第446話 おじさん不在のイトパルサで怪しげな計画を立てる者たち
イトパルサにある路地裏の奥に荒ら家。
ちらちらと揺れる灯火の下、四人は顔を付きあわせるような距離でひとつの卓を囲んでいた。
「ったく。なんなのよ、あの偉そうなのは!」
どん、と小さなテーブルを叩くマディ。
卓の上にのったグラスが派手に揺れる。
「まぁ実際に偉いんですぜ、上級の冒険者ってのは」
「知ってるわよ!」
カリカリきているマディだ。
そんな彼女の様子に肩をすくめてみせるガイーアであった。
緑の古馬は金級の冒険者だ。
有事の際には貴族としても扱われるほどの力がある。
無論、平時においても金級冒険者ともなると、一定の敬意が払われる存在だ。
だが、マディにとってはそんな理由など関係ない。
ただ気に入らないのである。
「お頭ぁ……ここはもう諦めた方がいいんじゃねえですかい?」
「むぅ……」
マディは腕を組んで目を閉じる。
「さすがに金級の冒険者が出張ってきちゃ分が悪すぎる。嫌がらせをするにしても無理があるってもんだ」
ガイーアの言葉に頷くオールテガとマアッシュだ。
「ぐぬぬ……川の水を増量させて商隊を足止めするのは無理か。あわよくば魔物にでも襲われてくれればと考えていたのに……」
親指の爪を噛むマディ。
だが、その目はまだ諦めていない。
要するに取引の期日を遅らせることが目的だったのだ。
それによってプエチ会頭とモッリーノ会頭に恥をかかせる。
なんとも迂遠でコスいやり方だ。
だが、もっと直接的な方法をとることはできなかった。
なぜなら
「商業組合の本気度を読みちげえやしたね。まさか緑の古馬をだしてくるとは」
こそりとガイーアに耳打ちするマアッシュ。
「……マアッシュと契約している精霊獣もあんまり乗り気じゃなかったってことですよ、お頭」
「仕方ない! 今回の嫌がらせ計画は中止にするわ!」
どう考えてもうまくいかない、と判断したのだ。
そのことにホッと胸をなでおろす
「ところでお頭ぁ」
ガイーアが紙巻き煙草に火を点けながら言う。
「そろそろ活動資金を稼がねえと懐がヤバいですぜ」
「活動資金? ふっ……誰に物を言ってるのよ。小銭稼ぎくらいなら任せておきなさいな!」
自信満々といったように胸を張るマディである。
「ほう。なにか策があるんですかい?」
「手っ取り早いのは金貸しね」
マディの言葉に眉をしかめるガイーアだ。
「金貸しって……ありゃあ領主様の許可が必要なんじゃ?」
「ええ、そうよ。だから商業組合や大手の商会でしかやっていない。だからこそ狙い目なのよ」
「どういうことで?」
「いい? お金を借りるってのも大変なのよ。お金を貸す方からすれば返ってこなさそうな相手には貸さないことくらいはわかるわよね?」
マディの説明にコクリと頷く
「だからお金を借りられるのも限られてしまう。逆に言えば、お金を貸してほしくても貸してもらえない人がいるってこと」
「なるほど。そりゃ道理だ」
「なら、私たちはそういった相手にお金を貸すのよ」
「……理屈はわかりやすぜ。ですが、それだと貸した金が返ってこない危険性が高いんじゃねえですかい?」
ガイーアの質問に、にぃと唇の端をつり上げるマディだ。
「問題はそこよ。だからね……私が考えているのは小額のお金しか貸さないってこと。それと金利については高めに設定するってこと」
要するに町金である。
「……なるほどなぁ。で、領主様からの許可はもらえるんですかい?」
「まぁ伝手を使ってお願いはしてみる。だけど、無理ならこっそりやればいいじゃない!」
「……捕まりゃあ死罪ですぜ」
う……と気勢を殺がれるマディだ。
「それと金を貸すための資金はどうするんですかい?」
「まぁある程度の資金なら私の手持ちからだせるけど……客の人数によっては無理かもしれないわね。……あんたたち冒険者として稼いでくる?」
「まぁ……お頭が言うならそうしますがね……」
あまり乗り気ではないのが口調からわかる。
そのことに息を吐くマディだ。
「活動資金獲得のために中長期的には金貸しを目標にするわ! で、短期的には
マディの言葉に
彼らとて何も好き好んで裏の道を行きたいわけではない。
だが、もう馴染んでしまったのだ。
表の道から理不尽に弾き飛ばされ、裏の道を行くしかなかった。
今さら戻ってこいと言われても困るのだ。
だって他に生き方を知らないのだから。
一方で公爵家のタウンハウスに戻ってきたおじさん一行である。
きゅきゅきゅー。
おじさんの足下で愛らしい鳴き声をあげる精霊獣だ。
その精霊獣を抱きあげて、目線を合わせるおじさん。
「もう。どうして付いてきたのですか?」
咎めるような口調ではない。
そんなおじさんに対して、精霊獣がきゅきゅきゅーと声をあげた。
『主のことを気に入ったそうだぞ。なんでも真実の主を見つけたと言っておる』
その言葉に思わず顔をしかめてしまうおじさんだ。
真実の愛……元配偶者の口癖だった。
それがおじさんの暗い記憶を刺激してしまう。
「そういうのはいけませんわ。本当に……」
物憂げな表情になるおじさんだ。
おじさんくらいの超絶美少女になると、それがいかにも儚げで美しい。
その表情にゾクゾクと背すじを震わせる侍女であった。
「それに転移の最中に入ってくるのは危険ですのよ」
そうなのだ。
おじさんの場合、魔力量の都合からある程度の範囲なら問題ない。
しかし、その範囲内から身体がでていればどうなるのか。
実際に試したことはないが、範囲内に入っている部分だけが転移され、そうでない部分は残ることになる。
要するにちょんぱされてしまう可能性が高いのだ。
だが、理解できないのだろう。
精霊獣が首を捻りながら鳴き声をあげた。
『精霊獣なら大丈夫と言っておる。よほど気に入られたようだな、主よ』
きゅきゅきゅーと精霊獣が鳴く。
『ああ、なるほど。水の大精霊との関係が深いというのも、そやつにとっては魅力的だということか』
「そう言われてもダメなものはダメですわ!」
そうなのだ。
前世のおじさんは傷つけられてきた側である。
だから、ならぬものはならぬのだ。
「さぁ送ってあげるので帰りなさい」
さすがの精霊獣もただならぬ雰囲気を感じたのだろう。
素直におじさんの言葉に従うのであった。
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