第448話 おじさん祖母に泣きつかれる


 食べるラー油を開発した翌日のことである。

 おじさんは今日も今日とて学園に行く気はなかった。

 

 行ったとて、という気持ちがあるのも事実だ。

 だが、他にやりたいことがあったのだ。

 

 目的は王蜜水桃である。

 あれをダンジョンの果樹栽培エリアで繁殖させたかったのだ。

 あの絶品をなんとかして味わいたいのである。

 

 ということで。

 おじさんは朝食の後にサロンでまったりしていた。

 

「ふぅ……それにしてもあの新しい調味料はいいわね」


 母親である。

 辛い食べ物はあまり好まないのだが、昨夜に出されたルビーレッドのチャーハンは格別だったようだ。

 

「あれも商会で扱われますか?」


「そうねぇ……それもいいかしら」


 思案する母親である。

 貴族家とは秘伝の料理のひとつやふたつはあるものだ。

 この家でしか食べられない料理。

 

 それが外交の札にもなりうる。

 食べるラー油に関しては、そのレベルだと母親は感じているのであった。


「リー!」


 おじさんと母親がサロンで会話をしているところに、祖母の声が響く。

 

「お祖母様? どうしたのですか?」


 あまりの見幕におじさんも少し驚いてしまう。

 

「リー! 万年筆が作れない!」


 おじさんの肩をがしっと掴む祖母だ。

 

「え……と。どういうことでしょう?」


 おじさんの問いに祖母は答えた。

 トリスメギストスの協力を得て、おじさんは万年筆の製造工程をすべて書類として報告している。

 

 だが、その製造工程に問題があった。

 ラバテクスから錬成魔法にて加工するエボナイトはおじさんがすべて供給する予定である。

 

 それ以外が問題だったのだ。

 製造の工程が複雑かつ、難易度が高かったのである。

 

 正確には製造そのものはできた。

 しかし、おじさんほどの精度は出せなかったのである。


 修練を重ねれば、いずれはできるだろう。

 ただ、それはいつのことになるのか。

 そこで祖母は考えたのである。

 

 万年筆の代理になるような物はないか、と。

 

「そうですわね……」


 祖母の話を聞いて、おじさんは首を捻った。

 

「では、ガラスペンというのはどうでしょうか?」


「ガラスペン?」


「実際に作ってみせた方が早いですわね!」


 おじさんは宝珠次元庫からガラスの板を取りだす。

 少し濁ったガラスである。

 

 王国では一般的に使われているものだ。

 それに幾つかの素材を加えて、錬成魔法をかけてしまう。

 

 一般的にガラスを着色するためには、溶けている状態に金属を混ぜる必要がある。

 科学反応を利用したものだ。

 ちなみに赤いガラスが高いのは、金を使う必要があるためなのだが……おじさんにとっては造作もないことである。

 

「はいやああ!」


 おじさんの錬成魔法が発動した。

 もはや固有魔法ユニークの域にまで達していると言ってもいいだろう。

 

 キラキラと素材が光ったかと思えば、ガラスペンができてしまった。

 ペン先を交換するタイプではなく、軸の部分と一体型になっているタイプだ。

 

 ペン先には細かい溝が彫られていて毛細管現象を利用して、インクを吸い上げる。

 書き心地はよく、見た目にも美しい。

 

 万年筆ほど長持ちはしないが、羽根ペンよりは便利だ。

 書き心地も良い。

 また、見た目でインクの補充時期がわかるのもポイントだろう。

 

 おじさんが作ったガラスペン。

 その見た目は非常に美しいものだった。

 独特の形状に加えて花をデザインしたものや、星空をイメージしたものなどを鮮やかな色味で再現している。

 

「ほう! これまた鮮やかで美しいね!」


 祖母が声をあげた。

 

「きゃあああ! リーちゃん! これとっても素敵だわ!」


 母親は花をイメージしたペンを手にとっている。

 

「こちらのインクをお使いくださいな」


 と、おじさんはインク瓶を取りだす。

 万年筆用に作っておいたものだ。


「こうして先端部分をインクにつけると……」


 ペン先がインクを吸ってジワジワと色を変えていく。

 ブルーブラックという黒みがかった青色のインクがおじさんは好きだ。

 自分で使ったことはないのが悲しいところである。

 

 それを錬成魔法で再現したインクだ。

 

 透明なペン先が黒から蒼へとグラデーションになる。

 その深い色合いがまた美しい。


「ああ……」


 祖母と母親は同時に感嘆の息を漏らした。

 

「とまぁこんな感じですわね。書くときはペンを立てるというよりは斜めにして書くとインクが切れません」


 それもカタログのコラムに書いてあったことだ。

 

「ただ……ガラスでできているので落としたりすると壊れてしまう可能性がありますわ。また、インク瓶の底にペン先を当てたり、縁に当てたりするとペン先が壊れることもありますの」


 さらに、とおじさんは言葉を続ける。

 

「使い終わったあとは水洗いをして水気を拭っておく必要もありますわね」


「ふむ……お手軽に利用できる点で考えれば万年筆に劣る……か。だが見た目の鮮やかさや書き心地などは負けていない」


 祖母が呟くように言う。

 

「お義母様、このガラスペンなら量産はできるでしょう。リーちゃんの作ったものほどではないにしろ、十分な代用品になりますわ」


「……そうだね。万年筆は上位貴族用の高級品として、中位貴族以下にはガラスペンと販売先をわけると……」


 むふふ、と悪い表情になる祖母と母親だ。

 

「リー! 助かったよ! これで万年筆の穴が埋められる!」


 大喜びする祖母にむかってニコリと微笑むおじさんだ。

 

「それはよかったですわ! では後ほど書類にして提出しておきますわね!」


「ああ、頼んだよ、リー」


「そのガラスペンはお持ちくださいな。まだ素材はありますので、もう少々数を足した方がよろしいですか?」


 おじさんの言葉に素直に頷く祖母であった。

 では、とおじさんが錬成魔法を使う。

 

 先ほどとはデザインが違うものが数本できあがる。

 それを手にした祖母はホクホクとした表情で戻っていった。

 

「リーちゃん。まだ素材はあるの?」


「ありますわよ」


「じゃあスランたちの分も作ってくれるかしら?」


 既に自分の分は確保している母親だ。

 

「畏まりました。では少し意匠を変えておきましょう」


 妹とアミラ用に愛らしいデザインのもの、父親と弟用に男性向けのものも作ってしまう。

 ついでに自分用や侍女たちの分まで作ってしまうおじさんだ。

 

 で、作っていておじさんは思いついてしまった。

 

「あ! そうですわ!」


「どうしたのリーちゃん?」


 おじさんは母親の問いに答えず無言で錬成魔法を発動する。

 

 できあがったのはグラスであった。

 ただのグラスではない。

 切り子であった。

 

 グラスの表面にカットが入ったものである。

 これもまた王国には存在しないものだ。

 

 おじさんが作った切り子グラス。

 

 それはもう大変に美しいものである。

 精緻で細やかなカットに大胆なデザイン。

 無論、記憶にある高級グラスを再現したものだ。


「はわあああ!」


 母親の目がハートマークになった。

 

「いいじゃない! とってもいいじゃない!」


「お酒を楽しむときにでもお使いになって……」


 くださいな、と言おうとしたおじさんだ。

 

「とっても気に入りました! リーちゃん! スゴいわ!」


 大絶賛する母親であった。

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