第471話 おじさんTRPGを楽しんでみる


 そこは監獄大陸と呼ばれていた。

 古くは流刑の地として、豊穣の地から追放された者が転移させられた土地である。

 

 また、この地では転移する以外に逃れる術がない。

 故に監獄大陸なのだ。

 

 監獄大陸の南東部。

 商都ゼネノ。


 監獄大陸では都市国家が基本である。

 その中でも商都は寄合衆と呼ばれる商人たちで成り立っている都市だ。

 

 比較的に自由な気風があり、他の都市から流れてくる者たちも少なくない。

 そんな商都ゼネノに冒険者たちが集う店があった。

 

 愚者たちの安らぎ亭。

 一階は食堂兼酒場であり、今日もそこかしこで冒険者たちが騒いでいた。

 

 ルールブックに目を通すおじさんである。

 物語の入りからして、トリスメギストスが力を入れているのがわかった。

 ざっと確認をしてから、おじさんはサロンに集まった面々を見る。

 

 祖父母に両親だ。

 お子様組もいるが、そちらはゲームブックの新作に頭を寄せてウンウンと唸っている。

 

 ちなみにケルシーは臭いの衝撃で気絶したまま、別室で寝ている。

 

「さて、お披露目するのはゲームブックの大人版というべきものだと考えてくださいな」


 と、説明しながらおじさんはプレイヤーブックを四人に配っていく。

 

 今回のゲームマスターはトリスメギストスだ。

 おじさんもプレイヤー側で参加したかったのだが、初回ということでアドバイザーとなる。

 

「最初にお配りした本に目をとおしていただきたいのです。ゲームの概要や目的、遊び方などが記載されています」


 ほう、と声をあげつつも本の内容に興味津々な四人だ。

 早速とばかりに全員が目を落としていた。

 

「なるほどねぇ……なかなか凝っているね」


 父親がさも楽しげな声をだす。

 

「リーちゃん。ここに自分の分身となる人物を作るとあるけど……」


 父親の問いにおじさんが答える。

 

「はい。では、十ページ目を開いてくださいな。そこに記載されている職業を選び、能力値などを決めていきますの。能力値はこの十面のサイコロを使いますわ」


 実際に転がして見せるおじさんだ。

 

「二回、転がして最初の数字が十の位、次に転がした数字が一の位になりますの。ゼロゼロとでた場合は百になります。わたくしの振ったサイコロは最初が八で次が九でしたので八九という数値ですわね」


 それと、とおじさんは縦に長い長方形の板を配った。

 小さめのタブレットサイズのものだ。

 

「今、お配りしたのは魔道具ですの。魔力を流していただければ起動しますわ」


 と、おじさんも魔力を流してみる。

 すると本物・・のタブレットのように画面がでた。

 実際には電子メモのようなものだ。

 

 最初のページには、キャラクターシートがあらかじめ表示されている。

 そこにサイコロで決めた数値や、キャラの職業などを書きこんでいく。

 指でなぞるだけで字が画面内に表示される優れものだ。

 

 紙とペンで事足りるのだが、敢えておじさんは作ってみた。

 

「ああ、うん。これはまだソニアたちには早いね」


 父親がボソリと感想を漏らす。

 母親と祖母は既にキャラクター作りに没頭している。

 

 そんな二人の前に、おじさんはことりと小さな人形を置く。

 十センチほどのもので、マネキンのようなものだ。

 

「そちらの人形に魔力をお願いしますわ」


 魔力を流すと、人形の姿が本人に変わった。

 さらに選んだ職業の衣装を着ている。

 

「……スゴいわね、リーちゃん!」


 手放しで褒める母親であった。

 

「トリちゃんとがんばったのです!」


 おじさんも褒められると嬉しい。

 

「リー、これも販売するのかい?」


 祖母の疑問に即答するおじさんだ。

 

「いいえ。さすがにこちらの人形に使われている素材は希少なものなので販売致しませんわ」


 祖母がホッと胸をなでおろす。

 

「では、各々キャラクター作りを行なってくださいな」


 その間におじさんはトリスメギストスと打ち合わせをしていた。

 各自がこだわったキャラクターができあがる。

 

