第453話 おじさん薔薇乙女十字団をキュンキュンさせる


 ケルシーの自爆特攻から数日後のことである。

 その間は概ねだが、順調な日々だったと言えるだろう。

 

 学業をこなし、放課後は学生会の仕事と並行しつつ、魔楽器の練習をする。

 あるいは魔法の指導をするといったルーティンだ。

 学生として充実した日々を過ごしていたおじさんである。

 

 ただ、その日は朝からちょっと様子がちがっていた。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々が、どこか緊張した面持ちであったからだ。

 また一部の者は、どこかそわそわとして落ち着かない様子である。

 

 そんな様子を見て、んにゅにゅとなるおじさんだ。

 

「アリィ。なにかありましたの? 皆の様子が変ですわ」


「いえ、なにも問題は起こっていません」


 さすがのアルベルタ嬢である。

 彼女はいつもと変わらない様子だ。

 

「……それならいいのですが」


 おじさんの不安は払拭されないままだ。

 それでも時間は過ぎていく。

 

 すべての講義が終わる。

 おじさんは学生会室へ移動しようとしていた。

 そこへアルベルタ嬢が近づいてくる。

 

「リー様。少しよろしいでしょうか?」


「はい。かまいませんよ」


「ご相談したいことがありまして」


「学生会室でいいですか?」


「できれば別の場所でお願いしたいのですが」


「あ! お姉さま! だったらこの教室でどうです?」


 近くにいたパトリーシア嬢が声をかけた。

 その声に従って周囲を見るおじさんだ。

 

 既に男子生徒は席を立っている。

 残っているのは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーだけだ。

 

「では、そういたしましょうか。皆は先に学生会室へお願いしますわ」


 おじさんの一言に、皆が頷くのであった。

 

「で、相談とはなんでしょう?」


「実は学園長から魔楽器を見せてほしいと打診がありまして」


「なるほど」


 納得するおじさんである。

 

「では学園長に会いに行きましょう」


 さっそく腰をあげるおじさんだ。

 アルベルタ嬢と連れ立って学園長の部屋に行く。

 

 そう言えば、学園長と顔を合わせるのは久しぶりな気がする。

 確か天空龍シリーズを納品したのが最後だろう。

 

 その後は学園長の持病である腰痛がでた。

 で、おじさんも炭酸泉の開発や領都の冒険者育成学校の建設などに関わっていた。

 

「失礼いたしますわ」


 学園長の部屋にアルベルタ嬢を伴って入るおじさんだ。

 

「リー、色々と聞いておるぞ」


「どんな話をお聞きになったのやら」


 勧められたソファに腰掛けるおじさんたち。


「学生会はどうじゃ? 問題はないかな?」


「わたくしの経験不足は否めません。ですが相談役として残ってくださった元会長たちのお知恵を拝借しておりますの。こちらにいるアルベルタ嬢も手腕を発揮してくれていますわ」


 そうかそうかと白鬚をしごく学園長だ。

 表情を見るに上機嫌である。

 

「上手く回っておるのならそれでいい。して、リーよ」


 学生会の話は枕だったらしい。

 学園長の顔が子どものような表情になる。

 

「承知してますわ。魔楽器のことでしょう?」


「それじゃ! ズルいぞ、リー! 楽しそうな玩具おもちゃを隠しておるとは!」


 急に席を立ち上がる学園長だ。

 その稚気にあふれる言葉にアルベルタ嬢が目を見開いている。

 おじさんにとっては見慣れた学園長の姿だ。

 

「まぁ! おほほほ。学園長、楽しみができましたわね」


 と、おじさんは宝珠次元庫から魔楽器を取りだす。

 バイオリンを魔楽器化したものだ。

 

「ほう! これがそうか!」


「ちょっと試してみてはどうですか?」


 おじさんは自分の分のバイオリンを用意する。

 そして席を立ち、優雅に弾くのだ。

 

 もちろんゲーム音楽などという攻めたものではない。

 王国で一般的に親しまれているクラシック調の曲だ。

 

