第450話 おじさん学生会を巻きこんで楽団を作る


 若干だがご機嫌ななめになる母親。

 渾身の一作が理解されなかったのだから仕方ない。

 そんなこんながありつつ、おじさんはその日を過ごした。

 

 王蜜水桃の件については後日に持ち越しである。

 

 明けて翌日。

 今日のおじさんは学園に復帰する予定だ。

 

 もう少しすれば魔技戦の本戦が始まるからである。

 これまで学園では学年ごと総当たり戦を行っていた。

 

 そこから上位成績者のみを残して、総当たり戦に入る。

 この二次総当たり戦が通称で本戦だ。

 上位者のみが対校戦に出場できる。

 

 学年関係なく、完全に実力で決まるのだ。

 だから薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは張り切っていたのである。

 

 おじさんとしては本戦前にしたいことがあった。

 それは楽団を編成することだ。

 

 おじさんはその圧倒的な実力から、既に対校戦に出場することが決定している。

 ただ前回の聖女への応援で味をしめたのだ。

 

 応援という形で楽団を編成して参加する。

 そうすれば魔技戦の雰囲気を味わえるではないか。

 

 ということで、おじさんは時間を見て色々と作っていた。

 魔楽器はもちろんのこと、楽団の制服もだ。

 

 学園にむかう馬車の中でも、むふふと笑みを漏らす。

 そんなおじさんを見て、侍女はちょっぴり不安になった。

 

 いつものようにおじさんが馬車を降りる。

 それだけで視線が集まってしまう。

 

 久しぶりの登校ということもあったのだろうか。

 なぜかその場に居合わせた生徒全員が、おじさんにむかって膝をつき礼の姿勢をとった。

 

「はにゃ? どうしたのでしょう?」


 理解できずに、思わず呟いてしまうおじさんだ。

 

「お嬢様、一声かけてあげましょう」


 侍女がこそっと耳打ちをする。

 

「皆さん、ご機嫌うるわしゅう」


「おはようございます!」


 その場にいた全員が唱和する。

 おじさん、びっくりして頬がヒクヒクと引き攣ってしまう。

 

「では、お先に失礼いたしますわね」


 その場から逃げるように教室へとむかうおじさんだった。

 

 教室へと入った超絶美少女にアルベルタ嬢が声をかける。

 

「リー様。おはようございます……っていかがなさいましたの?」


 おじさんの顔色を読んだのだろう。

 怪訝な顔をしている。

 

「いえ……なんでもありませんのよ」


「リー様がそう仰るのなら……」


「アリィ、放課後に皆を学生会室に集めてくださいな」


「承知しました」


 席に着き、落ちついたところで聖女が声をかけてきた。

 

「リー、聞いてる?」


「なにをですか?」


「あの応援! 学園長から許可がでたって!」


「ほんとですか!」


 がたっと席を立ってしまうおじさんだ。

 その表情は先ほどとは打って変わって、満面の笑みである。


「うう……なんて眩しい笑顔なのよ」


 聖女がおじさんを見て、顔を赤らめていた。

 否、聖女だけではない。

 教室にいた全員がおじさんを見て頬を染めている。

 

「学園長なら許可をだしてくれるとは思っていましたが……」


 どうせ許可がでようとでまいとやるつもりだったのだ。

 あの学園長なら時間の問題である。 

 だが、既に許可がでているのなら怖いものはない。

 

 その日、放課後になるまで、おじさんはニコニコ笑顔のままだったそうである。

 

「で!」


 放課後の学生会室。

 期待に満ちた目で声をあげたのは聖女だった。

 

 既に学生会のメンバーは全員揃っている。

 相談役の三名とケルシーを含め、合計十八名がおじさんを見た。

 

「キルスティ先輩のご協力もあり、学園長からもあの応援に許可がおりました。そこで本日は学生会全員で楽団を結成したいと思います!」


 高らかに宣言するおじさんだ。

 

「楽団?」


 疑問の声をあげたのは元会長のキルスティだ。


 学生会に所属するメンバーは教養として何かしらの楽器が弾ける。

 あのケルシーですら横笛を得意としているのだ。

 だが、楽団として楽器を弾いた経験はない。

 

 アルベルタ嬢、パトリーシア嬢、聖女の三人に関しては既に魔楽器に触れている。

 他の薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのメンバーも、多少は魔楽器を触った経験があるだろう。


