第467話 おじさん妖精さんの悪戯を知る


「ほわあああ! ほわあああ!」


「へ」の字の姿勢のまま、奇声をあげる学園長である。

 恐らくは身体を動かそうとして、痛みが走っているのだろう。

 

 そんな学園長に苦笑を漏らすおじさんだ。

 近寄って、その天高く持ち上がった腰に手をあてる。

 あとは魔力に干渉しながら、治癒魔法をかけるだけだ。

 

 以前、聖女が言っていたのを思いだしたのである。

 こうした方が効果があがる、と。

 

 おじさんは腰痛に治癒魔法が効くのかは知らない。

 試したことがないからだ。

 

「おお! おお?」


「少しはマシになりましたか?」


 学園長に声をかけておくおじさんだ。

 

「いや、うむ。おお? 治っておる! おるぞうううう!」


 立ち上がって声高に叫ぶ学園長である。

 

「癖になっているようですから、無理はダメですわよ」


「すまんの、リー。手間をかけさせた」


「いいえ。御身御大切になさってくださいな」


 ニコッと微笑み、舞台の上から去っていくおじさんであった。

 

「うおほん。今、見せたように魔技戦での強さがすべてではない。まだまだ上はあるのじゃ。各自、より一層の奮励努力をせよ。それが貴族たる者の務めじゃ!」


 拡声の魔法を使って、生徒に語りかける学園長。

 短い言葉だったが、感銘をうけた生徒は多かった。


 なにせ学園長と互角に戦うおじさんの姿を見たのだから。

 やればできる、と思えたのだろう。

 再度、学園長にむかって拍手の雨が降るのであった。

 

 

 学生会室に引きあげたおじさんたち。

 皆がおじさんを見ては、うっとりとしている。

 

 変な空気を感じながら、おじさんは言った。

 

「魔技戦の本戦も残すところわずかとなりましたわね。皆もよくがんばりました。そこで本戦終了後に慰労会を開きたいと思います」


 聖女とケルシーが慰労会と聞いて声をあげた。

 二人で手を組んで踊っている。

 

「リー様!」


 スッと手を挙げたのはアルベルタ嬢だ。

 

「会場はどちらにいたしましょう」


「学生会室を使ってもいいですし、我が家にきていただいても構いませんわよ」


「リーのおうちがいい!」


 おじさんの声にかぶせるように聖女が声をだす。

 

「賛成、賛成、大賛成!」


 ケルシーが同意した。

 

「エーリカ、リー様のご実家に迷惑がかかるとは思いませんの?」


 アルベルタ嬢が問う。

 それに対して、チッチッチと指を横に振る聖女だ。


「大丈夫よ! リーのお家なんだから! それにリーのお家だと温泉に入れるじゃない!」


 確かにそうなのだ。

 おじさんの家だと色々とある。

 遊戯施設もあるし、温泉にも入りたい放題だ。

 

「そうだーそうだー」


 ケルシーがはやし立てる。

 

「アリィ、迷惑だとかそのようなことは気にしなくてもいいのですよ」


 聖女とケルシーの蛮族たちを見ながら微笑む。

 どうにもこの二人に弱いおじさんだ。

 

「リー様がそう仰るのなら。では、会場はリー様のご実家でよろしいですか?」


「はい、大丈夫ですよ」


 会場が決まったことで、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツからワッと歓声が起きた。

 

「リーさん。先ほどは申し訳なかったわ」


 おじさんに声をかけたのはキルスティだ。

 恐らくは学園長のことだろう、と察するおじさんである。

 

 ふわりとした笑みをうかべてキルスティに答える。

 

「学園長にはくれぐれも無理をしないようにとお伝えくださいな」


 キルスティが伝えたかったのは、あの強引な模擬戦のことだ。

 だが、そのことには触れないおじさんである。


「承知しました。ありがとう、本当に助かりました」


 深々と頭を下げるキルスティにおじさんは苦笑を漏らす。

 

「くちゅん」


 不意におじさんの口からかわいらしいクシャミがでる。

 

