第464話 おじさん聖女とケルシーの戦いを見る パート2


 聖女対ケルシー。

 大方の予想では聖女有利だとされていた。

 

 なんだかんだ言っても聖女なのだ。

 その実力は魔技戦の本戦前でも抽んでたものがあった。

 

 無論、ケルシーの魔法も優れていたが、聖女と比べるという予想が大半だったのだ。

 しかし序盤はケルシーの一方的な攻勢であった。

 

 特にケルシーの魔法の使い方である。

 魔力量に物を言わせたごり押しが目立っていたのだ。

 

 それが今回は技巧的な使い方をしている。

 温存していたのか、はたまた思いつきか。

 いずれにしてもケルシーの株はうなぎのぼりである。


 舞台上はケルシーが起こした風のせいで砂埃が舞っていた。

 つまり聖女の姿が視認できない。

 

「ちぃっ。マズったわね!」


 それでもケルシーは手を緩めることはない。

 このまま押していく。

 

 風弾・改を撃ちこむ。

 まだ魔力の量は十分である。

 ならば手を緩める理由はどこにもなかった。

 

「でええい! こんちくしょー!」


 その者、黒き衣をまといて砂塵舞う舞台に降り立つ。

 聖女である。

 

 自身の周辺に結界を張り、スクッと立つ。

 その時点でケルシーは風弾・改を撃つのをやめた。

 ムダになるからだ。

 

「やってくれたわね、ケルシー!」


 ビシッと指をさす聖女だ。


「これからはワタシのターンよ!」


「また転ばないといいけどね!」


「むっきぃいいいい!」


 聖女がケルシー目がけ、一直線に駆けた。

 その速度は先ほどよりも速い。

 

 だが、ケルシーは落ちついていた。

 それも想定内だったからだ。

 

 ケルシーは魔法で風を操る。

 そして巻き上がった砂塵を聖女にぶつけた。

 

「ムダムダムダムダムダムダぁ!」


 聖女が高笑いをあげながら接近してくる。

 その瞬間だった。

 

 ケルシーはニィと笑う。

 そして、手にしていたムチを聖女にむかって投げつけた。

 サブマリン投法よろしく、地面すれすれの横投げだ。

 

 グルグルと旋回しながらムチが聖女に接近する。

 砂塵のせいで聖女はよく見えていないようだ。

 

「にゃ!」


 聖女が声をあげた。

 足下にムチが絡まったのである。

 

 そのまま両足を絡め取られて、再び転んでしまった。

 今度は前のめりに。

 

「おーほっほっほ! これが頭脳的な戦いというやつよ!」


 高笑いをするケルシーだ。

 

「ぐぬぬ! ケルシー! あんたはこっち側でしょうが!」


 意外とテクニカルな面を見せるケルシーに腹を立てる聖女であった。

 ごり押しどころではない。

 きちんと状況を把握して戦いに生かしている。

 

「おーほっほっほ! 卑怯、ズルいは敗者の戯言! 勝つべくして勝つ! これが戦いですのよ!」


 なんだか調子にのっているケルシーである。

 それもこれも上手く戦い方がハマっているからだろう。

 

 聖女もなんとかして足に絡まったムチをほどこうとする。

 しかし複雑に絡まったため、なかなかうまくいかない。

 

 力任せに引きちぎろうとしても、そこはおじさん特製の硬質ゴムだ。

 どうにもならない。

 

「エーリカ! どう? 降参する?」


 今の状況は圧倒的にケルシーが有利である。

 このまま魔法を撃ちこむもよし、もうひとつのムチでペシンといくもよし、だ。

 

「ふっ。この程度で降参? 舐めるんじゃないわよ!」


「でも、どうにもならないじゃない」


「聖女の使う拳は戦場の拳よ! その本質は状況にあわせて千変万化することにあり! いくわよ! はいやー!」


 聖女が足を縛られたままケルシーむかってに転がった。

 前回りである。

 

 二度、三度と回る。

 その勢いを利用して、聖女が舞台上に手をつき跳んだ。

 足から着地して今度は伸身の前方宙返りへと切り替える。

 

「甘いわ!」


 ケルシーが再び風の魔法を使って強風を吹かせる。

 だが、聖女は微動だにしなかった。

 

 結界をうまく利用したのだ。

 そのまま前方宙返りをした勢いで、ケルシーに浴びせ蹴りをする聖女である。

 

「クッ!」


 なんとかギリギリのところで躱すケルシーだ。

 だが、完全に聖女の間合いであった。

 

「捕まえたわよ、ケルシー」


 聖女がケルシーの腕を掴んでいた。

 今度は聖女が獰猛な笑みを見せる。

 

「聖女の拳は千変万化することにあり!」


 聖女がケルシーを投げる。

 それは合気道における隅投げのようであった。

 

「きゃっ!」


 意外とかわいらしい声をあげるケルシーだ。

 ケルシーは何をされたのかわからなかった。

 

 ただ、自分が投げられた後に押さえこまれたことは理解できていたのだ。

 

 だから思った。

 このままだとマズい、と。


 聖女はケルシーの左側面で両膝をついていた。

 その姿勢でケルシーの左肩を押さえ、腕をとっている。

 

 本来なら片膝立ちになり、ケルシーの腕を逆関節にして立てた膝を使ってテコの原理で押さえる。

 つまり、今の形はかなり不完全であった。

 

「どうよ! ケルシー! さっきとは立場が逆転したわね!」


 ブラフである。

 わざと聖女は自分を優位な立場に見せようとした。

 

「どう降参する?」


「ぎぎぎ……降参なんてしない!」


 ケルシーが叫ぶ。

 同時に魔法の詠唱に入った。


「ロイの北風、レミーの西風、ルドヴィックの東風、イギーの東風! 四方から集いて渦となれ!」


禍津風ミスシェフ・ウィンド!】


 ケルシーの身体の下から強風が吹く。

 上昇気流は聖女も巻きこんで二人の身体を打ち上げた。

 

 自爆覚悟の魔法だ。

 

「ねぇ……ケルシー」


「残念だったわね、エーリカ」


「いや、この後のこと考えてるの?」


「え?」


「……めっちゃ飛ばされてるんだけど」


 既に舞台が小さくなるくらいの上空だ。

 

「しまったああああ!」


 飛ばされながら、頭を抱えるケルシーである。


「こういうときはわかってるわね、ケルシー」


 聖女の問いにコクリと頷くケルシーだ。

 二人は目をあわせて、しっかりと頷いた。

 

 胸いっぱいに息を吸いこんで、同時に叫ぶ。

 

「助けてええええええ! リいいいいぃぃぃぃぃ!」

 

 他力本願な二人であった。

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