第444話 おじさん精霊獣と出会う


 その日、おじさんは学園にある大図書館にいた。

 おじさんの実家にも色々と書籍はある。

 蔵書の数もなかなかのものだ。

 

 が、規模の大きさとしては学園の大図書館に負けてしまう。

 空飛ぶ船を作りたい、と考えてはみたもののだ。

 なかなかそのとっかかりがない。

 

 例えば船そのものは作ることができる。

 だが、本当に水上を走る船でいいのだろうか。

 特におじさんが気になるのは耐久力である。

 

 この世界、おじさんが知る限りにおいては木造船が主流だ。

 金属で作られた船は見たことがない。

 資料をあたってみても、そうした記述がなかったのだ。

 

 耐久性が気になるのなら、常時結界を展開すればいい。

 そうすれば負荷はかからないだろう。

 

 魔法のある世界なのだから、それはできる。

 しかし常時結界を展開するための魔力はどうするのか。


 おじさんが搭乗するのならいい。

 だが、問題はおじさん以外の人間でも安定して運用できるか否なのだ。

 

 で、実家の蔵書だけでは答えを見つけられなかったおじさんは学園の大図書館に足を運んだわけである。

 使い魔であるトリスメギストスとともに。

 

 そもそも空を飛ぶ船という発想がこの世界ではなかった。

 なぜなら空にも魔物はいるのだから。

 

 船をうかべるための魔法というものも存在しない。

 

 おじさん的には反重力やら何やらといった怪しい知識があるのだが、魔法でできるものなのだろうか。

 

「んーなかなか難しいですわねぇ」


 と読んでいた本を机の上に置くおじさんだ。

 

『主よ、どうしても船を空に飛ばす必要があるのか?』


 もっともな質問であった。

 既に空なら飛べるのだ。

 ならば開発する必要もないだろうというのが、トリスメギストスの意見である。

 

「ロマンですわ! それ以外にありません!」


 力強く断言するおじさんであった。

 

『……』


 無言になるトリスメギストス。

 そこでおじさんは畳みかける。

 

「前例がないというのがなんなのですか! 新しい歴史を作るのは、いつだって今を生きている人間の役割なのですわ!」


『む……まぁ確かにそれは主の言うとおりであるな』


「でしょう。だからトリちゃん! 恐れずに進むのです! 正義は我にありですわ!」


 グッと拳を握って力説するおじさんだ。


 そこへ侍女が近づいてきた。

 

「お嬢様、先ほど使いの者が参りまして、こちらが届いたとのことです」


 スッと差しだされたのは手紙である。

 イトパルサの商業組合が差出人だ。

 

「そろそろ報せがくる頃かと思っていましたが……」


 と、おじさんは鋭い手刀で手紙を開封した。

 中に目をとおして、ふぅと息を吐く。

 

「商業組合の方も概ね順調のようですわね。ただ気になる点がある、と」


 侍女に手紙を渡すおじさんである。

 

「ズゲシナル川の水位が……」


 ぼそりと呟く侍女だ。


「なにか知っていますか?」


「いえ、私は王都周辺を中心に活動していましたから。王蜜水桃の件は偶然です」


「……なるほど。トリちゃんはなにか情報がありますか?」


『いや、特にはないな。ズゲシナル川と言えば、リ・エーダの支流であると……』


「自然現象なら問題ないのですが……時期的に気になりますわね。……見に行ってみますか」


 そうと決まれば、話は早い。

 おじさんはできる使い魔のバベルを喚ぶ。

 トリスメギストスが場所の説明をする。

 

「承知したでおじゃる。では、いつもの手はずで」


 と姿を消してしまうバベルだ。

 

「なにもなければいいのですが……」


 暫くして学園の大図書館から転移するおじさんたちであった。

 

 件の場所に転移したおじさんが目にしたのは、バベルの足下で息絶えている二匹の大蛇である。

 

