第466話 おじさん学園長と棍を交える
ウナイ=コージケ・サムディオ=クルウス。
言わずとも知れた、王国内でも屈指の有名人である。
現在は学園長として後進の育成をしているが、若かりし頃は軍務卿として国内外にまで名を轟かせたものだ。
学園長と言えば魔法の名手であり、槍の達人でもある。
ただし、こうした模擬戦においては棍を使う。
棍とは平たく言えば杖のことだ。
王国内では二メートルほどの長さのものが一般的である。
おじさんの手にあるのも同じ棍だ。
学園長は左足を前にだした半身で中段に棍を構える。
それだけで圧倒的な覇気を感じさせるのだから達人に相違ない。
一方のおじさんはと言えば、学園長を前にして棍をくるくると回して、身体の前で八の字を描いていた。
さらに自身も歩法を使って、くるりと回る。
そして、学園長とまったく同じを構えをとって、ピタリと動きをとめた。
おじさんの動きの切れ、それは期待を抱かせるものである。
学園長に勝てるかも、と。
ニィと唇を歪ませる学園長だ。
「では、はじめようかのう」
先ほどのおさらいとも言わんばかりに、中段の突きをみせる学園長である。
ボッと空気を裂く音が二度、三度と響く。
同時に、かんと棍同士がぶつかる甲高い音が鳴った。
おじさんは寸分狂わずに、棍の先端をぶつけていたのだ。
「ほっほっほ! まだまだいくぞ、リー!」
ボッボッと連続して棍をつく学園長である。
その速度がドンドンと増していく。
だが、おじさんはまったく顔色を変えなかった。
かんかんかん、と連続して音を響かせる。
「よく練られた
棍を捻る技術のことである。
ただ真っ直ぐ突くのではない。
捻りながら突く。
ボクシングでいうコークスクリューのようなものだ。
それを祖父から習ったのかと聞く学園長である。
「ちがいますわ! 学園長から学びましたの!」
学園長は一瞬だけ虚を衝かれてしまった。
そして、すぐに思い当たる。
地竜を討伐しに行ったときのことだ。
あのわずかな間に自分の技が盗まれていたのだと気付く。
学園長の胸に去来したのは、確かな喜びであった。
学園長の座について数十年。
優秀な生徒は多くいた。
その中でも抽んでているのがおじさんである。
自らを遙かに凌駕する才との出会い。
それは僥倖とも言えるだろう。
だから、教え甲斐がある、と嬉しくなったのだ。
「クハハハ! リー! 楽しいなっ!」
学園長の動きがさらに速くなる。
突きに加えて、身体の動きも入ってきた。
先に棍を動かし、棍の動きに身体をあわせていく。
棍を回し、重心を変えて変幻自在の動きを見せる。
間合いの詰め方に加えて、攻撃の多彩さ。
それらすべてがおじさんにとっては新鮮だった。
おじさんはなんちゃって武道を基本にしている。
関係の深い侍女でさえ、どちらかといえばケンカ殺法をベースにした動きをしているのだ。
いわば何でもありの実戦を想定した動きなのである。
故にこうした本格的な理に沿った武の動きを見る機会は少ない。
達人の技ともなればなおさらである。
洗練されたその動きを、おじさんは余さず観察していた。
観察することが処世術だったのだから。
そして、現在のおじさんは観察して覚えた動きを再現できるというチートを持つ。
それでも学園長の動きが速くなることで、少しずつ対応に遅れがでてくるおじさんである。
すぐさまに修正するもひとつ対応すれば、すぐさまに別の攻撃が襲ってくるのだ。
後手に回らざるを得ない状況である。
その上で、おじさんは試行錯誤を繰りかえしていた。
より速く、より強く。
動きのコツなら理解した。
棍の操法にも問題ない。
ならば、ここから自らが得意とする動きの中に取りこむ。
学園長の繰りだす攻撃を捌きながら、おじさんは模索する。
虚と実。
円と直線。
相反する要素を混ぜるのが、おじさんの体術である。
そこに学園長から学んだ技術を応用するのだ。
明らかな劣勢だったおじさん。
それが少しずつ動きが変わっていく。
学園長の攻撃に対して受けるだけではない。
おじさんが反撃を見せる回数が増えた。
観戦する生徒たちは固唾を呑んで見守っている。
おじさんの動きがどんどんと洗練されていくのだから。
