第457話 おじさん魔技戦本戦開始前に激励会を開く


 おじさんが鱈の養殖をプレゼンした数日後のことである。

 その日、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーはみなぎっていた。

 

 放課後の学生会室である。

 皆が集まると同時に気合いを入れる儀式が始まった。

 

「気合い入れっぞぅ!」


 聖女が音頭を取って気合いを入れる。

 おじさん以外の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと相談役の全員が円形になって中央で手を重ねた。

 

薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの名にかけて!」


 聖女が叫ぶ。


「シャオらぁ!」


 全員が唱和する。


「絶対に勝つぞ!」


「シャオらぁ!」


「死んでも退くな!」


「シャオらぁ!」


 気合いが入ったところで、アルベルタ嬢が最後に叫んだ。

 完全にアドリブである。


「リー様のために!」


 リー様のために、と全員が勢いで唱和した。

 その後にハイタッチをしている者もいる。

 

 元気でよろしい、とおじさんは静かに見守っていた。

 なぜこのようなことをしているのか。

 

 明日から魔技戦の本番が始まるからである。

 今回の目標は学生会ですべての席を埋めることだ。

 

 そのために気合いが入っている。

 

「リー! どうだった?」


 聖女が額を拭いながらおじさんに聞く。

 おじさんは敢えて答えずに、親指をビッと立てて見せた。

 聖女も思わずニッコリである。

 

「明日からの本番、期待していますわよ!」


 おじさんが発破をかけた。

 

「ということで、今日は激励会をいたしましょう!」


 おじさんはなんだかんだでイベントごとが好きだ。

 前世ではイベントごとと無縁の生活だった。

 その影響がないとはいえない。

 

 なので、しっかりと用意していたのである。

 おじさん特製のお茶セットを。

 

 激励会と聞いた瞬間に全員が散った。

 自分たちのすべきことをするために。

 

 あっという間にお茶会の準備が整っていく。

 その手際の良さはよく訓練された者の動きであった。

 

 おじさんちの人気の品が勢揃いしている。

 サバサンドにローストビーフサンドは定番だ。

 

 聖女がはしゃぎ、ケルシーが続く。

 皆も楽しそうである。

 

 おじさんはその光景がとても好きだ。

 つい、ニコニコとしてしまう。

 

 軽食よりもスイーツを好む者も多い。

 筋肉質で大柄なシャルワールもその部類だ。

 

 季節のフルーツを使ったタルトなどの焼き菓子を手にしては、目を細めて表情をとろけさせている。

 

 今回の目玉となるのは、ガレット・デ・ロワだ。

 

 フランスで新年に食べるお菓子である。

 折ったパイ生地の中にフェーヴと呼ばれる人形がひとつだけ入っていて、当たった人は一年間幸福が訪れるというものだ。

 

 それをおじさん流にアレンジしたものがメインである。

 本来はアーモンドクリームが用いられるが、今回はカスタードクリームと焼いた果物を使ってみた。

 

 切り分けるのではなく、一人ずつ小ぶりなガレット・デ・ロワを配っていくおじさんである。

 

「さて、皆さん。今、お配りしたものはガレット・デ・ロワと言いますの。文献にあるのとは少し違うものになりますが、ちょっとしたお楽しみも用意してあるので楽しんでくださいな」


 おじさんの言葉に聖女が目を輝かせた。

 

「これが噂のガレット・デ・ロワ!」


「エーリカ、知っていますの?」


 アルベルタ嬢である。


「……その昔、ガレットさんっていう高名な絵師がいたの。そのガレットさんはとってもお菓子が好きで、好きが高じて自分でもお菓子を作るようになったのよ。そして、自らの究極として題したのがガレット・デ・ロワ!」


「……そんな話が。究極を再現なされたのですね。さすがリー様!」


 感動に目をうるわせるアルベルタ嬢だ。

 対照的に聖女はクスクス笑っている。


「エーリカ、嘘はよくありませんわ」


「リー、早いって。もう少し泳がせてたら面白かったのに」


 ぷーくすくすと笑う聖女だ。

 

「エーリカ! 表にでなさい! 戦争ですわ!」


 顔を真っ赤にして怒るアルベルタ嬢であった。

 ヤレヤレとなるおじさんだ。

 

 そこへシャルワールの声があがった。

 

「おお? なんだこれ?」


 ガレット・デ・ロワの中から、小さなガラス人形がでてくる。

 クリームがついたそれをハンカチで拭くシャルワールだ。

 

 この辺が無頼を気取っていても、蛮族にならない理由だろう。

 

「シャル先輩、それがお楽しみですわ!」


「お? お? まさかこれオレの人形か?」


「大正解ですわ!」


 おじさん、実は暇を持て余して作ってしまったのだ。

 ガラス製の人形である。

 サンドブラストの魔法で削りだしたのだ。


 そのやりとりを聞いて、目の色を変える令嬢たち。

 すぐさまにガレット・デ・ロワにナイフを入れる。

 

「うっひょおお! これアタシね!」


 ケルシーがさっそく見つけたようだ。

 人形を口に入れて、クリームをなめるところが蛮族である。

 

「はわわわわ! か、家宝にいたしゅましゅ!」


 イザベラが感激でむせび泣く。

 その隣でプロセルピナ嬢がウンウンと頷いている。

 脳筋三騎士のひとりだ。

 

 先ほどまで激怒していたアルベルタ嬢もニコニコである。


「ねぇ……リー」


 そこへ聖女が声をかけてくる。

 

「どうかしましたか?」


「ないんだけど……ワタシのだけ入ってないんだけど!」


 涙目でおじさんに訴える聖女だ。

 

「邪な心を持っているからなのです」


 パトリーシア嬢が辛辣なツッコミを入れた。


「誰が邪よ! 聖女が邪なわけないでしょ!」


「じゃあ縦じまなのです!」


「誰がタイガースやねん!」


 賑やかである。

 

 ちなみに聖女の人形はおじさんが持っていた。

 短距離転移の応用で、逆に引き寄せられないかなぁと思ったらできてしまったのだ。

 

「エーリカ、反省しましたか?」


 おじさんが声をかける。


「わかった。降参するわ」


 聖女が両手をあげて言う。

 

「アリィ、お茶目が過ぎたわ」


「いいでしょう」


 聖女とアルベルタ嬢が頷きあう。

 

「素直に謝れたエーリカにはこちらも差しあげましょう」


 と、おじさんは自分の人形も聖女に渡すのであった。

 いいいいやっっふううぅうう! と聖女が喜ぶ。

 

「ズルいのです! 私もお姉さまのお人形さんとならべて飾りたいのです!」


「パティ! これがごね得ってやつよ!」


 聖女が胸を張る。

 微妙に言葉がちがってないか、と思うおじさんであった。

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