「ほう。魔力操作でそこまでできるのか」


 音の増減に音質の変化。

 おじさんが実演してみせる。

 

 それを見た学園長が我もと続いた。

 おじさんの弾く曲にあわせて入ってくる。

 

 が、まだ音質が安定しない。

 さすがに学園長といえど、初見で完璧に操作するのは難しいのだろう。

 

 それでも数曲弾く内に、おじさんほどではないが安定した音をだすのはさすがである。

 

 学園長とおじさんの二重奏。

 アルベルタ嬢はうっとりとした表情で音を楽しんでいた。

 

「……魔楽器か、これはとてもいいものじゃ」


「お気に召しましたか?」


「うむぅ……リーよ。この魔楽器を学園の講義に導入したい」


 学園長が真面目な表情でおじさんを見た。


「学園にですか?」


「これは魔力の操作のいい訓練になるぞい」


「それは構いませんが、まだ量産化の目処がついているか、わたくしには判断がつきませんわ」


「ならばスランと話をしておこう」


「はい。わたくしからもお父様に話をとおしておきますわ」


 おじさんの目には上機嫌になる祖母が見えていた。

 たぶん高らかに笑うことだろう。


「では、学園長。わたくしたちはそろそろ失礼しますわ。ああ、そちらの魔楽器はお持ちくださいな」


「すまんな。あとでこの分の対価もスランに支払っておく」


 と、おじさんたちは学園長室を退出するのであった。

 

 学生会室へと足をむけながら、おじさんが言う。

 

「すっかり皆を待たせてしまいましたわ」


「仕方ありません。皆も仕事がありますので、退屈はしていないでしょう」


 しかし、リー様とアルベルタ嬢が続ける。


「先ほどの演奏は素晴らしかったですわ」


「学園長はバイオリンの名手と聞いております。ですので、わたくしに合わせてくれたのでしょう」


「新しい音楽を奏でるのもいいのですが、伝統的な音楽にもまたちがった良さがあると再認識を致しましたわ」


「そうですわね。これからは様々な演奏をしてみましょう」


 そんな話をしつつ、学生会室へと到着したおじさんたちだ。

 アルベルタ嬢が扉を開けると、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの全員がおじさんを見て立ち上がった。

 

「え……と?」


 急なことに途惑ってしまうおじさんだ。

 

「リー様」


 皆を代表して声をかけたのはイザベラ=オルゴー・ダルシーであった。

 おっとりとした細目の御令嬢である。

 そして、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中で、最もおじさんを狂信する者だ。

 

「はい。なんでしょう」


「ご存じかどうかわかりませんが、本日はアンサ・メイの祝祭日です」


「聞いたことはあります。確かコントレラス地方にて行われている祝祭である、と」


 おじさんの言葉にイザベラが頭を下げる。


「さすがリー様、ご存じでしたか。この祝祭日にはふだんお世話になっている方に感謝の気持ちを示すのです。そこでお邪魔になるかもしれませんが、こちらを受けとっていただきたいのですわ」


 植物の蔓で作られた網籠をさしだすイザベラであった。

 

「……いいのですか?」


 網籠を受けとるおじさんの手は少し震えていた。


「もちろんです。中には我ら薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと相談役の方々からの贈り物が入っております」


 ちらりと籠の中を見るおじさんだ。

 一番上にあった大判のハンカチが目に入る。

 

 色鮮やかな毛糸の刺繍が美しい。

 他にも編み物などが見えた。

 

「嬉しいですわ!」


 満面の笑みになるおじさんだ。

 しかし、そのアクアブルーの瞳からぽろりと雫が落ちる。

 

 だって、おじさんの人生において初めてだったから。

 お友だちから心のこもった贈り物をもらうなんて。

 前世では考えることすらなかった。

 

 だから、嬉しくて。

 嬉しくて。

 

「あれ? おかしいですわね?」


 涙を拭うおじさんだ。

 だが、あとからあとから涙がでてくる。

 

 そんなおじさんの姿を見た薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、全員胸をキュンキュンさせるのであった。

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