第463話 おじさん聖女とケルシーの戦いを見る


 おじさんのちょっとしたお茶目。

 それは生バンドをバックにした演劇であった。

 

 王国内でも演劇は娯楽のひとつになる。

 ただいまいち人気が高くないのも事実だ。

 というのも、庶民にはちょっと足を運びにくいからである。

 

 お高いんでしょう、というやつだ。

 

 事実、劇場のお値段はお安くない。

 庶民からすれば一ヶ月分のお賃金が軽くとんでいく。


 だからこそ、おじさんの作った競馬場は人気なのだ。

 なにせ庶民席なら無料で入れるのだから。

 

 というわけで劇場に足を運ぶのは貴族やお金持ちの商家の人ばかりになってしまう。

 そうした人がボリュームゾーンなのだから、演じられるものもやはり需要に合わせたものが多くなる。

 

 すわなわち教養が必要となる小難しいものだ。

 その点、おじさんが演出したものはシンプルだった。

 

 魔物と戦う。

 それだけである。

 ただし感情を揺さぶる音楽とのコラボだ。

 

 それが大いにウケたという話である。

 

「うぉほん! リー、先ほどの演出は見事! ただ今日の試合ではもう禁止じゃ!」


 学園長がまともなことを言う。

 ジトッとした目つきになるおじさんだ。


「うむ! 決して、決して仲間はずれにされたとかそういう理由ではないぞ! あれは刺激が大きすぎる。ほれ、実際に舞台上の生徒たちも手を叩いて喜んでおるじゃろう」


 わかるな? という表情でおじさんを見る学園長だ。

 

「承知しましたわ。なにも戦いの邪魔をしたいわけではありませんので」


 ここは素直に退くおじさんであった。

 

「ちょっと!」


「リいいいいいい!」


 そこで舞台に上がってきたのは蛮族一号と二号だ。

 

「なによ! あんなの聞いてないんだけど!」


 聖女がおじさんを指さした。

 

「聞いてないんだけど!」


 ケルシーは腰に手をあてている。

 

「聞いてないんじゃが!」


 なぜか参戦してくる学園長。

 

「めっちゃ楽しそうじゃない! ズルいわよ!」


 聖女が拗ねた。

 

「ズルいわよ!」

 

 ケルシーも同様である。

 

「ズルいのじゃ!」


 学園長も真似をした。

 蛮族三号の誕生である。

 

 蛮族三人組を見たイザベラ嬢とニュクス嬢。

 そしてアルベルタ嬢のおじさんガチ勢は思った。

 こいつら潰すぞ、と。

 

「ずーるーい! ずーるーい!」


 声をあげ、腕を上下に動かすトリオ・ザ・蛮族。

 

「わかりました。では、こうしましょう」


 おじさんが声をかける。

 

「学園長! 魔技戦本戦の終了後に改めて、この場を使って先ほどの劇をいたしましょう!」


 三人の蛮族が息を呑んだ。


「その暁には三人を主役として劇を作りますわ!」


 いいいいやっっふううぅうう!

 蛮族たちがハイタッチをする。


「皆さんにはお手間でしょうが、ご協力をお願いしますわね」


 ぺこりと頭を下げるおじさんだ。

 承知しました、と薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが一斉に声をあげる。


「では、ふだんどおりの演奏に戻りましょう。先輩方もよろしくお願いしますわね」


 魔技戦本戦が進んでいく。

 そして、ついに聖女とケルシーの戦いが始まろうとしていた。

 

 舞台の上に立つ聖女とケルシー。

 二人の目にはお互いしか映っていない。

 

「……ついにこのときがきたわね」


 ケルシーが聖女を指さす。

 そのとき風が二人の間に吹いた。

 バサバサとマントが音を立てて揺れる。

 

「ええ……いつかはくると思っていたけど。早かったわね」


「エーリカ! あんたのことは好きだけど譲らないわよ!」


「ケルシー! ワタシの腕の中で永劫の眠りにつきなさい!」


 どこかのラスボスのような発言をする聖女であった。

 

 場が盛り上がってきたところで、パトリーシア嬢が合図をだした。

 

 今日のおじさんはピアノを演奏している。

 おじさんが有名な曲を奏で始めた。

 それは哀愁を想起させるメロディである。

 

