第447話 おじさん辛いものが無性に食べたくなる


 精霊獣を元の場所に戻した翌日のことである。

 いつものルーティンをこなし、朝食を食べたおじさんだ。

 

 本日のメニューはブリオッシュ風の甘いパンとサラダ。

 果物とクリーム、ジャムなどを添えたものである。

 

 飲み物には最近お気に入りの野菜ジュースをチョイスしたおじさんだ。

 美味しくいただいたのだが、どうにもしっくりとこない。

 

 相も変わらずケルシーは満腹になるまで食べている。

 ぐでっとした姿を見つつ、おじさんは感じていた。

 

 胸の奥でムクムクと湧き上がってくるものを。

 それは辛いものを食べたいという欲求である。

 

 前世でも偶にそうしたことがあった。

 そうした話を同僚にしたとき、ストレスでもたまっているんじゃないと言われたことがある。

 

 理由はわからないが、なぜかそんな記憶が蘇ってきた。

 

「辛いもの……ですか」


 アメスベルタ王国は食生活が豊かである。

 おじさんが気まぐれに腕を振るう公爵家は別格だとしても、だ。

 

 全般的にイタリアンのような素材をいかしたものが多い。

 また島国であるだけあって魚介類も豊富である。


 正直なところ、おじさんの舌にあうのだ。

 転生したという記憶が戻ってからも苦労せずにすんだのは僥倖だったと言わざるを得ないだろう。

 

 辛い料理もあるのだが、あまり公爵家では食べられていない。

 父親や母親がさほど好まないというのが大きな理由だろう。

 

 おじさんもふだんならピリ辛くらいでいいのだ。

 だが、今日は無性に辛いものが食べたい。

 

 飢餓感とでも言えばいいだろうか。

 切実に食べたいのである。

 

 では、どうすればいいか。

 当然だがおじさんの答えは一択である。

 

 自作するのだ。

 

 しかし、ここでおじさんは考えた。

 どうせなら辛い料理を作るために調味料を作ればいい、と。

 

 そう汎用性の高い調味料だ。

 食べるラー油である。

 

 一時期とても流行ったことがあった。

 いつの間にかブームも去り、下火になったものだ。

 だが、スーパーでは定番の商品として販売され続けていた。

 

 おじさんは偶に購入しては辛いものを食べたものだ。

 特に食べるラー油を使ったチャーハンには一家言を持つほどである。

 

「お嬢様、そろそろ学園に行きませんと!」


 メイド服がすっかり様になったクロリンダがケルシーに声をかける。

 だが、ケルシーは微動だにしない。

 

「まったく、最近たるんでいるのではないですか? また教育をいたしましょうか!」


 侍女が拳をポキポキと鳴らす。

 

「げええ! お嬢様だけで勘弁してください!」


 あっさりとケルシーを売るクロリンダであった。

 

「そう言えば昨日、コルリンダと名のるエルフの女性にお目にかかりましたのよ」


 おじさんがクロリンダに声をかける。


「え!? お姉ちゃん?」


 クロリンダが目を見開いている。

 その姿を見て、コクリと頷くおじさんだ。


「後日手紙を送るとのことでしたわよ」


「え? あのお姉ちゃんが? 手紙?」


 首を捻るクロリンダであった。


「まぁ楽しみにしているといいですわ」


「そ、そうですね。はい、ありがとうございます」


 おじさんに頭を下げてから、ケルシーの首根っこを掴み、持ち上げようとする。

 

「だあああ! でちゃう、でちゃう!」


 なにがとは言わないケルシーだ。


「ちょ、なにやってんですか!」


 慌ててケルシーを放すクロリンダであった。

 騒がしい主従である。

 

 おじさんは苦笑しながら消化薬をだしてやるのだった。


「じゃあね! リー! いってきます!」


「はい。いってらっしゃい。がんばってくるのですよ」


「わかってるって!」


 意気揚々と学園にでかけるケルシーたちを見送る。

 そして、おじさんは侍女を振り返った。

 

「今日はどうしても食べたいものがあります!」


「では厨房を?」


「はい。ただし今日は甘味ではありませんの」


「承知しました。料理長に確認してまいります」


 足早に駆けていく侍女である。

 おじさんはその背を見守りつつ、胸の底にあるモヤモヤを感じていた。

 

 んーと考える。

 たぶん、あれだ。

 昨日の精霊獣である。

 

 真実の主という言葉から連想されたあの言葉。

 あれがいけなかったのだ。

 

 ふぅと息を吐いて、気分を変えるおじさんである。

 ここはしっかり辛いものを食べよう、と改めて決意したのだ。

 

 おじさんが許可を得て厨房に姿を見せる。

 どうにもやる気に満ちているような目つきだ。

 しっかりと気分を変えたのだろう。

 

「今日は新しい調味料を作りますわ!」


 高らかに宣言するおじさんだ。

 

 そして宝珠次元庫から材料を取り出していく。

 それとは別に厨房に用意してある食材も指定するおじさんだ。

 

