第452話 おじさんケルシーから相談される


 おじさんが楽団を編成した。

 そのニュースはあっという間に学園内に知れ渡った。

 

 なにせ一度は聖女の応援でお披露目しているのだ。

 その時に居合わせた学生たちは大喜びであった。

 あの演奏が再び耳にできる、と。

 

 その日。

 帰宅したおじさんの部屋にケルシーがやってきた。

 なにやらいつもよりも深刻そうな顔をしている。

 

「どうしたのです、そんな表情をして」


 なにやら思い詰めているのかと心配になるおじさんだ。

 

「あ! あのね、リー!」


 緊張で声のボリュームがバカになっているケルシーだ。

 

「私に魔法を教えてくださいな!」


 ぺこりと頭を下げる。

 そんな彼女の後ろに立つクロリンダを見るおじさんだ。

 おじさんの視線に気付いたクロリンダが頷く。

 

「それはかまいませんが……」


 ケルシーは思っていた。

 エルフは魔法が得意な種族である。

 それは事実だ。

 

 実際に魔技戦に出場しても負けなしである。

 ただ問題は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツなのだ。

 

 もし彼女たちと対戦したとなると……。

 ケルシーは楽観視できなかった。

 

 単純な魔法の腕なら負けていない。

 だが戦術の幅が広い。

 要するに引き出しの数がちがうのだ。

 

 それだけ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが研鑽を積んできたという証拠でもある。

 一朝一夕に差を埋められるとも思わない。

 

 だからといって負けていられないのだ。

 それがケルシーの矜持であった。

 

「お願いします!」


 頭を下げたままケルシーが叫ぶ。

 おじさんはその姿を見て、ふっと息を吐いた。


「承知しました。協力しましょう」


 ケルシーがニパっと無邪気な笑みをうかべる。

 

「ありがとう、リー! 対校戦に出場したいのよ!」


 対校戦に出場できるのは十五名だ。

 魔技戦本戦における成績上位者十五人が選ばれる。

 

 今年に限って言えば、既におじさんが決定済みだ。

 残る枠は十四人となる。

 

 学生会に在籍するメンバーは、おじさんを含めず十八人。

 つまり全員が選ばれることはない。

 最低でも四人は対校戦には出場できないのだ。

 

「承知しました。ですが、ケルシーだけを贔屓にできませんわよ。その点は含んでおいてくださいな」


「わかってるわよ!」


「では、今から訓練場に行きましょう。ケルシーの魔法の腕がどの程度か確認しておきたいですからね」


「がってんしょうち!」


 訓練場に移動したおじさんとケルシーだ。

 時間的に騎士たちの姿もまばらである。

 

 空いている場所でおじさんはケルシーとむきあった。

 

「では、初級の魔法をみせてくださいな」


 ケルシーが放ったのは風弾だ。

 風の大精霊を信仰するだけあって種族的に相性がいい。


 精度、威力ともに申し分ないだろう。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツでも上位に入る。

 

 だが、ケルシーには大きな欠点があった。

 それは使える魔法が偏っていることである。

 

 いくつか魔法を放つものの、すべてが風の魔法だ。

 

「クロリンダ。エルフは風の魔法しか使えませんの?」


 素朴な疑問を抱いたおじさんである。

 

「いえそんなことは。確かに火の属性との相性はよくありませんが、水や土の魔法も使えますわ」


「ならケルシーは?」


「他の属性も使えるはずなんですけど……なぜか風の魔法ばかりなんですよねぇ……」


 真面目にできる時間が過ぎたのだろう。

 言葉遣いが乱れたクロリンダだ。

 その頭に侍女が拳骨を落とした。

 

「ケルシー! 風以外の魔法を使ってみてくださいな」


 おじさんの言葉に頷くケルシー。

 そして水弾を放つ。

 

 が、その精度も威力もガタ落ちである。

 

「確かにダメみたいですわねぇ。性格的なものでしょうか?」


 ふむと考えこむおじさんだ。

 恐らくきちんと教えれば、他の属性も使えるだろう。

 だが、魔技戦本戦は間近である。

 

 その時間がない。

 となれば選択肢はなかった。

 