「…………最後かもしれないだろ。……パティはとおす! ニネットもとおす! だが、アリィはとおさない! プロセルピナもとおさない! 我ら平原の民は山の民をとおさない、絶対にだ! ってなにをやらせるのよ! そのしんみりした曲はあわないでしょうが! もっとこう最速の感じでお願い!」

 

 聖女がツッコむ。

 

「エーリカがこの曲を好きだって言ってたのです!」


「そうだけど! そうだけどこれから戦うってときに盛り上がらないでしょ!」


「そうだ、そうだー!」


「わかったのです! じゃあこの曲でいくのです!」


 今度はパトリーシア嬢がフルートを奏でる。

 その旋律はどこか悲しくも、崩壊した世界から新しい一歩を踏みだす雰囲気があった。


「お前に活きの悪い魚を食わせてやろうかぁああ! ってちがうでしょ! その曲も好きだけどちがうの!」


「エーリカが最速の男の曲って言ったのです!」


「最速ちがい!」


 掌を上にむけてツッコむ聖女であった。

 ケルシーは意味がわからず、首をかしげている。

 

「もう! 仕方ないわね! いい、こうもっとあるでしょうよ! ワタシたち二人の戦いにふさわしい曲が! そう! 絶対に負けないって感じの!」


「わかったのです!」


 魔楽器の音を調整して、パトリーシア嬢がフルートを奏でた。

 それは和風の旋律である。

 最初の一節が終わったときのこと。

 

「わおおおおおおん!」


「わおおおおおおん!」


 聖女とケルシーの二人が遠吠えをした。

 

「いや、間違ってないけども! なんかちょっとちがう!」


「ちがう!」


 訳がわからなくても、とりあえず聖女にのるケルシーだ。

 

「わかったのです! じゃあエーリカがきちんと曲目を指定するです!」


「そうね! じゃあ黒飴ナメナメがいいわ!」


「わかったのです!」


 正式には神への挑戦・四天王との戦いである。

 黒飴ナメナメは、イントロで流れるベースラインを空耳したものだ。

 金管楽器がメインの旋律を奏でるのがいい。

 

「いいわね、み・な・ぎっ・て・きたー!」


 聖女が身体を震わせる。

 

「黒飴ナメナメ……おいしそう」


 指をくわえるケルシーだ。

 どうやらお腹がすいているのかもしれない。

 

「準備はいい? ケルシー!」


 聖女の言葉にケルシーの呆けていた顔が引き締まった。

 腰に巻いていた硬質ゴム製のムチをほどく。

 ムチの二刀流である。

 

「いいわよ! エーリカ!」


 聖女が頷いた。


「推して参る!」


 だりゃああと突っこむ聖女。

 構図としては近接特化の聖女と、魔法による中遠距離を中心に、多少は近接でも戦えるケルシーとなる。

 

 当然だがケルシーは魔法を放ちつつ距離をとろうとした。

 

 ここでケルシーが選択したのは風弾ではない。

 初級の風魔法としては風弾がセオリーになる。

 

 しかし、おじさんとの訓練が活きた。

 

 ケルシーが選択したのは突風を吹かせる魔法だ。

 猛烈な向かい風を聖女にむかって吹かせたのである。

 

「ぐぬぬぬ!」


 一歩、二歩と向かい風の中を進む聖女だ。

 しかし、それ以上は先に進めない。

 

 それどころか足を踏み出そうとすると、風に吹かれて転んでしまいそうな勢いだ。

 

「はいやー!」


 さらにケルシーが魔力をこめる。

 それによって風の勢いが増す。

 

 軽量である聖女の身体がふわりと浮いた。

 そのままズデンと後ろに転んでしまう。

 

「もらったああ!」


 ケルシーが叫んだ。

 聖女が転んだのを見て、ここが好機だと思ったのである。

 

【風弾・改】


 おじさんが最初に開発した風弾だ。

 従来の魔法よりも威力が高い。

 

 その分、魔力も消費するがケルシーは出し惜しみすることを嫌ったのだ。

 

 舐めプはしない。

 全力で仕留める。

 

 複数の風弾が聖女を中心に着弾する。

 

「みぎゃあああ!」


 聖女の悲鳴が轟く。

 

「やったか?」


 盛大なフラグを立てるケルシーであった。

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