第456話 おじさん父親の胃にダメージを与える


「ちょ、ちょっと待とうか、リーちゃん!」


 おじさんのプレゼンが熱を帯び始めた頃である。

 父親からストップがかかった。

 

「どうかなさいましたか?」


「うん。いや、リーちゃんがやりたいのならいい。反対はしないんだけどね……」


 どうにも歯切れの悪い父親である。

 

「今、ものスゴく立てこんでるんだよ」


 誰かさんのせいで、というのは周知の事実だ。

 

 直近だけでも万年筆にガラスペンを開発している。

 さらに領地の方でも、炭酸泉開発計画と冒険者育成学校の開発もスタートした。

 

 小豆の作成の方はまだいい。

 さほどリソースを割かずに済むからだ。

 

 だが、魚の養殖となると話は別である。

 確かに王国でも淡水魚の養殖をしている地域があった。

 

 だが、公爵家領では初となる試みである。

 しかも鱈という海の魚だ。

 

 おじさんの話は理解できる。

 が、どの程度のリソースが必要になるのかわからない。

 

 ただでさえ万年筆やガラスペンで忙しい。

 さらに言えば、おじさんが開発した商品も色々あるのだ。


 水虫の薬も増産に次ぐ増産が決まっている。

 特に今、せっつかれているのがコンバットブーツだ。

 

 おじさんがラバテクスを入手する前に作った試供品。

 あれがいけなかった。

 

 軍務卿に自慢したのだ。

 そこに思いきり食いつかれてしまったのである。

 

 さらにラバテクスを入手したことで改造された逸品。

 父親も王城に履いて出仕したのだが注目を集めてしまった。

 

 今や軍からだけではなく、文官たちからも増産の願いがあがってきているほどである。

 

 その件も領地の義両親と進めている途中なのだ。

 シンシャや転移陣で時間をとらずに、領地と連携できるからこそ素早い対応ができている。

 

 そこへきて養殖というのは、ちょっとキャパオーバーなのだ。

 

「そうですの?」


 ほぼ父親に丸投げしているおじさんに自覚はない。

 ポンポンと新しい物を開発していく。

 

 そう言えば……温泉地のドライヤーも増産して欲しいと王妃から頼まれていたことを思いだす父親だ。

 

「ちょっと落ちついてからの方がいいかなぁ」


 娘には自重するなと言ってある。

 その言葉と矛盾するが、対応できる範囲を超えてしまう。

 

 前言を撤回するようで心苦しいものがある。

 だが、時間的にどうにも無理なものは無理なのだ。

 

「承知しました。では、落ちついたら鱈の養殖計画を進めましょう!」


 幸いなのは、娘の聞き分けがいいことである。

 いや、聞き分けが良すぎるのも父親としての矜持が……。

 複雑な心境なのだ。

 

「悪いね、リーちゃん。そうしてくれると助かるよ」


 父親とおじさんの話が一段落したときである。


「えー! あのおさかなたべられないの?」


 妹である。

 

「今回いただいた分はすべて使ってしまいまいたし……また、いただいたら作ってあげますわね」


 プクッと頬を膨らませる妹の頭をなでるおじさんだ。

 

「話が一足に飛んでいたけど、うちの領内にある漁村に触れをだしてみようか。ひょっとすると作っているかもしれないよ」


 なんとか起死回生の言い訳を思いつく父親である。

 

「確かにそうですわね。うちの領内でも作っているのなら、少しくらいは購入できるかもしれません」


「そうだね。代わりになる保存食・・・を用意してもいいしね」


 なんとか乗り切ったかと父親は胸をなでおろす。

 

「……保存食」


 だが、父親のだした不用意な一言におじさんが食いつく。

 

「ええ……と。リーちゃん?」


 顎に手をやり、ブツブツと呟くおじさんだ。

 

「むふふふ」


 その笑いに嫌な予感を覚える父親であった。

 

「ちょ、ちょっと待とうか、リーちゃん!」


 本日、二度目となる台詞が父親から飛びだす。

 

「ね、念のために聞くんだけど……新しい保存食を考えていたりしないよね?」


「え? いくつか候補がありますけど」


「あー……あはははは」


 もはや笑うしかない。

 うちの娘は本当にスゴい。


 あれ? 娘がスゴすぎてお腹のあたりが……。

 

 と、お腹をさする父親である。

 

「リーちゃん! 保存食ってどんなものを考えているの?」


 今度は母親が興味を持ってしまう。

 

「そうですわね……お湯を注ぐだけで食べられるラーメンが有力候補でしょうか」


 小首を傾げるおじさんだ。


 あと、おじさんの魔法をもってすればフリーズドライもいけそうである。

 その魔法も魔道具化すれば、量産するのも夢ではない。

 

「らーめん!」


 妹のお気に入りなのだ。

 

「他にはお湯を注いで、元の状態に戻せるような食品の開発もできそう……」


「いいわね!」


 軍や冒険者と保存食は切っても切れない関係にある。

 野外で煮炊きをするのも大変なのだ。


 だが、お湯を魔法で作れるのなら問題が一気に解決する。

 そこにお金の匂いをプンプンと感じる母親だ。

 

 母親とおじさんがハイタッチをしている。

 

「ヴェ、ヴェロニカまで……」


 誰ともなく呟く父親である。

 

 確かに新しい保存食は魅力的だと感じるのだ。

 おじさんが作った宝珠次元庫というアイテムもある。


 が、一般的に作られる物は容量が制限されるのだ。

 さらに量産するとまではいかない。

 

「父様……僕、手伝おうか?」


 そっと寄り添う弟の発言に、うっかり泣きそうになる父親であった。

 

 母親、おじさん、妹の三人はあれこれと、どんなものを保存食にしたらいいかと話に夢中である。

 

「ははは。ありがとう、メルテジオ。その気持ちだけで父はがんばれるよ……」


「うん……でもさ、父様の後を継ぐのは僕なんだよね……?」


 弟はなにもおじさんに悪気を抱いているわけではない。

 単純に自分がすることになるのだから、今から仕事を覚えておきたいという前向きな思いなのだ。

 

 なにせ健全にシスコンなのだから。

 姉であるおじさんが大正義なのである。

 

「まぁそうなんだけどね……うん、少しメルテジオにも仕事を覚えてもらおうか」


 どうにもパワフルな女性陣に振り回されるのは、カラセベド公爵家の伝統らしい。

 

「うん! がんばるよ!」


 ニコッと微笑む弟であった。

 その笑顔に苦笑をもらしながら、頭をなでる父親。

 

 一方、まったく話に参加しなかったケルシーはと言えば、未だに机に突っ伏していた。

 明らかに食べ過ぎである。

 

 特に餡子の入ったどら焼きがいけなかった。

 あれは悪魔の食べ物だと思うケルシーである。

 

 今も、ケルシーの口からは、どら焼きが半分ほどはみでている。

 そう蛮族二号は食べている途中で、力尽きていたのであった。

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