「ケルシーは戦術の幅を広げたいのですよね?」


「そうなのよ!」


「では、風の魔法を伸ばしますわよ」


「え? いいの?」


 キョトンとするケルシーだ。


「かまいません。風の魔法は使い勝手いいものが多いのですよ」


 おじさんの言葉に首をかしげるケルシーだ。

 ふふっと笑っておじさんが続きを口にした。

 

「例えば、そうですわね。飛行魔法は風を操っていますのよ。つまり飛行魔法とまではいかなくても、移動の補助に使えるということです」


「?????」


 ケルシーには難しいようだ。

 既に頭から煙をだしそうな表情になっている。

 

「では実例を見せましょう。ケルシーの得物はなんでしたっけ?」


 ふふん、とケルシーが自信満々に腰に巻きつけていた鎖を外した。

 てっきりベルトの代わりに使っているものだと思っていたおじさんである。

 

 細めの鎖の両端におもりがついているものだ。

 

「鎖分銅ですか……」


 随分とマニアックな武器だと苦笑するおじさんだ。

 とは言っても、使い勝手がいいのだろう。

 護身用としても利用できる。

 

 さらには投擲して相手に足に絡め、機動力を奪うことも可能だ。

 狩りのアイテム的なものだろうか、と目星をつけるおじさんであった。

 

「……ダメなの?」


「いえ……大丈夫のはずですが、そのままでは使えない可能性が高いと思いますわね」


「エルフは狩りで使うことが多いのですよう」


 クロリンダが一言はさむ。

 

「弓ではないのですか?」


「お嬢様は不器用なのです」


 なるほど、と納得してしまうおじさんだ。

 わかりやすい武器がいいのだろう。

 

「ケルシー、その武器を見せてくださいな」


 おじさんは手渡された鎖分銅を観察した。

 そして宝珠次元庫から素材をとりだして、えいやと錬成魔法を発動するのだ。

 

 硬質なゴムで作った鎖分銅のできあがりである。

 

「これなら怪我をしにくいはずですわ」


「なんか黒くてかっこいいんだけど! いいの?」


 うぇーいと喜ぶケルシーだ。


「さて、ケルシー。少し実演をしてみましょうか!」


 おじさんが風の魔法を発動させる。

 それは猛烈な風によるバーニアだった。


 空中をすべるように縦横無尽に高速で動くおじさんである。

 スラスター的に姿勢の制御もしているのが細かい。

 

 ぶっつけ本番なのに。

 さらにおじさんは魔法を発動させながら拳を突きだす。

 

 その拳から竜巻が発生して訓練場の結界を貫こうとする。


「おっと、いけませんわ」


 即座に魔法を消してしまうおじさんだ。

 

「他にも色々とありますわよ」


 圧縮した空気の壁を作りだしたり、風を使って不協和音を起こし相手の思考を阻害したり、猛烈な上昇気流を起こしたり、下降気流を起こしたりするおじさんだ。

 

「うへえ……」

 

 口を半開きにして、ポカンとなるケルシーだった。

 

「そうですわね。まずは最初にやってみせた風の魔法を使った移動補助の魔法はどうですか?」


 ケルシーに提案するおじさんだ。

 

「やる! 教えてくださいな!」


「では、最初はわたくしがかけてあげます。加減はしますが、十分に注意してくださいな」


 と、おじさんはケルシーにむかって魔法を発動させた。

 

「うおおおおお! なにこれ! なにこれ!」


 大興奮のケルシーだ。

 

「最初はそっと動いてみることをおすすめしますわ!」


 おじさんの助言どおりにするケルシーだ。

 それでも加減がわからず、訓練場の端まで移動してしまう。

 

「これがあれば無敵じゃない!」


 そこで調子にのったケルシーだ。

 

「本気で行くわよ!」


 どごおんと派手な音を立てて、訓練場の反対の壁に張りついているケルシーであった。

 

「ちょ、お嬢様!」


 クロリンダが駆け寄った。

 ぷしゅうとケルシーが鼻血をだして倒れる。

 完全に目を回しているケルシーだ。


「やると思ってました!」


 侍女はやれやれと息を吐きながら、治癒薬を準備する。

 

「まったく。意気込みは買うのですが、あの短慮をどうにかしないといけませんわね」


 おじさんも肩を落としつつ、息を吐くのであった。

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