第451話 おじさん先輩たちに魔力循環の手ほどきをする


 学生会室内でおじさんは上機嫌だった。

 演奏をしたこともそうなのだが、それを聞いた皆がやる気になっているのが嬉しいのだ。

 

 今もわいわいと話し声が聞こえる。

 そんな声を聞きながら、おじさんはソファに腰掛けた。

 

 足下にすり寄ってきた黒猫を抱きあげる。

 その背中をなでていると、おじさんの前にお茶が置かれた。

 

 ふ、と目線をあげると元会長であるキルスティが微笑んでいる。

 

「ありがとうございますわ」


 おじさんの礼に対して、お気になさらずと言いながら対面に座るキルスティであった。

 

「ねぇ……リーさん」


「なんでしょうか?」


「あなたはいったい……いえ。やめておきましょう」


 と、静かに首を横に振るキルスティ。

 おじさんは沈黙したままであった。

 

「あなたは曾祖父様おじいさまも認める魔法の腕をお持ちなのは聞いています」


「……」


 おじさんは何も答えず、カップに口をつけた。

 

「過分な評価とは仰らないのね……ふぅ」


 とキルスティが大きく息を吐いた。

 彼女の目に決意が宿る。

 

「リーさん、あなたと模擬戦がしたいわ。一度、その腕前を自分の目で見てみたいの。どうかしら?」


「かまいませんわよ」


 こともなげに答えるおじさんである。

 

「よかった。じゃあ訓練場を押さえてきますわね」


「いえ、このまま行きますわよ!」


 おじさんがキルスティの手を掴んだ。

 

「アリィ! 少しの間、離席します。任せてよろしいですわね」


「はい。承知いたしました」


 アルベルタ嬢が返答をした瞬間に、おじさんとキルスティの姿は消えていた。

 親指の指輪に魔力をとおして、女神の作った空間へと転移したのである。

 

「なぁ……おい、大丈夫か?」


 筋肉質のシャルワールが優男のヴィルに聞く。

 

「問題ないでしょう。というよりも会長は転移もふつうに使うのですね」


「あのねえ。リーのすることに驚いてちゃ身がもたないわよ」

 

 聖女である。

 男の先輩二人に対しても遠慮がない。

 

「それより帰ってきたときに、しっかり慰めてあげなさいな」


 聖女の言葉に目を丸くする二人だ。

 

「……それは元会長をということですか?」


「もちろんよ!」


「キルスティのやつ、本気をだせば学園内でもかなり上位だぜ?」


 シャルワールの言葉に聖女は肩を大きく落とした。


「やれやれね。まったくわかってないんだから!」


「そこまでなのですか?」


「だいたいあの学園長が出禁にするくらいなんだからわかりなさいよ!」


 聖女がどっかりと近くにあった椅子に腰を下ろした。

 その様子に先輩男子は二人は苦笑いだ。


「エーリカさん。ひとつお聞きしたいのですが、先ほどからケルシーさんが遊んでいるあの黒いスライムは?」


 ヴィルが好奇心から話を振る。


「ああ……うん。知らない方がいいわよ」


『テケリ・リ、テケリ・リ』と声が聞こえてくる。


 その声に聖女の顔が青くなった。


「まったく! 他のヤツらを喚ばなきゃいいけど!」


「ええと……エーリカさん?」


「この世の中にはね、知らない方が幸せなことだってあるのよ。ええ、好奇心がその身を滅ぼすことになるわ」


 聖女の言葉にゴクリと唾を飲むシャルワールだ。


「なぁ聖女ちゃん。それって相当やべえってことか?」


 シャルワールを睨む聖女だ。


「エーリカ! 聖女って呼ばないでって言ってるでしょ!」


「悪い悪い。つい、な」


 素直に謝るシャルワールであった。


「……ヤバいとかそういうことも知らない方が幸せよ」


 聖女が目を伏せた。

 その瞬間である。

 

 おじさんとキルスティが帰ってきた。

 

 おじさんはいつもどおりだ。

 なにも変わらない。


 が、キルスティはボロボロになっていた。

 今も床にへたりこみ、激しく肩を上下させている。

 

「おかえり、リー、先輩」


 聖女がおじさんとキルスティに声をかけた。

 

「ただいま戻りましたわ。エーリカ、楽器を選ばなくていいのですか?」


「わたしはドラム! ドラムしかやらないの! あとはボーカルかダンサーか!」


 くすり、と笑うおじさんだ。

 