 なにせおじさんが部室に置いておいたのだから。

 

「そうなのです! きたる魔技戦本戦にむけて楽団を立ち上げ、応援をするときに演奏するのです!」


 おおー! ととりあえず雰囲気にのる聖女とケルシー。

 

「そのための準備は既にしてあります!」


 宝珠次元庫からドサドサとおじさんは魔楽器を取りだす。

 ギター、ベース、ドラム。


 それ以外にもバイオリンなどの弦楽器に、金管楽器に、打楽器も。 

 一般的に楽器として使われるものを魔楽器化したのである。


 さらに楽団の制服。

 平たく言えば、ただのゴスなロリ服である。

 だが靴にアクセサリーまでゴスなもので統一されているのだ。

 その可憐なデザインに、女性陣から声があがった。

 

 男性陣は苦笑している。

 だが、きちんと自分たち用の衣装まで用意されているのを見て声をなくしてしまう。

 

「アリィ! 各自の得意楽器をまとめてくださいな。各人が最低でも二つの楽器を弾けると嬉しいです!」


「承知しました」


「パティ! 楽団長に任命します!」


「はい! 全力でやるのです!」


 おじさんの言葉にパトリーシア嬢が両手をあげた。

 

「エーリカ、遮音結界を張ってくださいな」


「まかせんしゃい!」


 聖女が結界を張ると同時に、おじさんはギターを爪弾く。

 同時にシンシャを召喚してしまう。

 

「エーリカ、何曲かお披露目しますわよ!」


「おうともよ!」


 おじさんが軽快にギターを弾く。

 その音はつい身体が動いてしまう律動であった。

 

「へえーえ えーえええー えーええー うーうぉーおおおぉー」


 聖女がノリノリになって歌い、一曲目の演奏が終わる。


 その音楽に呆然となる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたち。

 なにが起こったのかわからない。

 

 だが自分たちの知る音楽とはちがうなにか。

 その音に自然と身体が揺れていた。

 

「エーリカ、二曲目は血涙! 踊ってくださいな!」


 おじさんからの指示が飛ぶ。

 ピアノとバイオリン、ギターにドラム。

 有名な吸血鬼を退治する音楽である。

 

「どんどん行きますわよ!」


 大橋の戦いに八英雄との戦い。

 勇ましき者の挑戦と勇壮な曲が続く。

 合間には友だちを求めてというしっとり系も挟む。

 

 さらには最後の最終戦争というマニアックな選曲まで見せるおじさんだ。

 最後はジャズの名曲である私を月に連れていってをアレンジしたものでしっとりと締める。

 

 演奏が終わったあと、聖女とハイタッチをするおじさんだ。

 

「とまぁこんな感じで応援の演奏をしたいのですわ」


「これは……応援なの?」


 キルスティが素朴な疑問を口にする。


「いや……すごく気持ちが盛り上がりました」


 ヴィルがおじさんに同意を示す。

 その隣でシャルワールも頷いていた。


「なんかこう絶対に負けられねえって感じだよな! オレぁ賛成だ! ぶちあがるぜ!」


 先輩たちの意見がでたところで、おじさんは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツを見た。


「絶対やるのです! 絶対かっこいいのです!」


 パトリーシア嬢が諸手をあげて賛成する。

 

「正直なところ悔しいのです! エーリカ、負けませんわよ!」


 アルベルタ嬢が聖女に宣戦を布告する。

 

「ふふん! このわたしに勝てるかしら!」


「負けません! リー様の隣は譲りませんわ!」


 アルベルタ嬢と聖女が良い感じで盛り上がる。

 それに負けじと薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちも目の色を変えていた。

 

「ここに楽譜も用意してあります! 皆、魔技戦を盛り上げていきますわよ! 最終目標は対校戦で演奏することです!」


「はい!」


 という女性陣の声の中に、おう、と男性陣の声もまざる。

 

 そこでキルスティが挙手をした。

 

「水を差す気はないけれど、魔技戦の訓練はしなくてもよいのかしら?」

 

「魔楽器の演奏は繊細な魔力操作が要求されますわ。なので魔法操作の向上にもつながります。わたくしでよければ、助言もいたしましょう」


「なら私も協力します」


 おじさんの熱に圧されるチョロい元会長であった。

 かくして、おじさんの楽団計画がスタートする。

 

 後年。

 王国における音楽の夜明けとも呼ばれる伝説が幕を開けたのであった。

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