「千年大蛇ですか!」


 大蛇を見た侍女が声をあげた。

 

「侍女殿はご存じか。そのような大層の名前を持つ魔物でおじゃったのか」


「ええ。なかなか厄介な魔物ですわね。色々と素材がとれることで有名ですわ。また、お肉が美味しいことでも知られています」


「ほう。ならば主殿にはよい手土産になったかな?」


「そうですわね。ありがたくいただきます、バベル」


 ニッコリと微笑むおじさんだ。

 ただ大きくて邪魔なので、すぐに宝珠次元庫に収納してしまう。

 

「バベル殿、千年大蛇はどこにいたのですか?」


 侍女がバベルに問う。

 

「うむ。イトパルサから出立して筆頭殿の言葉どおりに進んでおるとな、そこの森におったのだ」


「ならば……魔物の巣でもできていたのでしょう」


「で、あるか」


 侍女と使い魔の会話よりも、ズゲシナル川の様子が気になるおじさんであった。

 見れば、川の中程には灌木などが積み上がってダムのようになっている。

 

 明らかにダムの手前と奥で水位がちがう。

 これが原因だと一見してわかるほどだ。

 

「ん? あれは……ビーバーダムですか」


 海狸ビーバー

 北米やユーラシア大陸にすむ中型の動物である。

 もちろん、おじさんの前世の記憶だ。

 

 天然のダムのようなものを作るのだが、その規模がかなり大きい。

 代を重ねてビーバーダムが大きくなるということはある。

 が、この規模となるとと考えるおじさんだ。

 

「お嬢様、ご存じなのですか?」


 侍女がおじさんに問う。


「ええ……あれはビーバーという生き物が作るダムなのですが……」


 おじさんが解説しようとしたときである。

 

『主よ、あれは精霊獣であるな』


 川から顔をだした動物がいたのだ。

 それは使い魔によると、精霊獣であるそうな。


「きゅきゅきゅー」


 愛らしい鳴き声をあげて、ビーバーがおじさんに近づく。

 そのまま川を上がり、おじさんの足下でお腹を見せた。

 

 濃茶色の体毛をしたネズミ。

 そんな印象が強い。

 

 だが円らな瞳で、愛らしい声をあげるのだ。

 おじさんはその魅力に、一瞬でメロメロになってしまう。

 

 膝を折り、見せた腹をなでる。

 

「むふふ。意外といいモフモフですわね」


 わしゃわしゃとおじさんがモフる。

 それにあわせて、きゅきゅきゅーと鳴く精霊獣だ。

 

「良い子ですわね。どこからきましたの?」


 きゅきゅきゅーと答える精霊獣である。

 

『むぅ……そうなのか』


「どうかしましたの、トリちゃん」


『うむ。この精霊獣は主持ちなのだそうだ。で、主に頼まれてこの場所にきたと言っている』


「なるほど。この子の主人は何の目的があるのでしょうか?」


 再びきゅきゅきゅーと鳴く精霊獣。

 

『それは聞いていないそうだ』

 

 んーと考えこむおじさんだ。

 

 ビーバーダムはメリットも大きい。

 天然のダムによって水量の調整ができるからだ。

 

 反面で天敵のいない地域では、ビーバーが増えすぎてしまうという問題もある。

 それによって周囲の環境が破壊されることもあるのだ。

 

 だが、ここに居るのは精霊獣だ。

 おじさんの前世のようなデメリットはないのかもしれない。


 尻尾をパタパタとさせて撫でることを催促する精霊獣。

 その要求に応えながら、おじさんは沈思黙考するのであった。


 微笑ましい様子を見守る侍女は足下の石をひとつ拾う。

 少しだけ手で遊んでから、侍女がいきなり森へと石を投げつける。

 

 ばがんと音が鳴って木が倒れた。


「でてきなさい。次は当てますよ」


 侍女の言葉に従って姿を見せたのは、エルフの女性であった。

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