第474話 おじさん新たなる事件に首を突っこむ


 おじさんがカツカレーを作った翌日のことである。

 昨日、あれほどカレーを食べたのにも関わらず、だ。

 今日も今日とて、公爵家にはカレーの匂いが漂っている。

 

 それもそのはずだ。

 乾燥させた植物の葉だけではなく、種や花のめしべなどこれまでは食用と思われていなかった素材を使ったのである。

 

 料理長の好奇心を刺激しないはずがなかった。

 いや料理長だけではない。

 副料理長以下、見習いに至るまで魅せられてしまったのだ。

 

 王国に伝わる技法以外の料理に。

 確かに様々な料理を作ってきたおじさんである。


 それらが料理人たちの中に種が根付いていたのだ。

 結果、カレーという料理で芽吹いてしまった。

 

 内側からいずる衝動に料理人たちは感動すら覚えている。

 こんなにも料理が楽しくなるなんて。

 

 ただまぁおじさんからすれば、ちょっと迷惑である。

 カレーは食べたい。

 だけど毎日はさすがに飽きる。

 

 前世の若かりし頃、おじさんは公団に住んでいた。

 収入などの条件があるのだが、家賃が安く助かったものである。

 

 その公団時代の話だ。

 偶然だが隣の部屋がインド出身のご家庭だった。

 

 とても感じのいい人たちだったのだが、おじさんにとってひとつだけ困ったことがあったのだ。

 それは早朝から深夜まで隣の部屋からカレーの匂いがすることであった。

 

 後年になって知ったのだが、インドの料理はスパイスを使うのが当たり前である。

 カレーだろうがカレーでなかろうが、スパイスを使うのだ。

 

 ただ、その時のおじさんは知らなかった。

 だから毎日カレーを食べていると思っていたのである。

 

 おじさんだってカレーは好きだ。

 だけど毎日毎日となると、さすがにうんざりしてしまう。

 

 しかし相手は自国の料理を食べているだけなのだ。

 文句を言うのもちがうと思った。

 なので、一年以上に渡っておじさんはカレーの匂いを嗅ぎ続けたのだ。

 

 ちなみに一度だけ、本場のカレーをいただいたことがある。

 豆を使ったカレーだったが、とても美味しかった。

 それがおじさんにとっての原点になるだろう。

 

 そんな記憶をふと思いだすおじさんであった。


「リー! 二日目のカレーってなんでこんなに美味しいのかしらね!」


 聖女がニコニコとカレーをかきこんでいる。

 正しく飲み物のように食べていた。

 

 その隣でケルシーもハグハグと口を動かしている。

 こちらは無言であった。

 

「エーリカ。そのカレーはたぶん今日作ったものですわよ」


「なんだってー!」


 がたり、と音を立てて立ち上がる聖女。


「だって、昨日は皆がカレーを食べたのですもの。たぶん追加で補充した分もすべてなくなったはずですわ」


「くううう! 悔しいけど負けを認めるわ!」


 どすん、と音を立てて椅子に座る蛮族一号だ。

 なにに勝ち負けを求めているのか、いまいち理解できないおじさんであった。

 

「あと……侯爵家にはきちんと連絡をしたのですか?」


「うん。一週間ほど泊まるってお手紙だしといてもらった」


 ジトッとした目つきになるおじさんだ。


「いやね、リー。カレー様を毎日いただこうなんて考えてないわよ」


「べつに好きなだけ居ても構いませんよ。ですが料理長にはカレー以外の料理を作ってもらうように言って……」


「だめええええええ!」


 その場にいたおじさん以外から声があがった。

 蛮族一号と二号に弟妹たちである。

 

「さすがに毎日だと飽きるでしょうに」


「あーきない! あーきない!」


 シュプレヒコールをあげる一号と二号だ。

 二回目からは妹も声をあげている。

 

「……本当によろしいのですか?」


 少しだけ、いつもよりおじさんの声のトーンが低い。

 そのことを敏感に察知した妹は即座に撤退した。

 末っ子は空気を読めるのだ。

 

