第445話 おじさん精霊獣を寝取ってしまうのかい?
侍女の投石によって、対岸に姿を見せたエルフの女性。
戦う気はないと言わんばかりに、両手をあげている。
川べりに近づき、足をとめた。
「私はコルリンダ。緑の古馬に属する冒険者よ。商業組合の依頼でこの辺りを調査しているの!」
と、背中に負っていた弓を地面に置く。
「こちらに争う意思はないわ」
「今、緑の古馬と仰いましたか」
侍女がエルフの女性に問う。
「ええ、そうよ。今からそちらに渡って冒険者の
侍女が頷くを待ってから、エルフの女性は跳躍した。
ビーバーダムを渡って、おじさんから少し離れた場所に立つ。
おじさんは相変わらず精霊獣の相手をしていた。
侍女に任せていれば安心・安全なのだ。
「緑の古馬……イトパルサのベテラン冒険者として有名ですわね。ただエルフの女性が加入しているとは知りませんでしたが……」
侍女がおじさんに説明するように呟く。
「改めてご挨拶を。私は緑の古馬のコルリンダと申します。こちらのタグでご確認を」
差しだされたのは冒険者に発行されるタグだ。
首からかけるもので、見た目としては軍人の個人識別票と似ている。
所属するパーティーと個人名が彫られており、本人が魔力をとおすとタグ全体が青く光るという優れものだ。
もちろん侍女が受けとったタグも青く光っていた。
「確認しました。こちらは……」
と、侍女がおじさんに目をむけた。
おじさんが首肯する。
「カラセベド公爵家の者です」
侍女の言葉にコルリンダの表情が少しだけ引き攣る。
思わぬ、大物の登場だったからだ。
その証となる公爵家の紋章が彫られたメダルを見せる侍女である。
「……」
無言で侍女とおじさんを見つめるコルリンダだ。
「どうかしましたか?」
超絶美少女であるおじさんが顔をあげた。
その耳にある飾りを見て、コルリンダは瞬時に膝をつく。
「……御子様とはつゆ知らず、失礼いたしました。私はダルカインス氏族に属するエルフでございます」
風の大精霊であるヴァーユからもらった耳飾り。
その効果は抜群だ。
ケルシーは気付かなかったが。
「ダルカインス氏族ですか。彼らにはお世話になっています」
「私は随分と前に村をでましたので……ご挨拶が遅れ申し訳ありません」
と、コルリンダが頭を下げた瞬間であった。
森の中から、ぎゃあああという声が響いてくる。
その直後にバベルが姿を見せた。
気絶しているであろう男を担いで。
「……っ!? ペゾルド! これは失礼いたしました!」
膝をついたまま深々と頭を下げるコルリンダだ。
「主殿。のぞき見をしておった不埒者でおじゃる。なに、殺してはおらぬ故、安心するがいい」
前半はおじさんにむけて、後半はコルリンダにむけた言葉であった。
ドサリと音を立てて、コルリンダの隣に置かれる冒険者。
「この者もまた緑の古馬の一員でございます」
おじさんが精霊獣を抱きかかえて立ち上がった。
きゅきゅきゅーと鳴く精霊獣だ。
『主よ、そやつ魔力がほしいらしいぞ』
「かまいませんが、主人のいる子に魔力をあげてもいいのですか?」
『まぁ契約が上書きされることはないだろうが……』
再びきゅきゅきゅーと精霊獣がアピールする。
『なに!? 主を乗り換えたいだと!』
寝取りである。
おじさん、誰かも知らない主から精霊獣を寝取ろうとしているのだ。
「……それはさすがに気の毒ですわ。なので魔力はお預けです」
おじさんの言葉に、がくりと首を落とす精霊獣だ。
悲しげなきゅきゅきゅーという鳴き声が響いた。
「さて、コルリンダと言いましたか」
おじさんが膝をつくエルフに声をかける。
「あなた方の事情は知っています。商業組合の方からお手紙をいただきましたからね。その調査にきていたのでしょう?」
おじさんの問いに、ハッと部下のように返事をするコルリンダであった。
「この精霊獣が作ったダムがズゲシナル川の水量に変化をもたらしたのでしょう。問題は誰がなんの目的で精霊獣にダムを造らせたのか、です」
「その点についてはイトパルサに戻り次第、商業組合の方々と相談してみます」
「では、そのように。わたくしたちもお手紙をもらってこちらの調査にまいりましたの。そうそう。付近にいた千年大蛇については、うちのバベルが討伐していますのでご安心を」
「は!? ハッ。承知しました。では、その件も含めて報告させていただきます」
おじさんはコルリンダにニッコリと微笑む。
「そうそう。クロリンダという女性はご存じですか?」
名前の響きが似ている。
それだけでおじさんは聞いてみたのだ。
「……私の妹のひとりです」
「なるほど。今、彼女は当家で預かっています。氏族長の娘であるケルシーも一緒ですわ。何かしら言づてがあるのなら伺いますが」
「いえ……」
一瞬だがためらいをみせるコルリンダだ。
「後日、手紙を出させていただいても構いませんでしょうか?」
「もちろんですわ。家族からの手紙とあれば、クロリンダも喜ぶでしょう」
「では、そうさせていただきます」
帰りましょうか。
と、おじさんが侍女たちに声をかける。
同時に精霊獣を地面に下ろす。
「こちらを」
侍女が回復薬を一本取り出して渡す。
地面で寝ている男に使えということである。
礼をして、受けとるコルリンダだ。
「機会があればまた会いましょう」
それはコルリンダにかけた言葉か、精霊獣に対するものか。
おじさんが逆召喚による転移を発動させようとした瞬間であった。
きゅきゅきゅーと精霊獣がおじさんの足に飛びつく。
そのまま転移をしてしまうおじさんたちであった。
ほう、と大きく息を吐くコルリンダ。
一瞬だけ目を閉じて、気持ちを切り替える。
「……ペゾルド! ペゾルド!」
仲間の男の頬を三発ほど張った。
そこで男が目を覚ます。
「お、おお!? コルリンダ?」
「怪我は?」
聞かれてすぐに、自分の状態を確認するペゾルド。
さすがにベテランだといったところだろう。
「今のところ痛むところはない……なにがあった?」
そんなペゾルドに回復薬を渡すコルリンダだ。
「雇い主の雇い主がいたのよ」
「ってことは公爵家の?」
コルリンダが真面目な顔で首肯する。
「あの御方は絶対に敵に回しちゃいけない。っていうか私はその時点で緑の古馬を抜けるから」
「いや、公爵家の令嬢なのだろう? そりゃ敵にしたらダメなことくらいは……」
わかってないな、こいつという表情になるコルリンダだ。
「……詳しいことは後で説明するわ。まずはイトパルサに戻るわよ」
「お、おう……」
「それとその回復薬、ありがたくいただいておきなさい」
きゅぽんと音を鳴らして蓋を開ける。
そこからは芳しい香りがしていた。
口をつけ、目を見開くペゾルドである。
「うっまあああああい! なんだこれ! 本当に回復薬か!」
ペゾルドの様子を見ながら、苦笑を漏らすコルリンダであった。
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