 ひとつは唐辛子である。

 アメスベルタ王国でも唐辛子は流通しているのだ。

 特にタルタラッカでごちそうになったピリピリというタバスコに似た調味料が有名だろう。

 

 ただ、王国で一般的に流通している唐辛子は辛みが強い。

 おじさん的には国産唐辛子を思い起こさせるのだ。

 

 ちなみに食べるラー油においては、韓国の粉唐辛子を使うことが多い。

 特徴は辛みの中に甘みがあることだ。


 そこでおじさんは二種類のラー油を作ることにした。

 辛みの強いものと、ピリ辛で旨みの強いものの二種類である。

 

 前者はおじさん用に、後者は家族用にだ。

 

 ここで登場するのが聖樹国で入手した唐辛子である。

 聖樹国ではリッパーと呼ばれていた素材だ。

 主に魔法薬の素材として利用されていたのだが、おじさんはその味に目をつけて仕入れてきたのである。

 

 見た目や大きさはパプリカに近いだろうか。

 ただし色が深い緑なので、ピーマンのようにも見える。

 ササッと魔法できれいにして、かぷりといく。

 

 やっぱり辛みの中に甘みを感じる。

 

 そこにイトパルサで仕入れた小エビを乾燥させたものや、香味野菜などを用意する。

 料理人にはニンニクとタマネギのチップを揚げてもらう。

 

 手順としては、さほど難しくないのだ。

 用意した材料をボウルに用意しておき、香りづけをして熱した油を材料にかける。

 

 これを何度か繰りかえした後、醤油などを使って味を調整するだけだ。

 粗熱がとれたら、フライにしたニンニクやタマネギをまぜる。

 

 おじさんは何度か自作したことがあるのだ。

 そのためスムーズに作業を進め、二種類の食べるラー油が完成した。

 

「お嬢様……これは……」


 真っ赤な食べるラー油と、ほぼ透明な食べるラー油だ。

 前者がピリ辛で後者がおじさん用である。

 

「はい。とっても辛い調味料ですわ。ですが、一度食べたら病みつきになりますわよ!」


 と、おじさんは用意してもらっていた炊いた長粒種に、卵とお肉を準備する。

 

「いきますわ!」


 魔法を使って火力をあげ、一気にチャーハンを作る。

 まずは家族用のものからだ。

 

 鮮烈な香りが厨房を満たす。

 その香りは否が応でも口の中に唾液があふれてくる。

 

「さぁ召し上がれ」


 おじさんが料理人たちに差しだしたのはルビーレッドに輝くチャーハンであった。

 

 辛い。

 が、美味い。

 旨みがしっかりと感じられるのである。

 食べた後になんとも言えず、後をひくのだ。

 

 だから食べる手がとまらない。

 身体から汗が噴きだしてくる。

 それもまた心地いい。

 

 大皿に盛られたチャーハンはあっという間に空になった。

 

「お嬢様、この調味料は素晴らしいですぞ!」

 

 料理長が感嘆の声をあげた。

 

「料理長、これは調味料ですから他にも色々と料理にあわせてみるといいですわね。あなたの腕と発想に期待します」


「承知しました。全霊をかけて使いこなしてみせましょう」


「こちらの透明な方も基本的には同じです」


 と、おじさんは瓶に入ったラー油を指す。


「今からこちらもチャーハンにします」


 先ほどと同様の強い香り。

 が、見た目としては辛そうではない。

 仕上がりだけを見れば、ふつうのチャーハンである。

 

 おじさんが匙を使って一口いく。

 それは思っていたよりも辛かった。

 だが、それは願っていたものだ。

 

 そう。

 こういう辛さがほしかったのである。

 舌が痛くなるような辛さ。

 

 それと同時に身体の奥からじんわりと熱が広がる。

 汗がでる。

 それでもおじさんの手は止まらなかった。

 

「とってもいいですわね!」


 満足したおじさんである。

 その表情はとてもよいものであった。

 

「ですが、チャーハンだけというのは寂しいですわね!」


 おじさんの料理魂に火がついてしまったのだ。

 

 その夜のことである。

 辛みと旨みという新しい味覚に公爵家の全員が感動に震えた。

 従僕や侍女などの使用人たちも同様である

 

 ケルシーはお家芸になった水芸を炸裂させた。

 

 クロリンダは後に語るのだ。

 

「あれはひとつの奇跡といってもいいでしょう。ええ……魔法薬の素材だと思っていたものが、あんなにも化けるだなんて。しかもです! 魔法薬の素材だけあって身体の調子までよくなるのですよ。もはや神! そう神の料理と呼んでも差し支えないでしょう」


 そのクロリンダの言葉に異を唱える者がいた。


「ばっか。あれはチャーハンなんてものに合わせるんじゃねえ。うどんに合わせるのが最強なんだよ!」


 こうしておじさんはまた新しい火種を生みだしてしまったのである。



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リアルの生活が多忙すぎて更新が遅れてしまいました。

毎日更新はなんとか続けたい所存です。

よろしくお願いいたします。

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