第468話 おじさん父親のことを慮る
学生会室である。
妖精さんの悪戯ということで、おじさんのクシャミは決着したように見えた。
しかし、ここに妖精さんを知る者がおじさん以外にいる。
ケルシーだ。
「ねぇねぇ」
おじさんの側に寄ってくるケルシーである。
「ここに妖精なんて居ないんだけど。まぁあいつらが悪戯をするっていうのはわかるんだけど」
そう。
ケルシーは身をもって体験している。
具体的には魔法で眠らされて、鼻の穴に花をぶちこまれ、顔に落書きまでされたのだから。
「エルフの間ではクシャミの原因はなんだと言われているのですか?」
ケルシーにとって、おじさんの言葉は予想外であった。
だが、んーと考えるケルシーだ。
「そうね。クシャミをする人がいたら、ワタシたちは精霊様のご加護がありますようにって声をかける感じかなあ」
「ほう。エルフたちも外からの要因があると考えるのですね」
おじさんにとってはなんだか新鮮である。
前世の記憶ではアメリカ人が、確かクシャミをした人にブレスユーと声をかけていたはずだ。
「先ほどの質問の答えですが、それと同じなのです。この国に妖精という存在は伝わっていても、存在が確認されていません」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
頭から煙がでそうなケルシーだ。
「なので妖精さんの悪戯ということにしてあるのです。ケルシーが精霊様のご加護がありますように、というのも何か悪いことが起こらないようにするためのものでしょう?」
「ううん。わかったような、わからないような」
まぁ実際に妖精を見ているのだから仕方ない。
苦笑しながら、おじさんは続けた。
「王国ではこうすると覚えておくといいですわ」
人差し指を立てて、おじさんが縦に二回、横に三回動かす。
拙いながらもケルシーも真似をした。
「そういうこと! 早く言ってよ、もう!」
手を打ちながら、にぱっと笑うケルシーであった。
明けて翌日のことである。
今日のおじさんは学園をお休みしていた。
ケルシーを見送ってから、弟妹たちと遊ぶ。
ひとしきり相手をした後で、おじさんは自室にこもった。
考えることはいくつかあるのだが、最優先すべきことがある。
それは父親が言っていたことだ。
おじさんの開発速度とリソースの割り振りが釣り合っていないという点である。
この場合、解決方法としては主に二つ考えられるだろう。
ひとつは自領で独り占めするのではなく、広く公開してライセンス料という形で利益を得るようにする方法だ。
要するに自分のところのリソースが足りないのなら、余所から補うという考え方になる。
もうひとつは生産性を向上させることだ。
そもそも不足しているリソースを増やす方向性である。
人が足りないのなら人を。
物が足りないのなら物を。
前者はすぐに結果を出せないかもしれないが、後者は何かしらの工夫をすることで余裕がだせるだろう。
ただし、注意しないといけないこともある。
産業革命によって機械化が進んだことによって、余剰な人員ができてしまい、結果的に仕事を奪うことになったのだ。
仕事をなくした彼らは機械を破壊するという行為にでた。
ラダイト運動である。
いや……とおじさんは思う。
人に関してもどうにかなるか、と。
要は在野の人間をスカウトすればいいのだ。
民の中にも優れた者は大勢いる。
そうした人物をスカウトできれば人員の不足を……。
「じょうさま……お嬢様」
考え事に没頭しすぎていたおじさんである。
侍女に呼ばれていたことに、このタイミングで気付いた。
「あ……と。ごめんなさい。なにかありましたか?」
「昼食のお時間ですわ」
「あら? もうそんな時間ですか」
「かなり集中されていましたので……こちらにお運びしましょうか?」
「いえ……食堂へまいりますわ。お母様にもご相談したいことがありますから」
と、いうことで食堂に移動するおじさんだ。
少し時間が遅かったので、家族は既に食事を終えたようである。
今日の昼食はおじさんのリクエストでハンバーガーだ。
ジャンクなものが食べたかったのである。
オニオンリングとジンジャエールもセットだ。
かぷりと一口いっておじさんは驚いた。
今日のハンバーガーのソースだ。
チリビーンズのようなピリ辛のものだったのである。
これは美味しい。
ゆっくりと味わうおじさんであった。
食事をすませてからサロンに移動する。
シンシャとともに魔楽器を弾く母親がいた。
今日はバイオリンのようだ。
さすがの腕前である。
「あら? リーちゃん」
演奏が終わったところで、母親がおじさんに声をかける。
「お母様にちょっとご相談したいことがありまして」
「なにかしら?」
「実は……」
と、おじさんは先ほどまで考えていたことを話した。
リソースを増やすにはどうすればいいのかである。
「なるほどねぇ……そうね。私が思うに両方やっちゃえばいいのよ!」
思いきりのいい母親の言葉であった。
「確かに今の状況はよろしくないわ。ふふ……でも他領に生産を任せるなんてなかなか大胆ね」
うふふ、と上機嫌に笑う母親だ。
「流しても問題のない技術であれば、どんどん流した方がいいかと思うのですわ」
おじさんに、その心はと問う母親である。
「結局のところ、わたくしたちだけが豊かになっても意味がないのです。皆が豊かにならなければどこかで歪みがでてきますわ」
おじさんが言うのは経済面でのことだ。
しかし、母親は違う取り方をした。
「まぁ要らぬ恨みも買うでしょうしね。いいわね、リーちゃん。これはスラン、いえお義父様とお義母様にも相談しなくちゃ」
母親の返答にニッコリと笑顔になるおじさんだ。
そして本命は後者の方である。
「で、お母様に本当にご相談したかったのは生産性の向上の方なのです」
と、切りだすおじさんである。
「わたくし、前期魔導帝国時代に作られていた疑似魔法生物を完全に復活させたいのですわ!」
どおーんとぶちかますおじさんだ。
「しゅてき! リーちゃん、腹案はあるのね!」
母親の顔色が変わった。
既におじさんは擬似的な魔法生物は作り上げている。
その上で敢えて擬似的な魔法生物の復活をぶちあげた。
前期魔導帝国。
かつては大陸を席巻した超大国である。
この超大国の原動力となったのが擬似的な魔法生物なのだ。
当時の資料はほぼ散逸して残っていない。
が、後期魔導帝国時代の資料によれば、単純労働をすべて擬似的な魔法生物にさせていたと記録があるのだ。
例えばの話だ。
人ではどうしても一日の稼働時間に限界がある。
だが魔力の供給さえすれば、擬似的な魔法生物はずっと働き続けるのだ。
生産性は嫌でもあがろうというものである。
ただし、それによって職を奪われる者への手当はきちんと考えないといけない。
新しい職の創出である。
だが、おじさんと母親はその問題よりも擬似的な魔法生物を作るということで盛り上がっていた。
「ほおん。その発想はなかったわ、リーちゃん。いわば魔道具と擬似的な魔法生物の融合とでも言えばいいのかしら?」
「さすがお母様。話が早いですわ! 要するに仕事をするには適した形があり、必ずしもヒト型である必要はありませんの」
「うんうん。確かにそのとおりね。うん……面白いじゃない! ふふふ……完成した暁にはそれを貸し出して……」
母親の中ではもうビジネスモデルができているようだ。
「盛り上がってきたわ! リーちゃん、やるわよ!」
「はい! お母様!」
いえーいとハイタッチする母と娘である。
側で見ていた侍女は思った。
その擬似的な魔法生物を作ることで、また利権が発生して人員が足りなくなりそうだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます