第404話 おじさん両親と再会する


 おじさんとの手合わせを終えた薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々である。

 休憩を挟んでから、おじさんとしては魔楽器の演奏会をする予定であった。


 ちょっと小粋なお洒落をして楽しもうと思っていたのである。

 ただ、予想外に彼女たちは消耗してしまった。

 

 結果、そこで解散することになったのだ。

 残念ではあるが、無理強いをしても仕方がない。

 おじさんは笑顔で三人を送り出したのである。

 

 その直後に両親が帰宅した。

 ちょうど薔薇乙女十字団ローゼンクロイツと、入れ違いになるタイミングだ。

 

「お父様、お母様、おかえりなさい」


 おじさんが使用人たちの先頭に立って二人を出迎える。

 ただ、なんとなく様子がおかしい。

 

「ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫ですわ」


 母親がいつもより父親に体重をかけているような。

 それに心なしか、二人ともそわそわしているようにも見えた。

 

「???」


 首を傾げるおじさんである。

 そんな様子を見て、父親がおほんと咳払いをした。

 

「リーちゃん、もう大丈夫なのかい?」


「ええ。もうすっかり元通りですわ!」


 とても良い笑顔を見せるおじさんであった。

 

「うん。よかった、安心したよ」


「無理はしちゃダメよ」


 母親もおじさんに声をかけてくる。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、元気になりましたわよ」


 会話をしつつも、おじさんはどうにも両親の様子がおかしく見えて仕方ない。

 

「お父様、お母様、なにかありましたの?」


 率直に聞いてしまうおじさんである。

 なにせ恋愛方面には疎いのだ。

 

 いや、そもそも良い思い出もない。

 だから両親の雰囲気をおかしいと思いつつも、その原因が理解できないのだ。

 

「お嬢様、お二人もお疲れでしょう。先ずはお休みいただいた方がいいのでは?」


 すすすっと側付きの侍女が寄って、おじさんに耳打ちをする。

 その言葉に納得して、おじさんは頷いた。

 

「そうですわね。では、報告は後ほどにしますから、ごゆるりとなさってくださいな」


 おじさん言葉に思わず、乾いた笑い声をだしてしまう父親だ。

 

「うん。悪いけど、先に休ませてもらうよ」


「リーちゃん、あとでね」


 と、父親と腕を組んだまま歩き出す母親であった。

 それにつられて父親も歩き出す。

 

 両親の背中を見送ったおじさんは侍女に言う。

 

「んーどういうことなのでしょう? お疲れなのは理解できるのですが」


「お嬢様……本気で仰っていますか?」


「他意はありません」


 本当にわからないという表情のおじさんである。

 そんなおじさんを微笑ましく思いながら侍女は言った。


「王城で何があったのかはわかりません。ですが、あれは男女のそれですわ」


 男女の……それ。

 侍女の言葉をかみ砕くように、口中で呟くおじさんだ。

 そこでようやくピコンときた。

 

 なるほど、と。

 

「ああー! そういうことですか!」


 思いのほか、大きな声をだしてしまったおじさんである。

 

「そのように驚かれることでないでしょうに」


 やれやれという表情の侍女だ。

 

「では、しばらくはお二人きりにしておきましょうか。メルテジオは……」


「寝室で休まれています。先ほどの模擬戦がよほど楽しかったようですね」


 そう。

 おじさんは薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの後に、弟とも模擬戦をしたのだ。

 

 弟が奮戦する様子を見て、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの三人は驚いた。

 自分たちよりも年下なのに、あそこまで戦えるなんて、と。


 無論、今の段階では彼女たちの方が強い。

 だがそれでも十回戦えば、二回から三回くらいは負けそうなほどだ。

 つまり差は大きくないのである。

 

 そのことを評して聖女はこう言った。

 公爵家はバケモノ揃いか、と。

 

 少なからず衝撃を受けたのであった。

 

「ソニアはどうしています?」


「裏庭で精霊獣たちと遊ばれています」


「承知しました。では、しばらくは大丈夫そうですわね」


「ええ。こちらから従僕に報せをだしておきます」


「さて、ではどういたしましょうか」


 おじさんは形のいい眉をしかめてしまう。

 そんな姿もまた絶句するほどに美しい。

 

「そうですわ! イトパルサと聖樹国で仕入れた素材を使って遊びましょう」


 一転して表情が明るくなる。

 ウキウキとした様子で、おじさんは地下にある実験室へとむかった。

 

 侍女とともに実験室に入ると、おじさんは使い魔を喚ぶ。

 

「トリちゃん!」


 だが、喚べどもトリスメギストスは現れない。

 んん? と首を捻るおじさんだ。

 

「なにかあったのでしょうか?」


 おじさんの言葉に侍女がハッとした表情になった。

 

「そう言えば……庭でプスプスと煙をあげていたかと」


「庭で?」


 そのことを不審に思いながら、おじさんは使い魔の魔力をたどる。

 確かに庭で転がっているようだ。

 逆召喚を使って、一瞬で転移してしまう。


「……なにをしていますの?」


 地面に落ちたトリスメギストスに声をかけるおじさんだ。

 

 そう。

 トリスメギストスはあの後、ずっと庭で放置されていたのである。


 神罰が下った瞬間を見たのだ。

 誰も近寄りたくはなかったのである。

 

『むぅ……主か。魔力がたらんのだ』


「お好きなだけもっていきなさいな」


『助かる。ついでに状態異常も解除してほしい。魔力が抜けていくのだ』


 言われるがままにするおじさんだ。

 

『ふぅ……。ようやくだな』


 空中に浮くトリスメギストスだ。


「なにがあったのです?」


『ちょっとな、主上の怒りに触れてしまったのだ』


 おじさんがジトッとした目で使い魔を見る。

 

「まぁいいでしょう。次からは気をつければいいのですわ」


『うむ。心得ておる。我は余計な口出しをせんと決めたのだ』


 いまいち要領を得ないトリスメギストスだ。

 しかし、おじさんは深く聞こうとは思わない。

 なにせ神が関わることなのだから。

 

「トリちゃん、行きますわよ」


『む。どこへだ』


「地下の実験室です。イトパルサと聖樹国で素材を仕入れましたからね!」


『よかろう。その程度なら問題はない』


 おじさんと使い魔は地下の実験室へと足をむけたのである。

 

 

 その日の夕刻を過ぎてからである。

 カラセベド公爵家の邸には他家からの使者が相次いでいた。

 使者の言い分は、多少の違いはあっても同じ内容だ。

 

『大魔王に立ちむかう勇者の姿、まさにここにあり。その勇気にいたく感服いたしました。なにかあれば力になります』


 母親の手前、形として贈答品や書状を残すことは憚られたのだろう。

 だが、その心意気に感謝だけでも伝えておきたい。

 そうした貴族が多かったのである。

 

 カラセベド公爵当主、スラン=ロック・カラセベド=クェワ。

 彼が勇者と貴族たちから裏で称せられることになったのは、これがきっかけである。

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