第403話 おじさん不在の王城で母親は十八年ぶり三度目の暴挙を犯そうとする


 母親はイライラを抱えたまま大会議に突入した。

 もはや表情を取り繕うこともしていない。

 そのことに父親も苦笑を漏らすばかりである。

 

 大会議室に母親を姿を見せた瞬間、表情が凍りつく貴族も少なくい。

 過去の悪行を知る貴族も多いのだ。

 

 宰相が状況を説明する。

 そして会議の開催を告げたとき、母親が立ち上がった。

 

「なんとかなるわよ! 以上、解散っ!」


 冒頭での解散宣言である。

 

「ちょ、ちょっと待とうか、ヴェロニカよ」


 さすがに国王が止めに入った。

 それに頷く多数の貴族たち。

 

「ヴェロニカ……ちょっとこちらに」


 宰相が会議室の隅に母親を呼ぶ。

 そこで一言、二言話して会議室を後にする母親であった。

 あからさまにホッとした表情になる貴族たち。

 

「では、会議を始めましょう」


 にこり、と微笑む宰相だ。

 その手腕の見事さに、思わず拍手をする貴族もいた。

 

「さて、ダンジョンが崩壊したということのですが……」


 こうしてダンジョン崩壊の件について会議が始まったのである。

 

 一方で母親はと言えば、王城から王宮へと移っていた。

 姉である王妃の部屋へと向かったのである。

 

「いらっしゃい、ヴェロニカ」


「こんにちは、お姉さま」


 と、和やかな会話から二人はお茶をしつつ話をする。

 

「この新作、とっても美味しいわね!」


 母親が王妃に差し入れしたのは、どら焼きである。

 色とりどりのクリームがはさまれた見目麗しいものだ。

 

「最近、甘い物が食べたくて困ってたのよ」


 と、言いつつ手が止まらない王妃である。

 

「あんまり食べちゃうと、良くないってオーヴェも言ってたし」


 オーヴェは王妃付きの侍女のことだ。

 彼女は王妃が実家をでた後もついてきたのである。

 

 もちろん母親も知っている人物だ。

 と言うか、少し離れた場所に居る。

 

「オーヴェもこっちきて食べなさいよ」


 母親の言葉に満更でもない表情のオーヴェである。

 厳格そうな貴婦人だ。

 

「御言葉に甘えていただきます」


 一口、かぷりといった瞬間に目を大きく見開く。

 そして、とても良い笑顔で言った。

 

「美味しゅうございます。ですが、アヴリル様。もうおやめください」


「えー! あと六つくらいいいでしょうに」


 皿に残っているどら焼きの数は六個である。


「それは全部でございます」


 即座に突っこむオーヴェさんだ。


「せっかくヴェロニカが持ってきてくれたのに」


「そんな子どものようなことを仰らないでくださいまし」


「オーヴェが残っているのを食べちゃってもいいわよ!」


 混ぜっ返す母親である。


「では、遠慮なく」


 意外とノリのいいオーヴェさんなのだ。

 

「ダメえええ!」


 両手でガバッとどら焼きを囲ってしまう王妃だ。

 その姿がおかしくて、母親とオーヴェはクスクス笑う。

 

「は!? 騙したのね!」


 二人の様子に王妃の表情が変わった。

 

「お姉さま、欲しいのならいつでも言ってくださればいいですわ。うちの料理人に作らせますから」


「ですが、食べ過ぎはいけませんわ。ほら、ずいぶんとほっぺがふっくらとしております」


 オーヴェさんが血色のいい王妃の頬を指でつつく。

 長年の付き合いなのだ。

 気心が知れている。


「うう……王太子キースのときは悪阻が酷くて、逆に食べなさいって言われてたのに」


 王妃の言葉に母親が返す。


「あのときとは状況が違うのですもの。今回はある意味でお姉さまも気楽なのでは?」


「確かにそうかも! ところでヴェロニカ、聞いているわよ」


 と、姉妹の話は尽きない。

 そこにオーヴェさんも加わって、楽しい時間は過ぎていく。

 

 コンコンと王妃の部屋がノックされる。

 訪ねてきたのは父親だ。

 

「ヴェロニカがこちらにいると聞きましてね」


 入室の許可を待ってから、父親も同席する。


「会議は終わったの?」


 母親の言葉に、静かに首を横に振る父親であった。

 その表情にはかなりの疲れが見える。

 

「終わりそうにないね」


「まったく! 付きあわされるこちらの身にもなってほしいわね」


「軽食を食べながら会議は続けてるよ。まぁ文官系の貴族にとっては見せ場だからね。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。さっさと終わらせてほしいよ」


