第449話 おじさんサンドブラストを再現する
おじさんの作り上げた切り子のグラスは芸術品であった。
その造型の美にすっかりハマった母親である。
で、そうなると自分でも作りたくなるものだ。
だって、おじさんの母親なのだから。
「はいやあああ」
残っていた素材を使って錬成魔法を使う母親である。
だが当然だが、おじさんのようにはいかない。
歪曲したグラスもどきに、表面が傷ついただけのなにかができあがってしまった。
見ようによっては前衛芸術と呼べるかもしれない。
が、切り子のグラスを作りたいのなら明らかに失敗だ。
「んー。うまくいかないわね」
「お母様、まずはグラスだけを作ってみてはいかがです?」
おじさんが助言をしてみる。
「そうね。それだけならなんとか」
再び錬成魔法を発動させる母親だ。
グラスはできた。
今度は歪曲していない。
おじさんが作ったものに近いグラスだ。
ただ色も入っていなければ模様も入っていない。
「ここでもう一度!」
母親はすかさず錬成魔法を発動させた。
だが、どうにも切り子特有のカットがうまくいかない。
先ほどよりはマシという程度である。
「もっと魔力の密度を高めて、いえ、精度を高めて……」
結果から何が悪かったのかを考える母親だ。
おじさん、そこでひとつ思いだしたことがある。
ガラス工芸品などに用いるサンドブラストだ。
要は研磨剤となる砂をガラスに吹きつけて、表面を削るというものである。
砂を吹きつけた部分は磨りガラスのように白くなるものだ。
グラスに名入れをするときなどによく使われていた。
多段彫りをすることで、立体的に見せる技術もある。
だが、そこまでやるとなると技術的に大変だ。
なので、まずは基本的な平彫りだけでいくことにする。
思いつけば、やってみたくなるのがおじさんだ。
やはり母と娘なのである。
おじさんはこそっと錬成魔法を発動させて無色透明のグラスをひとつ作ってしまう。
そして指先からサンドブラストを魔法で再現したのだ。
本来なら彫らない部分にはマスキングテープのような、保護テープを貼っておく。
だが、呼吸をするように魔法を扱うおじさんだ。
サンドブラスターを意のままに操作できてしまう。
なので、保護テープという方法は採用しない。
それでも一瞬でグラスに公爵家の家紋を彫り入れるおじさんだ。
「できましたわ!」
その声に集中していた母親が顔をあげた。
そして、目の前にあるグラスに目を見開く。
「リーちゃん……これは?」
「これはですね、サンドブラストといって研磨剤になる砂を吹きつけて模様をガラスに描きましたの」
むふん、と得意満面になるおじさんだ。
「ほおん……サンドブラスト」
母親の目が輝いた。
おじさんも首肯する。
「術式はこうですわ!」
さほど難しい魔法ではない、とおじさんの認識だ。
なので口頭で伝えてしまう。
「理解したわ! さっそくやってみましょう」
母親のためにグラスを用意するおじさん。
そして口頭で魔法を再現できる母親。
どちらもおかしい。
が、サロンに常駐する侍女たちは何も言わない。
もはや、そういうものだと認識しているからだ。
「えっと……うん。できた」
あっさりとおじさんの魔法を再現する母親である。
だが、威力が強すぎた。
甲高い音を立てて、グラスに穴が開いてしまう。
「お母様、魔力が多過ぎますわ」
「なかなか加減が難しいわね! ねぇリーちゃん、思ったのだけど威力と範囲をあげて魔物に使ったらどうかしら?」
……おうふ、となるおじさんだ。
想像するだに恐ろしい。
恐らく凌遅刑のようなことになるだろう。
かなりグロテスクである。
もっと威力をあげれば、先ほどのグラスと同じような結果になるのだろうが。
「まぁお母様ったら」
おほほほ、と笑って誤魔化すおじさんであった。
そして魔法のコツを母親に伝える。
一時間とかからず母親もコツを習得したようである。
今はもう黙々と作業に没頭しているのだ。
おじさんも付きっきりだったわけではない。
母親は一を教われば十を知る人間だ。
きっかけさえあれば、だいたいのことはできる。
なので、おじさんは侍女たちのリクエストに応えていた。
最初はお付きの侍女の似顔絵をグラスに彫ったのだ。
ちょっと絵画ちっくな感じで、背景に花を咲かせて。
それがウけた。
侍女が大喜びしたのもあっただろう。
クルクルと回りながら喜びを表現する侍女であった。
それを見て、他の侍女たちがそわそわとしだす。
髪に手をやったり、服装を直したり。
お互いにむきあって、髪や服装を整える者たちもいた。
さすがにおじさんに対して、私も欲しいですというはしたない真似はしない。
だが、その態度を見ていれば彼女たちの望むことがわかる。
だから、おじさんは苦笑いをしながら言った。
「ひとり、ひとつですわよ。意匠は好みに応じますわ!」
侍女たちから声があがった。
そして、おじさんが希望する侍女たちにグラスを渡した終わったときである。
「やったわ! できた!」
母親も自分で納得のいくものができたのだろう。
「リーちゃん! 見て見て!」
母親がおじさんの前にグラスをさしだす。
いつの間にか色つきのグラスまで作れるようになっている。
そのグラスを手にとっておじさんは少し考えた。
「これは……愛らしい猫ちゃんですわね!」
「ドラゴンなんだけど?」
「え?」
「え?」
どうやら母親に絵心はなかったようである。
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