第454話 おじさん結果的に困ってしまう


 学生会室である。


「まったくもう! リーってば泣き虫なんだら!」

 

 目を袖で乱暴に擦り、ズビビと鼻を鳴らす聖女が続ける。

 

「ほら、皆からの贈り物。確認してみなさいな」

 

 その言葉に頷くおじさんであった。

 

 最初に目に付いた大判のハンカチ。

 カラフルな刺繍が入ったものだ。

 

「ふふん。それはね! 私が作ったの!」


 どおん、と胸を張る聖女だ。

 

「あら? 意外ですわね。エーリカにそんな特技があったなんて」


 アルベルタ嬢が混ぜっ返す。

 

「聖女と言えば乙女の中の乙女! 手芸くらい当然よ!」


 アンサ・メイの祝祭日はコントレラス地方の行事だ。

 王国北部の地域であり、実は聖女の出身地でもある。

 

 聖女は七歳でうける神託の儀において称号を授かった。

 その後、コントレラス地方を治める侯爵家の養女となり、神殿で修行を積んできた経歴を持っている。

 

 そこで関わってくるのがイザベラだ。

 彼女の生家であるダルシー家の歴史は古い。

 

 彼女の母親も侯爵家の信頼が厚い人物なのだ。

 そして、聖女の教育係でもあった。

 

 農村出身の聖女に、一般的な教養と礼儀作法を教えるために彼女の母親はがんばったのである。

 がんばって、がんばって、なんとか蛮族にまで引きあげた。

 

「私にはあれが精一杯だったのよ……」


 と、母親が漏らしているのを、イザベラは聞いたことがある。

 

「リー様。コントレラス地方は牧畜が盛んな地域なのですわ。特に羊毛を使った手芸は、農村の副業としてよく行われていますの」


 イザベラの補足説明に、ほうと頷くおじさんだ。

 

「ならば、この編み物はイザベラが?」


 白をベースとしたマフラーである。

 おじさんの瞳の色と同じ、アクアブルーで幾何学的な模様が入っているものだ。

 

「こちらはコントレラス地方では伝統的な柄ですの。贈る相手の幸福と健康を意味するものですわ。これから寒くなってまいりますから……」


 少しだけモジモジとするイザベラである。

 そんな彼女のことを、おじさんはギュッとハグした。

 

「ありがとう。本当に嬉しいですわ!」


「はわわわわ! もったいのうごじゃりましゅわ!」


 噛み噛みになるイザベラだ。

 そして、おじさんの笑顔を間近で見てしまう。

 

「きゅう……」


 と、顔を真っ赤にして失神するイザベラであった。

 

「ったく! なにしてんのよ!」


 聖女がイザベラを引き剥がす。

 そして、近くにあった椅子に座らせる。

 

「エーリカもありがとう。大切に使わせていただきますわね」

 

「い、いいのよ。がんがん使いなさいな。汚れたりしたらまた作ってあげるから!」


 照れているのだろう。

 聖女の顔も真っ赤になっていた。

 

 そこからはひとつひとつの贈り物の確認だ。

 どれもこれも、おじさんにとっては大切な宝物である。

 

 さすがに男性陣は消え物で勝負していたが。

 それも王都の物ではなく、自身の実家の特産品なのだから、しっかりと力を入れていると言えるだろう。

 

 ただし両名とも籠の中には入れていない。

 と言うか、女子組から入れるなと言われたからである。

 

「……これはひょっとして」


 おじさんが渡されたのは棒鱈に似たものだ。

 端的に言えば、鱈の干物である。


 保存にむかない魚を塩漬けにして干物にするのはよくあることだろう。

 ちょっと見た目がグロテスクだが。

 

「ああ……ちと見た目はよくないが」


 シャルワールが頬をポリポリと掻きながら続ける。

 

「会長は料理が好きだって聞いたからな。うちのとっておきをもってきたんだが……」


 まぁ見た目がよろしくない。

 なので、女子組からは評判が悪かったのである。

 

「シャルの実家の近くに漁村がありましてね。そこの特産品なのですよ。見た目は確かによろしくありませんが、味は保証します」


 ヴィルが助け船をだした。

 

「ええ! これはとってもいいものですわね!」


 おじさんの目が輝いた。

 前世からおじさんは棒鱈が好きだったのだ。

 

 水戻しをしたものを煮込みにする。

 手間はかかるが絶品なのだ。

 

「お、おう……」


 あまりの喜びように贈った本人のシャルワールが驚く。

 