いや洗練された動きだけではない。
「ほっほ。この短い間によくぞここまで」
学園長のなぎ払いにあわせて、大きく跳んで退くおじさん。
「だいたい理解できましたわ! ここからが本番ですわよ!」
おじさんが宣言する。
棍をくるくると身体に沿わせるように回す。
中段でビタッととめてポーズをとった。
「いきますわ!」
この試合で初めておじさんが攻勢にでる。
「ハッ!」
気合いとともに棍を突くおじさんだ。
速い。
学園長に勝るとも劣らぬ速度の突き技。
学園長は守勢に転じても鉄壁であった。
変幻自在の棍さばきを見せるおじさんだが、一歩とどかない。
円を横から縦に。
縦から横に。
棍の動きが冴えてくる。
「はいやー!」
それは中段の突きであった。
対する学園長も、観戦していた生徒たちも皆がそう思う。
だが、実際におじさんは逆に棍を引いていたのだ。
「なぬ!?」
今度は本当の意味で虚を衝かれた学園長である。
確かに中段の突きであった。
だからそれを払おうとしたのだ。
だが、実際にはおじさんの棍は伸びていない。
「いえやあああ!」
引いた棍から片手を離し、重心によって縦に回す。
その棍の動きにあわせた打ち下ろし。
「むお!」
学園長が思わず跳び退る。
だが、それもおじさんの想定内であった。
棍をあえて舞台に打ち付ける。
その反動で棍が上に跳ねた。
おじさんが前にでる。
またもや片手を離して、学園長に棍を回しながら近づく。
手首を使って縦の回転から横回転へ。
先ほど離した片手で棍の端を掴む。
そのまま直突きを放つおじさんだ。
一瞬の早業であった。
「ちぃ!」
舌打ちをしながらも学園長が即座に対応する。
直突きに対する直突き。
序盤でおじさんが見せたのと同じく、棍の先端同士がぶつかった。
――ばぎゃん。
と、派手な音が鳴って棍の先端が砕け散る。
お互いに直突きの姿勢をとく。
「……ここまでですわね」
「……ここまでじゃな」
おじさんと学園長が同時に口にした。
二人はお互いの健闘を称えるように微笑みをうかべる。
その瞬間だった。
割れんばかりの拍手が雨のように舞台に降りそそいだ。
見れば、生徒たちが顔を紅潮させて手を叩いている。
中には涙している者もいるほどだ。
ぎょっとしたおじさんは
そして、おじさんにむかって拍手しているではないか。
「ええと……」
「うむ。リーや、本戦までに我が家の相伝を教えてやるぞい」
「え!? それはマズいのではないですか?」
相伝とはその家に伝わる秘伝のことだ。
当然だが門外不出である。
「それがのう……」
ポリポリと禿頭をかく学園長だ。
「我が家の相伝は難易度が高くてのう。ワシ以外に使える者がおらんのじゃよ」
「……軍務卿もかなりの使い手だと聞いておりますが」
「ははは。あれはまだまだひよっこじゃよ。あれが会得するまでワシも生きておるかどうか」
おじさんは半ば呆れ気味である。
「よく今まで相伝として残ってきましたわね」
「うむ。実はワシも教えられたわけではない。うちに秘伝書があってじゃな。そこから学んだのじゃ!」
呵々と大笑する学園長である。
学園長も大概チートであった。
「ならば、わたくしは陣代となればいいのですか?」
要は預かっておいて必要なときに返すという意味合いである。
「ま、そうしてくれるとありがたいという話じゃな。そもそも使い手のおらん相伝など意味がないからのう」
「承知しましたわ。わたくしが習得できれば、いずれサムディオ公爵家の方にお伝えしましょう」
「うむ。そうしてくれるか」
学園長とおじさんが握手をする。
そして、舞台を去ろうとしたときであった。
残された棍を拾おうとして、中途半端に腰をかがめた学園長が声をあげる。
「っあああああアアアアアア!」
何事かと振り返るおじさんだ。
学園長は「へ」の字のような体勢になっていた。
「こ、腰が……」
持病の再発であった。
ジトッとした目をむけるおじさんである。
――年寄りの冷や水。
敢えて言わないのは、おじさんの思いやりであった。
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