第443話 おじさん不在のイトパルサにて暗躍する暗黒三兄弟とマディ
ズゲシナル川付近には大きな森がある。
この森の中を
「はぁはぁ……ちょっと……もう無理」
と、足をとめてへたりこんでしまうマディである。
体力的にはかなり厳しい状況だ。
マディは学園を卒業した後、商業組合で働いてきた。
しかし外回りを担当した期間は短い。
概ね組合内で事務仕事を中心として働いてきたのだ。
つまり体力的には一般人と同じと考えていいだろう。
一方で
三人とも多少は息を弾ませているものの、まだ余裕があった。
「どうだ? マアッシュ?」
マアッシュはやっぱりガイーアに、こそこそと耳打ちをした。
「そうか……なら問題ないか。お頭、ちょいと休みましょう」
ガイーアの言葉に、ホッとした表情になるマディだ。
そのまま俯いて、息を整えている。
「オールテガ、警戒を頼む」
半裸に布袋をかぶり、大きな斧をもった次男のオールテガがこくりと頷いた。
「……はぁはぁ。あんたらが逃げ出すって……よっぽど厄介な魔物なのね」
マディは興味本位からガイーアに声をかける。
「千年大蛇って聞いたこたぁねえですかね?」
「は? 千年大蛇って言えば……高値で売れるじゃない!」
目がお金のマークになるマディ。
そんなマディを見て、ガイーアは肩を落とした。
「まぁ商人的にはそれで正解でしょうが、お頭ぁ敵としてみた千年大蛇は厄介なんですぜ」
個体差はあるが平均して二十メートル超の大きさ。
天然で持っている魔法への耐性。
物理攻撃に対する耐久性。
そして厄介なのが毒のブレス。
そういったことをわかりやすく説明するガイーアだ。
「結論を言えば、オレたちじゃあ勝てねぇって話でさぁ」
「え? そんなになの?」
マディの認識の甘さに無言で頷く
「でも、なんで千年大蛇が急にでてきたのよ?」
純粋に疑問に思ったマディである。
「前に動いていたときにはいなかったんでしょう?」
「恐らく……コボルトの集落を狙ってきたんでしょうよ」
ガイーアの説明にパチパチと拍手をする者がいた。
「誰だ!」
ガイーアたちが素早く警戒態勢をとる。
「……ふふ。あんたらここいらじゃ見かけない顔よね?」
木の幹の陰から姿を見せたのは女性だった。
軽装ではあるが、しっかりとした装備を身につけている。
背にある大ぶりの弓が印象的だ。
ただ外套のフードを被っているため顔は見えない。
「私は緑の古馬の一員、コルリンダ」
フードを取りながら言う女性である。
その耳はエルフの特有の笹穂型だ。
「緑の古馬……確かに見かけたことがあるわね」
マディが彼女の顔を見て頷く。
「そちらは
元の部分を強調するコルリンダであった。
その口調はやや挑発的である。
怒りを逃がすように、マディは大きく息を吐いた。
「ええ。そうよ。
「そっちの三人は?」
彼女の目的はこの三人なのだろう。
「この三人は私の部下よ! なにか文句でも?」
「さて、文句もなにも。私はいや、私たちは
「ほおん」
「で、怪しい四人組を見つけたので後をつけさせてもらった」
そのことに舌打ちするマディだ。
一方で
「できれば正直に答えてほしいんだけどね、キミたちはここで何をしているんだい?」
ド直球の質問である。
「私たちは情報収集にきているだけよ」
「誰に頼まれて?」
「誰にも頼まれていないわよ! なんたって
じっとマディを見つめるコルリンダ。
その視線による圧力は尋常のものではなかった。
少なくともマディにはそう感じられる。
だが、マディとて組合の重鎮たちとやりあってきたのだ。
腹に力をこめて、コルリンダを睨み返す。
「なんの情報を集めているのかな?」
「決まっているでしょ! 商売のタネよ!」
「……なるほどね。まぁいいでしょう。そっちの三人、あんたたちは冒険者じゃないのよね?」
コルリンダの視線が
「ああ……オレたちぁ冒険者じゃねえ」
答えたのはガイーアだ。
「見たところ銅級の上位から銀級の下位くらいの実力はありそうね」
冒険者組合での階級である。
彼女が先ほど告げた階級は一般的な冒険者よりも少し上のレベルに相当するものだ。
それなりに
「そりゃどうも」
と言いつつも、ガイーアは気を緩めたりしない。
「……ま。いいわ、あんたたちなら理解しているわよね? 今、この森が危険なことくらい」
「ああ……オレたちじゃ千年大蛇には勝てない」
その解答に満足そうに頷くコルリンダであった。
「なら、私の言いたいことはわかるわね?」
「あんたなら勝てるのかい?」
質問に質問で返すガイーアだ。
そんなガイーアにコルリンダは微笑みを見せる。
「私一人じゃ無理ね。だけど仲間がいれば勝てるわ」
その瞬間だった。
ぞくり、とした怖気を感じる
「ふふ……ようやく気付いたわね」
「ああ……わかった。あんたの言うとおりにするよ」
お手上げだと言わんばかりに、両手をあげるガイーアだった。
「ちょ! なに言って……」
抗議の声をあげるマディ。
だが、その口をオールテガが塞いだのだ。
「しばらくは近づかないことをおすすめするわ。商売のタネは他で見つけなさいな、
きぃぃいいとなったマディ。
その首筋に手刀を撃ちこんで気絶させるガイーアだ。
そんなガイーアに一枚のメダルを放るコルリンダ。
「これは?」
「イトパルサの冒険者組合でそれを見せなさい。私たちからの紹介だと言ってね」
「……なぜ?」
「優秀な冒険者はいくらいてもいいから。それにあんたたち、
特殊な天与持ちであるという指摘だ。
そのことを聞いた
「べつに詮索する気はないわ。ただ、あんたたちが思っているよりも冒険者組合ってところは寛容だと言いたいだけ。私だってエルフでしょ?」
コルリンダの言葉に無言をもって返す三人だ。
「日陰の道を歩むのもあんたたちの人生。それに口出しはしない。だけど、考えるだけ考えてみなさいな」
「……」
「ま。そこのお嬢ちゃんの顔を見てれば、あんたたちが悪いヤツらじゃないってことくらいはわかるわ。じゃあ、ここは引き返しておきなさい」
と、コルリンダが無警戒に背中を見せた。
だが、
強烈なプレッシャーがかけられていたからだ。
コルリンダの姿が見えなくなるのと同時に、そのプレッシャーからも解放された。
「……ふぅ。どうしたもんかねぇ」
ガイーアは兄弟たちを見る。
血のつながりはない。
が、死ぬときは一緒にと誓った仲間だ。
それにオールテガの腕の中で気絶しているマディ。
「とりあえず引き返すか」
ぼそりと呟いたガイーアの言葉に頷く二人だ。
「オールテガ、お頭のこたぁ頼んだ」
巨躯のオールテガが肩にマディを担ぐ。
「マアッシュ、いつもどおりで帰るぞ」
その初めての仕事は成功するのか、失敗するのか。
ただその先行きは暗いものだと、ガイーアは感じていた。
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