第458話 おじさん魔技戦本戦を観戦する


 結局のところ、場を収拾させるためにおじさんは自分の人形を追加で作ることになった。

 男子の先輩二人分を除いて。

 

 明けて翌日のことである。

 ついに魔技戦の本戦がスタートした。

 

 朝から魔技戦本戦で一色になる学園である。

 練武場にて学園長の短い訓示のあと、ついに本戦が始まった。

 

 おじさんはと言えば、学園長の隣の席に座らされている。

 本戦の第一試合はここでと指定されたからだ。

 

 ちなみに開幕の試合は学生会の元会長であった。

 対戦相手は魔法戦術研究会の会長である。

 

 魔法戦術研究会と言えば、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツにケンカを売ったところだ。

 あの一戦以降、おじさんたちに手をだしてはいない。

 

 同じ学年同士、切磋琢磨してきた二人だ。

 その戦績も五分五分である。

 

「今日こそ決着をつけさせてもらいますわよ、キーラ!」


 魔法戦術研究会会長。

 プリシエーラ=サウニナ・エピマホヴァ。

 伯爵家の令嬢である。

 

「その台詞、そのままお返しするわ、プリス!」


 お互いを愛称で呼び合うほどの仲である。

 いや決して仲がいいわけではない。

 だが、お互いにお互いを認めているのだ。

 

 学園長が開始の合図を告げた。

 と、同時に二人が初級の魔法を使って牽制しあう。

 

 お互いに移動しながら魔法を使える時点で、学生の仲ではかなり高度な戦いになっているといえるだろう。

 

 初級の魔法で弾幕を張るキルスティ。

 少し前までなら互角であった。

 

 だが、わずかな期間とはいえ、だ。

 おじさんによる外部からの魔力干渉を経たキルスティは、大きく腕をあげていたのである。

 

 初手の差し合いは互角になると、プリシエーラは読んでいた。

 だが、徐々に圧されていく。

 

 キルスティの方が威力、展開の速度ともに彼女を上回っていたからである。

 その事実に気付いた瞬間、プリシエーラは戦術を変えた。

 単純な魔法の打ち合いでは分が悪いからだ。

 

 結界を張り、詠唱をしつつ逆転の一手をどう打つかを思案する。

 魔技戦で使えるのは中級の魔法までだ。

 まずは中級の魔法を使って、流れを変えたいプリシエーラであった。

 

 初級魔法の弾幕が次々とプリシエーラの周辺に着弾する。

 キルスティは手応えを感じていた。

 

 この差し合いで勝てれば、全体的に試合を有利に進められる、と。

 

 だが、その予想を覆すように炎の塊がキルスティの弾幕を突き破って姿を見せた。

 今からでは中級魔法を相殺する魔法が構築できない。

 

 そう判断したキルスティは身体強化を使う。

 そして、炎の塊の進路からなんとか逃れるのであった。

 

「甘いのう……甘い」


 ここまで観戦をしていた学園長がぽつりと漏らす。

 

「確かに魔法の腕は上がったが、それにかまけておる」


 おじさんにむかって話かけているわけではない。

 が、学園長に答えるおじさんであった。


「キルスティ先輩は押し切れると思ったのでしょうね」


「じゃが相手は魔法戦術研究会の会長ぞ。中級魔法を使って流れを断ち切ることくらいは予測できたじゃろうに」


「全体的に見るとキルスティ先輩の方が単純な力比べでは上ですわね。ですが戦術を含めると、若干ですが不利でしょうか」


「んむ。キルスティは真面目なのがいいところじゃが、ちと真面目すぎるのう。二式は扱えるのかな、リーや?」


 おじさん考案の加速型魔法のことだ。

 

「二式の術式は提供しておりますわ。キルスティ先輩も積極的に学んでいらしたのですが、どこまで身につけられているのかはわかりませんわね」


「先ほどの弾幕すべてにとは言わんが、要所で混ぜていれば面白いことになったのじゃがな」


 学園長がつるりと禿頭をなであげた。

 