「次は私ですね。私も特産品をと思いましてね、こちらをお持ちしました」


 と、小さめの袋を渡すヴィルであった。

 その袋の中を覗くおじさんだ。

 

 顔をあげたときには満面の笑みになっていた。

 なぜならそこに入っていたのは小豆だったからだ。

 

「こちらは赤豆と呼ばれるものでして、我が領内では……」


 説明させないほど食いつくおじさんであった。


「ヴィル先輩、シャル先輩、お二方ともありがとうございますわ! あとでこちらの特産品の取引についてお話しましょう!」


 え? となる二人である。

 さすがにそこまでは考えていなかったのだ。

 

 どちらもあまり量が作られていない。

 いや、作られてはいるが地元民が消費してしまう。

 そのため他領には流通していないものなのだ。

 

 上機嫌になるおじさんであった。

 小豆があれば餡子が作れる、棒鱈の煮物も食べたい。


 食にこだわるおじさんだ。

 この二つの食材は非常に魅力的であった。

 

「じゃあ最後はアタシね!」


 ずい、と前にでてきたのはケルシーだ。

 

「はい、これ」


 ケルシーがおじさんに渡したのはネックレスである。

 編まれた革紐の先端には透明な石がついていた。

 

「エルフの贈り物の定番なの。家族っていうか氏族に贈るものでね。ずっと作ってたの!」


 ケルシーの手作り。

 そう聞くと、より嬉しくなるおじさんだ。

 

「でね! これから最後の仕上げをするわ!」


「……仕上げ?」


「そう! 精霊様にお祈りをしながら踊るのよ!」


 学生会室は広い。

 おじさんが空間拡張をしたからだ。

 当然、踊れるくらいのスペースもある。


 エルフという存在は知っていても、詳しい情報はあまり王国内では流れていない。

 そんなエルフの儀式が見られるとあっては、おじさん以外のメンバーも興味津々であった。

 

 空いたスペースの中央に椅子を持ってくるケルシー。

 おじさんはその椅子に座らされる。

 

「じゃあ、いくわよ!」


 ケルシーが叫んだ。

 言葉の意味はとれない。

 

 ただリズムを取るような声の出し方だ。

 歌っているわけではない。

 ただ韻を踏んでいるような感じである。

 

 腰を中腰に落として、太ももを叩く。

 そして、おじさんを中心に円を描くような動きをする。

 

 おじさん的にはラグビーで見たハカのようだと感じた。

 

 動きとしては難しくない。

 なので、それを見ていた聖女が参加する。

 

 ケルシーの韻を踏む言葉と調子にのったのだろう。

 実に楽しそうにしている聖女だ。

 

 それにつられたのか、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの脳筋組が参戦する。

 相談役の男性陣もだ。

 

 そうして最終的には全員がケルシーの踊りの輪に加わった。

 

『ねぇ……リーちゃん』


 おじさんの耳飾りから声が聞こえた。

 風の大精霊であるヴァーユだ。

 

『リーちゃんのところで儀式魔法を使っているわよね?』


 その言葉でおじさんは思い当たる。

 ケルシーの言っていたのは、まさに儀式魔法だ。


『もうすぐ発動しちゃうんだけど』


 おじさんも念話で返す。


『ええと……どうなります?』


『あ……まずい! 結界を』


 風の大精霊からの念話が途切れた瞬間。

 おじさんは結界を張っていた。

 

 その直後、風が渦巻きヴァーユが空中に姿を見せる。

 

 エルフの儀式魔法。

 それは風の精霊を召喚し、宝石に力を与えてもらうというものであった。

 

 だが、今回は事情がちがう。

 なにせ対象はおじさんなのだ。

 

 だから風の精霊たちははりきってしまった。

 

 膨大な魔力が渦巻く。

 その魔力にあてられたのと、魔力の消費が多すぎて学生会室にいる皆が気を失った。

 おじさん以外。

 

「ごめんなさい、リーちゃん」


「いえ、お姉さまのせいではありませんわ」


「せっかくきたのだから、宝石に力をわけておくわね」


 大精霊の魔力が宝石に宿る。

 無色透明だった宝石が淡い緑色に輝いた。

 それはエメラルドのように見える。


「ええと……これ以上は危険だから帰るわね」


「はい。ケルシーにはよく言っておきますわ」


「うん……ごめんね」


 姿を消すヴァーユだ。

 学生会室にはおじさん以外が倒れている。

 

 さて、どうしようと困るおじさんであった。

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