第475話 おじさんの本気を聖女たちは甘く見た


 カレーだけで一週間生活する女たち。

 聖女とケルシーの黄金伝説が幕を開けた。

 

 初日は余裕だった二人だ。

 二日目の終わりには、きつそうな表情をし始めていた。

 そして三日目である。

 

 おじさんたち家族は通常の食事をしていた。

 カレーっぽい煮込み料理がでたのはご愛嬌だろう。

 

 妹はニコニコとしながら食べている。

 だが、二人の女たちはどうだ。

 

 聖女は既に譫言うわごとをブツブツと呟いている。

 一方のケルシーはどうにも食が進まないようだ。

 

 だが、カレーの芳香が彼女を逃がさない。

 逃げることを許さないのだ。

 結果、死んだ魚のような目でスプーンを進めている。

 

 学園での昼食も同じだ。

 彼女たちの昼食は学生会室にて既にセットされている。

 公爵家の使用人たちによって。

 

「まったく。よく飽きずに食べられるものですわね」


 半ば呆れたような声をだすアルベルタ嬢である。

 

「アリィ。そっとしておいてあげてくださいな。エーリカとケルシーは自らその道を歩んでいるのですから」


 そっと目を伏せるおじさんだ。

 あまりにも儚げで、憂いた表情を見せる。

 それは見る者を迷わせ、迷妄へと誘いこむのに十分だった。


 はわぁと薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちが、おじさんのせいで息を吐く。

 もはや日常の一コマだ。

 

 そして放課後のことである。

 魔技戦本戦での演奏を終えた後に、学生会室でお茶会が開かれていた。

 

「本日の差し入れはジャニーヌの手作りなのです!」


 パトリーシア嬢が令嬢を紹介する。

 ジャニーヌ・ガーバ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中では、おじさんに次ぐ料理好きだ。

 

 街道沿いの宿場町一帯を領地とする男爵家の御令嬢だ。

 地の利をしっかりと生かした領地経営には定評がある。

 つまり、小身ながらも彼女の実家は豊かなのだ。

 

 ジャニーヌ嬢が差し入れしたのはコロッケサンドだ。

 

「待ってたのです! 大好きなのです!」


 彼女の領地の名物でダハールと呼ばれる料理である。

 ジャガイモではなく豆をすりつぶしたものが使われているが、作り方はコロッケそのもの。

 

 それを野菜とともにハード系のパンにはさんである。

 ソースは甘酸っぱい感じの果実ベースのものが伝統的だそうだ。

 

 もちろん聖女とケルシーも大好物である。

 二人の目が一瞬だけ輝いた。

 

 しかし、現実は無慈悲である。

 おじさんちの使用人が二人の前に置いたのは、料理長のお手製カレー味のクッキーだ。

 しかもお茶までカレーの香りがするハーブが使われている。

 

「あう……あう……」


 既に言葉にならない聖女。

 

「うきゃきゃきゃきゃ」


 奇声をあげるケルシー。

 もはや二人の精神状態が危うくなっている。

 

「さて、アリィ。件の怪文書ですが進展はありましたか?」


 差し入れを美味しくいただいた後、おじさんは声をかけた。

 

「いえ、残念ながら手がかりはありません。ただ手分けして調査をしたところ、思っていた以上に怪文書の内容は広まっていました」


「そうですの?」


「はい。かなりの量が撒かれているようですわ。大半の生徒は相手にしていないようですが……」


 目を幾分か伏せるアルベルタ嬢だ。

 

「まぁ興味を持つ者がいてもおかしくはありませんわね」


「まったくあのような怪文書に惑うなんて」


 アルベルタ嬢が憤りを見せた。

 うんうん、と頷く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちだ。

 

「リー様以外に惑わされるなど言語道断ですわ!」


 またもや、うんうんと頷く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちであった。

 

「こいつら……ダメだ。早くなんとかしないと」


 シャルワールがこそりとヴィルに耳打ちする。

 