「くちゅん」


 二度も続けてクシャミをするおじさんだ。

 珍しいことである。

 

 というか。

 クシャミの仕方まで愛らしい。

 それがおじさんである。

 

「妖精さんの悪戯なのです!」


 パトリーシア嬢が言う。

 縦に二回、横に三回、人差し指を動かす。


 アメスベルタ王国での一般的な所作である。

 

 おじさんの前世でもクシャミというのは、なにかしら外部からの力が働くものだと考えられていた。

 古い時代には悪いことが起きる、とされていたのだ。

 

 そこでクシャミをしたあとは、クサメ・クサメという呪文を唱える。

 このクサメがクシャミの語源だとされていた。

 

 世界は異なっても、こうした部分で繋がりのようなものを感じるおじさんだ。

 アメスベルタ王国ではクシャミが続くと、妖精の悪戯だとする考えが一般的である。

 

 そして、おまじないとして中空を指で切るのだ。

 

 本物の妖精を知っているおじさんからすると、少し面白く感じる。

 まぁあの女王なら、そう言われても仕方ないだろう。

 

「二回続いたクシャミは誰かに恨まれてるって……」


 聖女が言ったときである。

 

「くちゅん」


 またもや、おじさんのクシャミであった。

 

「三回だから惚れられてるのね!」


 聖女の言葉に薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの顔色が変わった。

 

「エーリカ、その話の出所はどこなのですか」


 背景をぐにゃりと歪ませるイザベラ嬢である。

 おっとりとした細目の彼女だが、どういうわけかこのときばかりは迫力がいつもと違っていた。

 

「え? え? 出所?」


 聖女としては前世のちょっとした話をしただけである。

 出所もなにもない。

 単なる迷信だとか、そういう類いのものだから。

 

「三回クシャミをしたら、誰かに惚れられている、か。確かにリー様のことですものね……」


 聖女の背後からニュクス嬢が肩をがっちりと掴んだ。

 

「……どこの誰ですの?」


 聖女の耳元で囁くニュクス嬢である。

 

「ちょ。そんなこと聞いてどーするのよ」


「決まっているでしょう? 潰すのよ」

 

 またもや小声で囁くニュクス嬢。

 それに頷くイザベラ嬢。

 

 ぞぞぞ、と背すじに怖気が走る聖女だ。

 

「あれはちょっとした軽口だから! 実際に誰かに惚れられているとかそういうのは知らないわよ!」


 と、聖女は本能的に後ずさっていた。

 

 だが、一歩下がったところで、どん、と誰かにぶつかる。

 振り返ると、目のハイライトが消えたアルベルタ嬢だった。

 

「本当に?」


 ひぃと小さく悲鳴を漏らす聖女だ。

 

「本当に?」


 イザベラ嬢が詰める。

 

「本当に?」


 ニュクス嬢がさらに詰める。

 

 もはやホラーであった。

 聖女がおじさんに助けを求めようとしたときである。

 

「くちゅん」


 四度目のクシャミをおじさんがした。

 

「四回! 四回だから! これで変わったわね!」


 イザベラ嬢、ニュクス嬢、アルベルタ嬢。

 三人の表情が言ってみろ、と告げていた。

 

「四回目のクシャミは風邪をひいて……」


 聖女の言葉の途中で三人がおじさんを見た。


「リー様、お風邪を召しておられるのですか?」


 急に話を振られても困る。


「いえ、ちょっとお鼻がムズムズしただけですわ」


 くちゅん。

 五度目だ。

 

「エーリカ!」


 三人が聖女を詰問する。


「五度目は知らないから!」


 そこでパンパンと手を叩く音が鳴った。

 

「妖精さんの悪戯なのです!」


 パトリーシア嬢である。

 

「エーリカのことだからなにかしらの神託を……」


 食い下がるイザベラ嬢。

 

「妖精さんの悪戯なのです!」


 パトリーシア嬢は強かった。

 

「皆でおまじないをするです!」


 ふだんはこうしたおまじないをしない聖女である。

 だが、このときばかりは率先して行なうのであった。

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