第406話 おじさん無自覚に父親を振り回してみた


 両親がサロンから姿を消した。

 その日の夜のことである。

 妹を筆頭にお子様組はおじさんの部屋に集結していた。

 

「ねーさま。おばけいる」


 妹が言うのは、おじさんが見せた幻影ではない。

 公爵家のどこかから聞こえてくる声のことだ。

 それは苦悶に充ちたような重々しい声であった。

 

「大丈夫ですわ。さ、入りなさい」


 おじさんは妹を落ちつかせるように抱きしめる。

 その後ろにアミラと弟も続いた。

 四人で川の字になって寝る。

 

 この日のおじさんはおふざけをしなかった。

 そして翌日のことである。

 

 お子様組と食事をしたあと、サロンに移動するおじさんたちだ。

 サロンではどこか虚ろな目をした父親がいた。

 うん、まぁそういうことか、とおじさんは思う。

 

 お子様組を引き連れてサロンの中に入る。

 おじさんを見た母親はすぐさまに駆け寄った。

 

「リーちゃん! 昨日の回復薬はどのくらい在庫があるのかしら?」


 母親の言葉にビクンと身体を揺らす父親である。

 つい、おじさんの方を哀願するような目で見てしまう。

 ないと言ってくれ、そう思いをこめて。

 

 だが、おじさんは父親の視線に気づいていなかった。

 なのでつい本当のことを答えてしまう。

 

「あと十本くらいはあったかと思いますが……」


 十本! 十本だと!

 いけない、それはいけない、と父親は目を見開いた。

 絶望の色が父親の瞳に宿る。

 

「買った! ぜんぶ言い値で買うわ!」


 そんな父親とは対照的に目をキラキラとさせる母親であった。


「べつにお金は必要ありませんが……でも、お母様」


 と、おじさんは母親を見て言う。

 

「あのお薬は身体にかかる負担も大きいのですわ。なので連続で使用しない方がいいのです」


 いいぞ、もっとやれ! 父親はおじさんを応援する。

 そうなのだ。

 あのお薬の効能は半端ではなかった。

 身を以て知ったのだから。

 

「うん。大丈夫。そういうときは私が治すから!」


 くわ、と目を見開く父親であった。

 だって、その対象は自分なのだから。

 

「そういうことでしたら」

 

 ちがう、ちがうんだ。

 そうじゃない、そうじゃないんだよ。

 がんばって、リーちゃん、がんばってと願う父親である。

 

「お母様にお譲りしますわね」


 かくん、と首を落とす父親であった。

 勇者は大魔王とその娘の前で散ったのである。

 

「それはそうとお父様とお母様にご報告があるのです」


 おじさんは話を変えた。

 

「ああ、昨日も言っていたね。でもその前に確認したいことがあるんだけどいいかな?」


 父親がおじさんに確認を取るように話す。

 

「なんでしょう?」


「あの別棟はリーちゃんが?」


 父親はサロンから見える裏庭の別棟を指さしていた。


「そうですわ。お母様にも許可をいただいて作りました」


「ええと露天風呂があったところだよね?」


「その辺はすべてまとめておきました。遊戯施設が利用できるようになっていますのよ」


 父親は邸を増築申請をだしていた。

 その申請はまだ通っていないはずだ。

 

 できればしたくはないが、裏から手を回すかと思案する。

 そんな父親の思いを知らず、おじさんは言った。

 

「お父様、お母様、わたくしダンジョンを作ってきましたわ!」


「うん、うん?」


 父親の表情が変わった。

 だが、母親は平常運転である。


「あら? そうなの? どんなダンジョンなのかしら?」


 むしろ興味津々といった感じである。

 

「口で説明するよりも後で実際に行ってみましょうか」


 もはや乾いた笑いしかでない。

 ダンジョンを作ってきた、その言葉の意味がわかっているのだろうか。

 父親は娘がニコニコとする姿を見て思う。

 

 今日もまた会議だな、と。

 そんな父親の表情を読んだのだろう。

 

 おじさんは言う。

 

「エーリカ……聖女に神託があったのです。なので、その辺の問題はありませんわ!」


 表情を読むのなら、さっきのお薬のときにしてほしかった父親である。


「聖女と言うと、コントレラス家の養女だったかな」


 おじさんは首肯した。

 

「後で確認をとっておくよ。さて、今日もやることが山積みだな」


「そんなお父様に朗報ですわ!」


 と、おじさんは万年筆を取りだす。

 それはエボナイトのペン先を使った高級仕様のものだ。

 

 王国における一般的な筆記具と言えば、羽根ペンなのである。

 羽根の先にインクを吸わせて使うアレだ。

 

 すぐにインクが切れるので使い勝手があまりよくない。

 そこでおじさんは作ってみたのである。

 

 漆器、というか蒔絵の技術を使ったものだ。

 イトパルサで仕入れた素材もふんだんに使われたものである。

 黒をベースにして雄々しい黄金の獅子が描かれている逸品だ。

 

「……これは?」


 手に取りながら問う父親である。

 

「新しい筆記具を考えてみましたのよ。先をクルッと回すしてみてくださいな」


 おじさんの指示に従う父親だ。

 キャップを外すと、ペン先が見える。

 

「ああ、なるほど」


 おじさんが紙をさしだす。

 さっそく万年筆を試してみる父親だ。

 

「……なめらかだ。すごく書きやすい。それにインクは?」


 むふふ、と微笑むおじさんだ。


「スラン、ちょっと貸して」


 母親が半ば奪い取るようにして万年筆を試す。


「リーちゃん。とっても素敵ね!」


「もちろん、お母様の分もご用意してありますの」


「きゃあああ!」


 とテンションが上がる母親だ。

 母親の万年筆は色鮮やかな色彩で華があしらわれている。


「インクはそれなりに保つと思います。なくなったときは……」


 と、補充の仕方を説明するおじさんだ。

 そして万年筆とインク壺を入れる専用の箱を渡す。

 

「ありがとう、リー。やる気がでてきたよ!」


「日頃の感謝の印ですの。あ、お母様にはこちらも。飛行魔法の術式ですわ」


「できたの!?」


「かなり高度な術式ですから扱いには注意してくださいな」


「やったわ! もうこれで無敵ね!」


 と、サロンを出て行ってしまう母親だ。

 さっさく術式を解析するのだろう。


「さて、お父様はどうなされます? ダンジョンへ行ってみますか?」


「……そうだね。出仕を少し遅らせようか。どうせなら見ておいた方がいいしね」


「では、そういたしましょう。皆はどうします?」


 おじさんは振り返った。

 弟妹たちはワクワクといった表情を隠さない。

 

「魔物がいるんじゃないのかい?」


「階層によって魔物を出なくしてありますの」


「あーうん……そんなことができるんだ……」


 内緒ですわよ、と唇に指をあてるおじさんだ。


「では、ジャージに着替えてサロンに集合です!」


 おじさんの言葉に皆が笑顔で頷くのであった。

 なんだかんだでおじさんに振り回される父親なのだ。

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