「それでは始めていきます。ただ、今回はあくまでもお試しということですので、だいたい二時間から三時間ほどで終わる小規模なものとします」


 集まった冒険者は四人。

 重戦士と斥候、魔法使いが二人という組み合わせだ。

 

 舞台は商都ゼネノの郊外にある商人の邸。

 冒険者組合に出された依頼によって、商人の邸を訪ねる冒険者たちであった。

 

 しかし、そこで彼らが見たのはアンデッドと変わり果てた館の主人と使用人たち。

 商人たちはなぜアンデッドになったのか。

 その謎を解くというのが、大まかなストーリーであった。

 

『では、御尊父殿が斥候のスキルを使って索敵するのであるな。十面サイコロを二回振って合計値が四十以上で成功だ』


 トリスメギストスの解説に従って、父親がサイコロを振る。

 合計値は三十八で失敗。

 

「仕方ないわね。じゃあ私が魔法で索敵するわ!」


『御母堂殿は索敵用の魔法をもっておらんな』


「は!? そうだったわ。ついいつもの感覚で。お義母様はお持ちなの?」


「いや、私ももってないね。スランがもっていたから別の魔法にした」


「かははは! ならば斥候のスキルによる索敵は後回しじゃ。なにアンデッドと言っても低級ばかり。物の数ではあるまいて!」


 祖父の大胆な戦略に祖母が息を吐く。

 

「おバカ! いつもの私たちならなんの問題もない。だけど、今はかなり弱っちくなってるし、魔法も使える数が限られているんだ。ちゃんと頭を使わないと……」


『御尊父殿、その床には罠がしこまれている。三十以上の数値で回避できる』


「ちょっと! スラン! なに勝手に進めてるんだい!」


 祖母の叱責が飛んだ。

 

「いや斥候だし、多少の危険は負っても探索すべきか、と」


「だーはっはっは!」


 祖父が豪快に笑う。

 おじさんも笑った。

 

 なかなかに盛り上がっている。

 結局のところ、いくつかのアクシデントはあったもの予定していた三時間弱ですべての謎を解いた四人であった。

 

「この遊びは夢中になるね。面白い」


「そうね。ゲームブックだと選択肢が限られているけれど、こちらは自由度が高いから楽しめるわね」


 父親と母親がにこやかに頷いている。

 二人とも満足したようだ。

 

「確かにのう。これは冒険者育成学校で使うと面白いかもしれんな」


「面白いどころじゃない……この本があれば座学でしっかりと基礎が学べる。とんでもない当たりさね」


 祖母の表情が引き締まっている。

 

「リーちゃん。始める前に今回は初めてだからって言ってたわよね?」


 母親がおじさんに問う。

 

「そうですわね。本来ならもう少し時間がかかる物語をなぞっていきます。だいたい四時間から六時間くらいですわね」


 顎に指をあてながら、おじさんが答えた。


「そっちも興味があるんだけど、今のと同じくらいの時間ですむ別の物語はあるの?」


「ありますわよ。先ほど体験していただのは『死霊の館の謎をとけ』というものですの。他にも『魔窟のゴブリン王』と、『商都を防衛せよ』、『深海からの使者・漁村の怪』に『ティン・ダーロスの猟犬たち』を用意してありますわ」


『うむ。我としてはこの五つはどれも力作となっておる。なので、いずれは体験してほしい』


「やるわよ! スラン!」


「え? 今から?」


 もうけっこうな遅い時間帯である。

 既にお子様組は眠りについていた。

 

「はは……今日は眠れない夜になりそうだ」


 父親が半ば諦めたような声をだす。


「ならば、ワシも付きあおう!」


「ったく仕方ない。私だってまだ楽しみたいさね!」


 どうにもTRPGにドはまりしたようである。

 

「では、次からはわたくしも参加しますわね!」

 

 おじさんの参戦を家族が温かく迎えいれた。

 そのことが嬉しい。

 

「リーちゃん! とにかく制覇するわよ!」


「任せてくださいな!」


 その日は明けがらすが鳴く頃まで、タウンハウスで明るい声が途切れなかったそうである。

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