第465話 おじさん聖女とケルシーの戦いの決着を見る


 空中で自由落下中の聖女とケルシー。

 

「どどど、どーするのよ! リーに聞こえてる?」


 自分でやっておいて無責任なケルシーである。


「リーならなんとかしてくれるわよ!」


 こちらも他力本願な聖女であった。

 ただ、おじさんのことは絶対的に信頼している。

 その辺は付き合いの長さだろう。

 

「まったく。世話の焼ける娘たちでおじゃるな」


 そこに姿を見せたのは狩衣姿の偉丈夫バベルであった。

 おじさんの使い魔だ。

 

「麻呂は主殿の命によって、ここへ参ったしだい。続行の意思はあるでおじゃるか? あるならば麻呂は姿を消して、そなたたちを助けよう」


「なかったらどうするの?」


「どちらにしても助けはする」


「やるに決まってるでしょ!」


 聖女が即答する。

 その答えにケルシーも頷いていた。

 

「では、そのように。主殿への感謝、ゆめゆめ忘れぬようにな」


 二人の落下速度が急激に遅くなった。

 聖女の体感だとエスカレーターで下りる程度だ。

 エレベーターほど速くはない。


 上空に吹き飛ばされたことで、聖女の足を縛っていたムチもいつの間に外れていた。

 

「ケルシー! 下についたら本気でいくわよ!」


「ふふ……アタシが完封してたってこと忘れないでよね!」


「言うじゃない」


 おーほっほっほ! と舞台の上空で高笑いをする二人であった。

 

「リーや」


 一方で舞台上の二人が上空に打ち上げられたものの、まだ演奏を続けている薔薇乙女十字団ローゼンクロイツである。

 途中で演奏をやめることはできなかったのだ。

 

 そんな中、学園長がおじさんに声をかけた。

 

「まぁこのくらいは目をつぶってほしいですわ」


「……いいじゃろう。ワシも楽しませてもらっておるしな」


 演奏中に会話をする二人であった。

 そして、聖女とケルシーが姿を見せる。

 

 上空から下りてくるものの、なにやら言い合いをしていた。

 

「エーリカは平原の民でしょうよ! でも、ワタシは丘の民だから!」


 ケルシーが胸を張る。


「あんだってえ! 限りなく平原に近いなだらかな坂の民じゃない! それはもう平原の民なの! だったら、アタシだってそのくらいはあるわよ!」


 聖女も胸を張った。


「だ、誰が限りなく平原に近いなだらかな坂の民よ!」


 ケルシーがプルプルと震える。


「もう怒った!」

 

 二人の声がシンクロした。

 同時に着地する。

 

「拳で決着をつけてやるわ! 今こそ見よ、聖女聖拳奥義・猛虎硬爬山!」


 聖女が魔力をまとって前進する。

 二人の間合いは近い。

 つまり、ケルシーにとっては不利な状況であった。

 

 猛虎硬爬山。

 李書文の得意技とされる攻撃である。

 八極拳においては中段突きから始まる連続攻撃を指す。

 

 だが、元の意味は山を駆け上る虎となる。

 別の拳法では同じ技名でも爪でひっかくのだ。

 

 聖女にそんな知識があろうはずもない。

 だから、聖女は近接しての震脚を使う。

 

 舞台の床が割れんばかりに踏みこむ。

 その反作用を利用して、下腿から腰へ。

 腰から腕へとエネルギーを伝達する。

 

「はいやー」

 

 一方でケルシーは思っていた。

 この距離は自分の距離ではない、と。

 

 だから着地と同時に魔法を使った。

 

推進加速装置ゼロ・ゼロ・キュウ!】


 おじさんに教えてもらった推進装置スラスタの魔法である。

 詠唱を使っても姿勢制御装置バーニアまでは再現できなかった。

 

 ことここに至っては詠唱をしている暇がないのも事実だ。

 

