第405話 おじさん空気を読みそうで読まない


 公爵家の地下にある実験室に戻ってきたおじさんである。

 トリスメギストスはすっかり元に戻ったようだ。

 

『ところで主よ、いったい何を作ろうというのだ』


「いえ、特に目的はないのです。ただイトパルサと聖樹国で色々と仕入れてきましたから」


 と、おじさんは宝珠次元庫から次から次へと素材を取り出していく。

 イトパルサは周辺地域からの物資を集積する役割も担っている。

 そのため意外とたくさんの物を仕入れることができた。

 

「んー聖樹国は薬草や茸が多いですね」


 取り出しながら、おじさんも感想を述べる。

 見たことがない茸や薬草がたくさんだ。


『お! 主、この茸はいいぞ』


 トリスメギストスがある茸を空中へとうかせる。

 それは傘の部分が赤く、白い水玉模様になっているものだ。

 どこぞの配管工が食べれば身体が巨大化しそうである。

 

『パンセリーナと言ってな、良い素材になるのだ!』


「明らかに毒茸のような見た目ですけど?」


『うむ。よく似た茸にアマーニタというものがある。見た目がほぼ同じでな、この根の部分に違いがでるのだ。こちらを食べれば死ぬ』


 死ぬって……と思うおじさんだ。


『しかしエルフの眼も見事なものだな。我の鑑識眼でもすべてがパンセリーナとでておる。慣れた者でも三本に一本は間違うというのに』


「あら? これはなんの実でしょう?」


『おお! それは聖樹の実ではないか!』


 おじさんが手にしていたのは、ソフトボールくらいの大きさの実だ。

 一見すると、小ぶりのメロンのよう。


「聖樹の実? 聖樹は実をつけますの?」


『ああ! 数十年に一度、実を結ぶそうだ。伝説クラスの素材だぞ!』


 トリスメギストスが興奮している。

 それほどの素材なのだろう。


『これはエルフも奮発したものだな! なにをやった?』


 トリスメギストスも若干だが興奮しているようだ。


「べつにいつもどおりですわ!」


「お嬢様は妖精の里を救いましたわ。結果、再びラバテクスが採取できるようにもなりましたね」


 侍女が口を挟む。

 おじさんは自分の手柄を誇らない。

 そこがいいところでもあるが、この場では誇るべきだと侍女は考えたのだ。

 

『うむ。いつもどおりであるな』


 その言葉に深く頷く侍女であった。

 

「では聖樹の実以外で作ってみましょうか! トリちゃん、いいですね!」


『心得た! ふははは! 楽しいことになりそうだな!』


 この時点で侍女は若干だが頬を引き攣らせていた。

 混ぜるな危険が発生しそうだったからである。

 

「いっきますわー!」


 実に楽しそうな声で言うおじさんであった。

 


 それから数時間が経過する。

 既にもはや足の踏み場もないほどに錬成された物・物・物である。


 怪しげな薬から装飾品に魔道具。

 武器や防具まである。

 

「お、お嬢様。そろそろにお開きにしませんか?」


 さすがにこれ以上は看過できないとみたのだろう。

 侍女が夢中になっているおじさんに声をかける。

 

「むぅ……確かにそうですわね」


 実験室を埋めつくさんばかりの成果に頷くおじさんだ。

 

「……とりあえず片づけますか」


 宝珠次元庫へと仕舞っていくおじさんだ。

 

「そう言えば、トリちゃん。以前お願いしていた飛行魔法の術式は完成していますか?」


『うむ。問題ない』


 トリスメギストスの宝珠が光って、数枚の紙がでてくる。

 それをざっと見て頷くおじさんだ。


「では、これはお母様にお渡ししておきましょう」


『うむ。だが、かなり高度な魔法であるからな。その点には留意しておく方がいい』


「承知しました。では、そろそろ戻りましょうか?」


 おじさんたち一行は実験部屋を後にしてサロンへと戻る。

 そこには妙にツヤツヤとした肌の母親と、げっそりした顔の父親であった。


「お、お父様?」


 おじさん、思わず駆けよってしまう。


「や、やあ。リーちゃん、どうかしたかい?」


「どうかしたもなにもないでしょうに」


 おじさんの言葉に、ふふと笑みを漏らす父親だ。


「父親、いや夫として務めを果たしたんだよ」


 隣に座る母親が父親の肩をばしんと叩く。


「なに言ってるのよ、娘の前で!」


「いや、ははは」


 乾いた笑い声を漏らす父親であった。

 その様子を見て、さすがのおじさんも理解したのだ。

 

