戻そう。


 ――半透明の女子学生が振り返る。

 その姿はどこかおじさんに似ているように見えた。

 

「え? リーちゃん?」


 メーガンが思わず声をだしていた。


「いや……ちがう。似ているが……」


 即答でちがう人物であると見抜く男性講師だ。

 伊達に数ヶ月もおじさんに接していない。

 

 確かに目の前にいる半透明の女性もとんでもない美人だ。

 おじさんにも似ているのだから当然だろう。

 だが、超然的なまでかと言われるとそうでもない。

 

『あら? そこに居るのは学生……じゃないわね?』


「……あーオレたちは学園の講師だー」


『ほぉん……』


 と、半透明の女子学生がニヤニヤとした表情を浮かべる。

 もちろん男性講師がメーガンをお姫様抱っこしている状況を見てであった。

 

「ち、ちが! これは!」


 男性講師が反応した。

 

『あらぁ? そんなことを言ってもいいのかしら? あなたの腕の中の彼女が泣いてしまうわよぅ』


 クスクスと笑う半透明の女子学生だ。

 

「え? あ? いや、彼女?」


 男性講師がメーガンを見た。

 彼女は顔を真っ赤にして、胸に顔を押しつけている。


「え? なにこのじょ……」


 男性講師の声が途切れたのは、噴水前の空間が陽炎のように歪んだように見えたからだ。

 次の瞬間、半透明ではあるが見慣れた女子生徒の姿が浮かび上がってくる。


『お母様! お二人をからかってはいけませんわ!』


『ふふ……ちょっと手助けしてあげただけよ』


 二人が並ぶとよくわかる。

 確かによく似ているのだ。

 似ているけれど、どこかがちがう。

 

「あー。ちょっと待って。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワでいいんだよなー?」


『ええ、そうですわ。バーマン先生!』


『ああ、こちらがバーマン卿なのね』


『バーマン先生、わたくしのお母様ですの!』


「ってことは公爵家の奥方様……これは失礼いたしましたッ」


 男性講師がその場で膝を折る。

 

『そんなに畏まらなくてもいいですわよ。公の場でもありませんし』


 おじさんの明るい声が響いた。

 

「あー色々と聞きたいことがあるんだが……」


 と、腕に抱いていたメーガンを降ろす。

 そして、ボリボリと後頭部を掻く男性講師だ。

 

『その話はあとですわ! 誰かきますわよ!』


 おじさんの声に反応して、メーガンが陰鬼を召喚して影の中に男性講師ごと引きずりこんだ。

 

『あれは陰鬼……かしら。珍しい使い魔を持っているわね』


『お母様、隠れてくださいな』


 おじさんの指示に、はいはいと苦笑を漏らす母親であった。

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