「それより先輩はどうだったの?」


 聖女の言葉に、おじさんは少しだけ考える。


「そうですわね……わたくしは上級生の腕前がどの程度なのかわかりませんから。詳しいことは言えませんわ」


「じゃあ、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの中だったら?」


「アリィ、パティ、エーリカと並ぶのではないでしょうか?」


「ほおん。じゃあ先輩とも模擬戦しなくちゃね!」


 聖女がやる気をみせる。

 そこへアルベルタ嬢が近づいてきた。

 

「リー様。各人の担当楽器が決まりました」


 一覧表を渡すアルベルタ嬢だ。

 それにサッと目をとおすおじさん。

 

「ほどよくばらけましたね。これならどなたが試合で抜けても問題なく演奏ができますわね!」


 アルベルタ嬢の采配に満足するおじさんだ。

 ビッと親指を立てて見せた。

 それを見て、静かに頭を下げるアルベルタ嬢だ。

 

「では各人に楽器を。実際に触れて音をだしてみてくださいな」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに魔楽器が配られる。

 魔力を流すことで音を増幅したり、音質を変えることができるのが魔楽器の特徴だ。

 

 すべての楽器で繊細な魔力の操作が求められる。

 つまり親しんだ楽器であっても、魔楽器だと演奏をするためには魔力を操作する必要があるのだ。

 

 さすがに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーは、部室で触っていただけあって基本的な操作はできる。

 が、相談役の上級生三人は初めてのことだ。

 

 なかなか魔力を操作する感覚を掴めないでいた。

 

 それをっと見ていたおじさんである。

 

 相談役三人の前に立つ。

 

「御三方は先に魔力の循環を円滑にした方がいいですわね。正直なところ基礎的な部分が、少しなおざりになっています」


「魔力循環……確かに最近はあまり訓練していませんね」


 ヴィルが素直に頷く。

 

「基礎を疎かにしてはいけませんわ」


 と、おじさんがヴィルの丹田あたりに手を置く。

 

「な、なにを?」


 驚きの声をあげる先輩を無視するおじさんだ。

 

「外部から魔力に干渉して循環させます。いきますわよ」


 はいやーと魔力を循環させるおじさんだ。

 それは彼が体験したことのないレベルの循環である。

 

 膝がガクガクと震え、顔が青くなってしまう。

 

「あっ……あっ……あっ……」

 

 ほんの数分にも満たない時間だ。

 それでもおじさんの言葉を体感したのである。

 

「……会長。手ほどきありがとうございます。確かに己を恥じねばなりませんね」


「ご理解いただけて幸いですわ! では次にシャル先輩!」


「え!? オレも?」


「もちろんですわ!」


 有無を言わさず、強制的に魔力を循環させるおじさんだ。

 

「……かぁあああ。……マジかよ」


 ヴィルよりも基礎ができていなかったシャルワールは、耐えきれずに床に膝をついてしまった。

 それでも循環の手をとめないおじさんは鬼畜である。

 

「さぁ、次はキルスティ先輩の番ですわよ」


 先に男子二人の醜態を見ていたキルスティだ。

 さすがにヒィと声をあげてしまう。

 

「遠慮することはありませんわ!」


 おじさんがズンと近づくと、その分だけ下がる。

 だが壁際にまで追いこまれてしまった。

 

「わ、わたしは!」


 そこから先に言葉をつなげることはできなかった。

 おじさんが手を置き、魔力に干渉したからである。

 

「はう!」


 いきますわ! とおじさんが声をあげた。


「いやあああああん!」


 じゃねえ、とその場にいたおじさん以外が心の中でツッコむ。

 頬を赤らめ、必死で耐えるキルスティ。

 

「も、もう……無理ですわ……リーさん」


「いえ……まだ、いけますわ!」


 おじさんは許さない。

 でも、善意からの行動なのだ。


「あああああぁああぁぁぁぁぁ!」


 絶叫するキルスティ。

 彼女は確かに感じたのだ。

 新しい世界の扉を開いた、と。

 

 もちろん魔力循環の話である。

 

「ふぅ……しばらくは魔力循環のみに取り組む方がいいですわ。その出力になれてきたら、魔楽器の演奏にいきましょう!」


 おじさんがニコリと微笑んだ。

 

「リー様、私にも手ほどきをお願いいたします!」


 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツはやる気満々であった。

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