「いえ、もう手遅れのようです」


 ヴィルの視線の先には、うんうんと頷く元会長の姿があったのだ。

 

「だああ! なにやってんだ!」


 図らずもツッコミを入れたことでシャルワールに注目が集まった。

 

「……ということはシャル先輩は何かしらの情報をもってこられたのですか?」


 ぎろり、と睨むアルベルタ嬢である。

 どうやら彼女はキルスティにむけたツッコミを違う意味で受けとってしまったようである。

 その視線の強さに股間のあたりがひゅんとなるシャルワールだ。


「あーそのーなんだ」


 一瞬、頭が真っ白になったお陰で言葉がでてこない。

 

「いやあああああああ! もういやあああああああ!」


 そのときであった。

 聖女が立ち上がって絶叫する。

 

「ごめんなさいいいいい! あなたのことは愛してるけど、そうじゃないのおおおお! さすがにさすがにいいいいいい!」


 なにごとか、と学生会室が静まり返った。

 

「すみませんでしたあああああ! 調子にのってましたああああ! もう食べたくないのおおおおお!」


 聖女に続いてケルシーも立ち上がって吼える。

 

 二人とも滝のような涙を流していた。

 

「だから言ったでしょうに」


 と、深く息を吐くおじさんだ。

 

「だってええ、お茶や甘味までカレー味なのよ! それがまた美味しいんだもの! 美味しいんだけど、美味しいんだけど! おろろおおおおん!」


 聖女とケルシーが抱き合っている。

 

「ワタシ、もう森に帰れない!」


 ケルシーはなにを言っているのだろうか。

 

「仕方ありませんわね。本日の夕食からは元の食事に戻しましょう。よろしいですか?」


「あびばどう……あびばどう……」


 恐らくはありがとうと言いたいのだろう。

 だが、聖女とケルシーの口からは濁った言葉しかでてこない。

 

 泣きじゃくる聖女とケルシーの二人だ。

 ここにカレーだけで一週間生活する女たちの伝説は幕を閉じる のであった。

 

「ところでシャル先輩。先ほど、なにか言おうとしていたのではありませんか?」


 おじさんが話を強引に戻す。

 

「あ、いや。すまん。今のが衝撃的すぎて忘れちまった」


 うまく切り抜けたシャルワールである。

 内心では胸をなでおろしていた。

 

「リー様、よろしいでしょうか?」


 セロシエ嬢が挙手をするのを見たおじさんが頷く。

 

「亡霊の歌声を聞きながらについてですが、エーリカとケルシーの声を聞いていた思いだしました。確か学園の七不思議の中にでてくる……」


「ああ! 旧学舎の噴水の話でしたか。深夜になると亡霊の声が聞こえるとかなんとか!」


 おじさん、はたと手を打って声をあげる。

 確か聖女が怪談語りをしたときに言っていたはずだ。


「さすがリー様。ご存じでしたか」


 満足そうに微笑むセロシエ嬢だ。

 

「いえ、セロシエ嬢のお手柄ですわね!」


 ニコッと笑みを返すおじさんである。

 その笑顔にやられたのだろう。

 セロシエ嬢の頬が朱に染まった。

 

「ぼ、ぼくは……はい。ありがとうございます」


 下を向いてしまうセロシエ嬢。


「では、明日の深夜。旧学舎の噴水が怪しいということでよろしいでしょうか。ですが深夜に学園にとなると、わたくしたちでは対処が難しいですわね」


 おじさんが話を前に進める。


「とりあえず学園長に報告しておきましょうか。キルスティ先輩、同行をお願いしますわ」


 返答の前に席を立つ。

 

「あ、はい!」


 つられるキルスティだ。

 

「では、学園長に報告にいきましょう」


 キルスティを率いて、颯爽と学生会室からでる。

 その後ろ姿にほぅと息をつく薔薇乙女十字団ローゼンクロイツであった。

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