 不完全。

 それはケルシー自身が最も理解している。

 だが、一か八かの賭けにでたのだ。

 

 一瞬で距離をとって、聖女を風の魔法でハメて勝つ。

 それがケルシーの思い描いた勝ち筋であった。

 

 幸か不幸か。

 ケルシーの使った魔法は発動した。

 だが、それは思っていたのとは真逆の方向にである。

 

 つまり、間合いを詰めていた聖女にむかって、急激に突進する形になったケルシーだ。

 

 ――ごちん。

 

 舞台上だけではなく、観戦している生徒たち全員がその音を聞いた。

 聖女の頭とケルシーの頭が派手にぶつかったのである。

 

 ずるり、と聖女とケルシーの身体がズレた。

 そのまま両者ともバタリと前のめりに倒れてしまう。

 

 なんとも締まらない幕切れである。

 そのタイミングでおじさんたちの演奏も終わった。

 

「ああ……うん。勝負ありですわね、学園長」


 おじさんが隣にいる学園長に確認する。


「そうじゃなぁ。まぁ今回は引き分けということにしとこうかのう」


 微妙な空気であった。

 盛り上がるだろうと思われていた二人の戦い。

 それがこんな結果で落ちついたからだ。


「仕方ありませんわね」


 おじさんが舞台目がけて跳んだ。

 ふわりと靡くうっすらと青みがかった銀髪。

 宙を舞うおじさんの姿は妖精のようであったと、後の語り草になるほど美しかった。

 

 おじさんが二人にむかって治癒魔法を使う。


「いででで! ハッ!? リー!?」


 先に目を覚ましたのは聖女だった。

 

「勝負はどうなったの?」


「両者ともに気絶。よって引き分けですわ!」

 

「なんだってー!」


 ケルシーも目を覚ましていたようだ。

 

「二人とも気分が悪いとか、頭痛がするとかありませんか?」


「大丈夫!」


 おじさんの問いに二人がそろって答えた。

 元気のいい二人にニッコリするおじさんだ。

 

「では、戻りましょうか。ん?」


 おじさんにむかって猛烈な勢いで棍が飛んでくる。

 ふぅと重い息を吐く。

 

 次の瞬間、おじさんは棍の先端に手をやって、力の流れを変えてしまう。

 上空にクルクルと回りながら上がった棍が落ちてきた。

 

 それをキャッチして、半身正眼に構えるおじさんだ。

 

「おいたがすぎますわよ、学園長」


「なに、ここらでちと生徒たちにも上には上があるということを見せておきたくての」


 学園長が獰猛な笑みを見せていた。

 やれやれと思いながら、おじさんも白い歯を見せて笑う。

 

 トリオ・ザ・蛮族。

 最後の一人が参戦したのであった。

 

「互いに魔法はなし。武技戦といこうかの、リー!」


 ボッと空気を裂く音がする。

 学園長が棍を突いたのだ。

 そのあまりの速さと迫力に、聖女とケルシーが固まった。

 

 かん、とその棍を弾くおじさん。

 

「せめて二人が退避するまではお待ちくださいな」


「ほっほっほ! 弾くか! 今のを!」


 学園長の突きは捻りが加えられていた。

 弾こうとしてただ棍をあわせても、逆に回転によって弾かれてしまう。

 そんな代物である。

 

 だが、学園長の棍を弾いた。

 つまりおじさんもまた棍を捻って弾いたということである。

 

「せっかちな殿方は嫌われますわよ!」


 おじさんが笑顔で学園長に言う。

 続けて聖女とケルシーを見た。

 

「二人はアリィたちのもとに。わたくしは……少し学園長と遊んで・・・いきますわ」


 二人は無言でコクコクと頷いて、そそくさと舞台を後にする。


「派手に遊ぼうぞ、リー!」


 もう一度、獰猛な笑みを見せる学園長であった。

 

 そんな学園長に対して、まったくと呟く。

 だが、おじさんの表情もまた好戦的なものになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る