第455話 おじさん実家でプレゼンする


 学生会室で倒れてしまったおじさん以外の面子。

 ぐるりと見渡してから、最初にケルシーを起こす。

 

「はうあ! リー!」


 きょとんとするケルシーにおじさんは微笑みかける。

 

「大丈夫ですか?」


 コクンと首肯するケルシーだ。

 

「儀式魔法は成功しましたわよ」


 自分の胸元でエメラルドのような輝きを放つ宝石を見せる。

 

「そっか。よかった」


 自分の胸元から首飾りをだすケルシー。

 おそろいね、とウシシと笑う。


「次から儀式魔法をするときは、もう少し人数を増やした方がいいかもしれませんわね」


「……わかった!」


 少し考えてから、にぱッと微笑むケルシーだ。

 そして二人して他のメンバーを起こしていくのであった。

 

 

 学生会での通常業務を終えて、帰宅するおじさんである。

 おじさんは帰りの馬車の中で、そわそわとしていた。

 

 頭の中では先輩にもらった棒鱈と小豆でいっぱいである。

 実は先輩たちと取引しようと考えていたのだが、その件については断られてしまった。

 

 そもそも地元民が消費するのものなのだ。

 今から取引したいと言われても地元民が困るだけである。


 特におじさんのような大口顧客は難しい。

 来年から収穫量を増やすというのも、急には対応できないからだ。

 

 と言うことで、おじさんは自分でなんとかできないかと画策を始めていた。

 カラセベド公爵家領にも漁村はある。

 

 これから増産させるには、家族の説得が必要だと考えたおじさんである。

 量があまりないので、どちらも家族にしか振る舞えない。

 

 が、プレゼンには十分だろう。

 

「ふふふ……」


 怪しい笑い声をだすおじさんだ。

 

「お、お嬢様?」


 さすがに心配になった侍女が声をかけた。

 

「大丈夫ですわ! 今回もなんとか乗り切ってみせます!」


 なんの話だと侍女は疑問に思う。

 が、口にはださない。

 おじさんが悪いことをするようには思えないからだ。

 

 タウンハウスに到着したおじさんである。

 自室に戻って服を着替えた後は厨房に直行した。

 

 料理長たちへの挨拶もそこそこにおじさんは調理を始める。

 まずは棒鱈からだ。

 

 棒鱈はかっちかちに乾燥している。

 なので、まずは水で戻すことから始めないといけない。


 ここで重要なのが棒鱈の種類だ。

 凍干と素干しのふたつがある。

 

 凍干は自然のまま凍らせてしまう方法で、言うなれば天然のフリーズドライである。

 素干しは凍らせないように乾燥させてから、寒干ししたものだ。

 

 凍干なら一晩ほど水にさらす必要がある。

 が、素干しの方は身が詰まっていることもあり、戻すのに一週間ほどの時間を要するのだ。

 

 今回もらった棒鱈は素干しの方である。

 つまり一週間ほど水を替えながら、さらさなくてはいけない。

 

 この行程をサボってしまうと、生臭くなったりするのだ。

 だが手間をかけて戻した棒鱈は美味しい。

 特に素干しは旨みがしっかりと残っているのだ。

 

 と言うことで、棒鱈を洗ってから水にひたす。

 そこでおじさんの錬成魔法が発動した。

 

 でりゃあ、と気合い一発である。

 それで臭みをとった上で、しっかり戻せてしまうのだから、大抵チートだ。

 

 適当な大きさに切って、最初は水煮にしていく。

 ここでも三時間ほど煮込むことになるのだ。

 

 が、またもやおじさんの錬成魔法が火を吹く。

 とろりと骨まで柔らかくなった棒鱈のできあがりである。

 

 あとは味付けをしていくだけだが、そちらは厨房の料理人に調味料の分量を指示してやってもらう。


 おじさんは忙しいのだ。

 だって小豆から餡子を作らねばならないから。

 

 ちなみにおじさんは小豆料理のレパートリーも豊富だ。

 健康に良く、使い勝手のいい食材なのである。

 

 おじさんは小豆をとりだして、水でしっかりと洗う。

 渋きりをして、たっぷりの水で柔らかくなるまで煮る。

 

 餡子を作る上で面倒なのがあく取りだ。

 あくは小まめに取らなければならない。

 

 今回、おじさんが作ったのは粒あんである。

 こしあんは敢えて作らなかった。

 

 餡子はどら焼きの具材にする予定だ。

 本当はおはぎが食べたいおじさんである。

 

 が、餅米がないので断念せざるを得ない。

 次は今川焼きを作ってもいいかと思うおじさんであった。

 

 棒鱈と餡子の両方が形になったところで、おじさんは大きく息を吐く。

 

「料理長、今回は材料が少ないので味見は少人数でお願いしますわね」


 おじさんの言葉に料理長が頷いた。

 同時に料理人たちはお互いを牽制している。

 

「遠くないうちに両方の食材をうちで揃えてみせますわ」


 と、料理長と副料理長の二人が前にでる。

 

「では、あなたたちが代表して味見をするということで」


 おじさんの一言に、料理人たちはがっくりと肩を落とすのであった。

 

 その日の夕食の席でのことであった。

 

 とろりと煮込まれた鱈の味は絶品である。

 ほどよい歯ごたえに、プツンと身が切れるような食感。

 甘辛く煮付けられた鱈の旨みが、口の中で暴発するかのようだ。

 

 おじさん的には白米が欲しくて仕方ない。

 

 だが、食べる手がとまらないほどの味であった。

 うっかりすると、また涙がでそうなほどである。

 

 家族もその棒鱈の味には大満足だったようだ。

 どちらかと言えば、王都ではお肉を食べる機会が多い。

 

 そうしたこともあってか、妹はあまり魚が好きではないのだ。

 だが、今回ばかりは妹ががっつくほどである。

 

 食後にだされたバター入りの焼きたてどら焼きも好評だ。

 バターと餡子の相性が抜群だ。

 ケルシーはもはや筆舌に尽くしがたいほどの味に涙していたほどである。


「お父様、お母様!」


 美味しい料理に大満足といった両親にプレゼンをする。

 おじさんは語った。

 

 鱈と小豆の魅力を。

 なにせ前世では鱈をめぐって戦争が起きたほどだ。

 

 小豆はいい。

 作地を用意すればいいのだから。

 ダンジョンのマスターであるおじさんなら、いくらでも用意ができる。

 

 なにせ魔力さえ供給すればいいのだから。

 

 だが、問題は鱈の方である。

 漁場としての問題だけではなく、そもそも海には大型の魔物もいるのだ。

 

 ならば安定して供給するには、どうすればいいのか。

 養殖である。

 

 そう。

 おじさんは両親に鱈の養殖計画をプレゼンしたのだった。

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