「もーちろん! もーちろん!」


 そこに気付かない蛮族たちであった。


「承知しました。では本日から一週間、エーリカとケルシーはすべての食事・・・・・・がカレーということで」


 いいいやっふううううう! と喜ぶ一号と二号だ。

 

 おじさんが目配せをすると、侍女が動いた。

 侍女は理解していた。

 

 おじさんの意図を正確に。

 それを料理長に伝えに行ったのだ。

 今の料理長なら、喜んでおじさんに協力してくれるだろう。

 

「お父様とお母様はどうされたのですか?」


 部屋に控えていた従僕が答える。

 

「本日はまだ眠られているようです」


「お疲れなのでしょうね。では、こちらをお渡ししておいてくださいな」


 それはおじさん特製のちょっぴり元気になるお薬だ。

 もちろん飲みやすく味の調整もしてある。

 

「承知しました。お任せください」


 従僕との話が一段落ついたときであった。

 聖女がおじさんに声をかける。


「リー、今日は学園に行くの?」


「ええ、今日は登校しますわ」


「そう。なら一緒に登校しましょう!」


 笑顔の聖女とケルシーであった。

 

 その日の放課後のことである。

 本日は魔技戦の本戦もお休みだ。

 

 実は二組の対戦が予定されていた。

 が、一組目は選手の一人が体調不良が原因で不戦、二組目は両者ともに前回の試合で負傷したことによる不戦となっている。

 

 結果、ぽっかりと予定が空いてしまったのだ。

 穴埋めに試合を早めても良かったが、ここまで残っている選手はどこかしら怪我を負っている。

 

 そのため無理に日程を詰めても、不戦となるだけだと判断されたのだ。

 既に消化試合に入っているが、やはりなるべく不戦となるのは避けたいのである。

 

 久しぶりに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと相談役三人の全員が学生会室に揃った。

 ただ何か進めておく案件というのもない。

 

「では、今日はお茶でもしてゆっくりしましょうか」


 おじさんが状況を把握して提案する。

 

「会長! ひとつご報告しておくべき件があります」


 スッと手をあげたのはヴィルであった。

 

「なにかありましたか?」

 

「こちらをご覧ください」


 鞄から折りたたまれた用紙をだして、おじさんに手渡す。

 ペラ紙一枚だ。

 

「これは……」


 すぐさまに目をとおしたおじさんが声を漏らした。

 

 そこにはこう書かれていた。

 

『あなたの復讐お手伝いします。詳細は次の満月の夜、亡霊の歌声を聞きながら』


 おじさんは紙を隣にいたアルベルタ嬢に渡す。

 全員が情報を共有するまで、さほど時間はかからなかった。

 

「ぜんっぜん詳細じゃないのです!」


 パトリーシア嬢が声をあげる。

 

「次の満月の夜ですか……いつ頃になるのでしょう?」


 セロシエ嬢とジリヤ嬢の二人に視線が集まる。

 対抗戦に出場しないことを選んだ内の二人だ。

 

 イザベラ嬢とニュクス嬢のガチ偏愛コンビに対して、こちらは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの頭脳コンビになる。

 

「確か……」


 ジリヤ嬢が上目になって考える。

 

「四日後ですわね」


「ぼくの記憶でも同じだね」


 ジリヤ嬢の答えにセロシエ嬢が同意する。

 そこでヴィルが首肯して言葉を続けた。


「私の所感としては、ただの悪戯である可能性が高いです。ただ放置しておくのも気持ちが悪いと感じますね。事前に情報を知った以上は学生会としては動く方がいいかと」


 ヴィルの提案におじさんも首肯する。

 

「では場所を特定したいのですが、どこか心当たりはありますか?」


 おじさんの問いに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ全員が頭を捻った。

 

「亡霊の歌声を聞きながら……が手がかりですわね」


 呟きながら、おじさんは顔をあげた。


「では、皆で手がかりを探していきましょう。まだ時間はあるのですから焦らずともよい……というわけにはいきませんか」


 なにせ魔技戦本戦が残っている。

 残りはわずかと言えど、全員で手がかりを捜索するわけにはいかない。

 

 なにせ学生会は演奏を依頼されているのだから。

 

「どうにもよろしくない状況ですわね」


 そう言いながら、おじさんは黙考するのであった。

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