「とりあえずこちらをどうぞ」


 先ほどトリスメギストスと作った回復薬であった。

 怪しげな茸であるパンセリーナをメインにしたものである。

 

「これは……」


 渡された小瓶を見る父親だ。

 そこにはオレンジ色の液体が入っている。

 

「聖樹国で仕入れた茸を使った特製の回復薬です。以前、国王陛下にお渡しした物と比べれば回復効果は十倍以上ですわ。しっかりと味にもこだわった逸品ですわよ」


 にこり、と微笑むおじさんだ。

 一方の父親は頬をヒクヒクとさせていた。

 

 できればその情報は聞きたくなかったのだ。

 いや聞かされるのなら、母親のいない場所の方がよかった。

 だって、隣からものすごい圧を感じるのだから。

 

「さぁ、ぐぃっといってくださいな」


 おじさんが煽る。

 いや、煽らないでと父親は思う。


 しかしだ。

 目の前にいる娘は善意の塊なのである。

 決して陥れようとしているわけではない。

 

 そんな娘が心配そうに自分を見ているのだ。

 ここは飲まなければ男が廃る。

 いや、父親としてダメだと思うのだ。

 

「あ、ありがとうリーちゃん。いただくよ」


 瓶の蓋を抜く。

 きゅぽん、と音がなって芳醇な香りが辺りに漂う。

 どちらかと言えば、甘酸っぱく爽やかな香りだ。

 

 覚悟を決めた父親が蓋に口をつけて、一本飲み干してしまう。

 その瞬間に小さくガッツポーズをとる母親である。

 

『あ……』


 トリスメギストスの言葉は小さすぎて、誰にも届かなかった。

 

「うわ、美味しいね、これ」


 そうなのだ。

 おじさんのこだわりは一流なのであった。

 

「……あ、あれ?」

 

 父親は自分の身体を見た。

 なにか身体の奥底から湧き上がってくるようなにか。

 

「……おお? おお?」


 顔に生気が戻ってくる。

 いや、それどころではない。

 ばくんばくんと心臓がビートを刻む。

 

「……スラン? 大丈夫?」


 ちょっと心配そうな表情の母親である。

 父親がその手をとった。


「……ヴェロニカ。……どうにかなってしまうかもしれない」


「は? ちょっと、こんなところで何を言ってるのよ」


 と、口では言いながらも満更でもなさそうな母親である。

 

「……ヴェロニカ!」


 父親が母親の顔を見つめる。

 母親もまた同様だ。

 

「スラン!」


 その瞬間であった。

 ぶわっと盛大に鼻血をだす父親である。

 

「きゃああああ! スラン!?」


 ビチャビチャと音を立てるほどの勢いの鼻血だ。

 

「うーん」


 と、声をだしながらパタリと母親の方に倒れる父親だ。

 

「ちょっとリーちゃん!」


「トリちゃん!」


 母親と同時に声を発するおじさんだ。

 

『うむ。我は瓶半分までといったはずだが……』


「はにゃ! 忘れてましたわ!」


 おじさんが目を丸くする。

 

『まぁ問題はなかろう。少しすれば目を覚ますはずだ。とんでもなく元気になってな。御母堂殿よ、側について……』


 トリスメギストスの言葉の途中で母親は動いていた。

 父親を肩に担ぐようにしてサロンを出て行く。

 

「おほほほ。リーちゃん、後は任せました!」


「……承知しました?」


 おじさんが頭を下げる。

 その間に母親はサロンから出て行く。

 

「ううん。これは弟か妹かができるのでしょうか?」


「お嬢様。はっきりと言い過ぎでございます」


 侍女に突っこまれるおじさんであった。

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