 キルスティとプリシエーラの戦いは魔法の打ち合いから、今度は近接戦へと変わっている。

 

 キルスティの得物は片手剣に丸盾。

 実にオーソドックスな騎士スタイルだ。

 

 対するプリシエーラは杖で応戦する。

 こちらは魔導師スタイルだといえるだろう。

 

 この近接戦においても分があるのはキルスティだ。

 杖という長物をうまくいなしながら、懐に潜りこんでいる。

 ただ、決め手に欠くという状況だ。

 

 杖で間合いを取りながら決定的なミスはしない。

 プリシエーラは防御重視のようだ。

 

「ジ・ヨー・セフ・ハ・ミット 迸れ紫の茨! 絡めて縛れ!」


紫の繊手たちザ・パープル!】


 プリシエーラの魔法である。

 初級に位置する拘束を目的とした魔法だ。

 彼女の足下から紫色の茨の蔦が現れ、キルスティを襲う。

 

切り裂く風リッパー!】


 無詠唱にて風の初級魔法を発動させるキルスティ。

 それで相殺できてしまう。

 

 一般的に詠唱を入れた方が魔法の威力があがる。

 無詠唱にて相殺できるのは差があるからだ。

 

 そこでいったん退くキルスティだ。

 

「やるわね! プリス!」


「そっちこそ、キーラ!」


 なんだか眩しい光景である。

 青春まっただ中という感じだ。

 

 お互いを好敵手とし、お互いを認めている。

 その上で全力でぶつかるのだ。

 

 そんな二人を微笑ましく見守るおじさんである。

 一方の学園長は白眉をしかめていた。

 

「退屈じゃのう……」


「それを言ってはいけませんわ、学園長! めっですわよ!」


 身も蓋もない学園長の言葉に、ポーズつきで注意するおじさんだ。


 キルスティとプリシエーラの二人が睨みあう。

 そんな膠着状態で、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが登場した。

 

 お揃いの衣装に身を包み、各々が魔楽器を手にしている。

 

「待っておったぞ!」


 学園長が立ち上がり、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツにむかって手を叩く。

 そんな学園長に一礼するアルベルタ嬢だ。

 

 おじさんも小さく手を振ってみた。

 

 それに呼応するように、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが楽器を構える。

 

「あーたたち、いくわよ!」


 聖女が音頭をとった。

 次の瞬間に金管楽器からスタートする。

 

 勇ましき者の挑戦だ。

 大魔王にたちむかう者への応援である。

 この曲目を指定したのはキルスティだ。

 

 先日の演奏会の中で最も気に入った曲だったからである。

 

「ちょ、なによ、これ!」


 突然はじまった演奏会にプリシエーラは途惑ってしまう。

 

「ふふふ……いいでしょう。うちの後輩たちが応援してくれているのよ!」


「よくわからないけど、こう高ぶってくる曲ね!」


「でしょう! あなたとの決戦にふさわしいと思ったのよ!」


 二人が犬歯をむきだしにして笑う。

 

「いくわよ、プリス!」


「こっちこそ、キーラ!」


 でりゃああと気合いを入れてぶつかる二人であった。

 

「ん……リーや」


「どうかしましたの、学園長」


「この曲目はなんというものかな」


「勇ましき者の挑戦ですわ」

 

「ほう。勇壮で素晴らしいな! もう我慢できん! ワシも参加するぞい!」


 と、学園長が特等席から立ち上がったかと思うと、魔楽器のバイオリンを片手に飛びだしていく。

 

「……学園長。もう仕方ありませんわね!」


 半ば腰をうかしていたおじさんだが、椅子に座り直す。

 この席に居るということは、最終的に審判をすることにもなるのだから。

 

 おじさんまで居なくなるのはマズい。

 ということで、楽しそうに演奏する学園長を横目に見ながらおじさんはキルスティの戦いを見守るのであった。

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