「あら? もうそんな時間なの?」


 今頃、気づいたという顔をする王妃だ。


「ええ。二時間ほど前に陽は落ちましたよ、姉上」


「ほおん。……今日は帰れそうにないわね」


 これが母親が大会議を嫌うところなのだ。

 結論がでるまで議論をする、というのが決まり事になっている。

 そのためには夜を徹することを厭わないのだ。

 

「しっかり休まないと、効率が悪いと思うんだけどねぇ」


 父親もそこは同意見なのだ。

 疲れた頭で会議が煮詰まっていくと、訳のわからないことになる。

 同じ話が何度も繰りかえされるなど日常茶飯事だ。

 

「仕方ないわね。お姉さま、私はここに泊めていただきますわ」


「うん。ぜんぜん構わないわよ」


 そこで父親が声をあげた。


「あ! 兄上の執務室から温泉に行けるじゃないか!」


 イトパルサに出張する前のことだ。

 おじさんが国王を説得するのに転移陣を設置したのである。


「そういうことは早く言ってちょうだい!」


 もはや行く気満々の母親であった。

 王妃もオーヴェさんも同様である。

 

「行ってくるといいよ。兄上には私から言っておくから」


「オーヴェ、準備をお願い!」


「畏まりました」


 阿吽の呼吸であった。

 その瞬間、母親の身体がビクンと動いた。

 父親が心配そうに見ると、母親が手をあげて大丈夫と意思表示する。


「スラン、リーちゃんのことは心配しなくてもいいわ」


「ほう。なにかあったのかい?」


「今、風の大精霊様から念話があったの。リーちゃんは聖域でのんびりしてるって」


「そうか……よかった。よかった」


 心の底からそう思っていたのだろう。

 少しだけ目頭が熱くなっている父親だ。


「っていうか、ヴェロニカはいつの間に風の大精霊様と知り合ったんだい?」


「うん? 言ってなかったかしら? 聖樹国でちょっとあったのよ」


「ほおん。また詳しい話を聞かせてよ」


「いいわよ。スランはどうするの?」


「自分の執務室に戻るよ。あそこにもリーの魔道具を用意してもらったんだ」


「ええ! あれ? 嘘でしょ? あれを執務室に?」


 母親が驚くのも無理はない。

 あの擬似的な魔法生物を使ったマッサージチェアのことだからだ。


 確かに疲れは取れる。

 が、心地良すぎてとんでもないことになるのだ。

 

 主に顔が。

 貴族の威厳に関わる大問題だ。

 

「いやぁ背に腹はかえられないってことかなぁ」


「まぁべつにいいけど。ちゃんと管理なさいよ」


「ああ、わかってるよ」


 そんな夫婦の会話が一段落したときであった。

 

「行くわよ! ヴェロニカ! スラン!」


 うきうきとした様子の王妃が声をかけてくる。

 その姿に苦笑しつつ、二人は腰をあげるのだった。

 

 そして、会議の二日目も終わり三日目に突入しようとする。

 母親はもう我慢の限界であった。


 おじさんのこともある。

 それよりも、だ。

 

 家に帰ってやりたいことが山のようにある。

 それができない。

 

 もはや怒気を隠さない母親だ。

 

「ちょっとヴェロニカ、どこに行く気なの?」


 王妃が顔を真っ青にしている。


「おほほほ。お姉さま、ちょっと行ってまいりますわ!」


「だから、どこへ!」


「決まっているじゃありませんか! くだらない会議を延々と続けているあの阿呆どもを皆殺しにしに行くのですわ! ちょうどいい機会です。貴族を間引きましょう!」


「ほんとやめて! ねぇヴェロニカ!」


 王妃がすがりつく。

 だが、母親の意思はブレない。

 

 オーヴェさんは既に諦めていた。

 こうなった母親を止められないことを知っているからだ。

 

「アヴリルお嬢様。さ、避難しますわよ」


 賢明な一言であった。

 

「ちょっと! オーヴェ!」


 静かに首を横に振るオーヴェさんである。

 

 母親はニコリと笑って、王妃の私室を出て行く。

 

「ヴェロニカああああ、かむばあああっっく!」


 王妃の言葉が空しく響くのであった。

 

 膨大な魔力が渦を巻くようにして母親の身体にまとわりつく。

 その魔力は可視化され、バチバチと火花を散らしていた。

 

 会議室のドアがばあああんと開く。

 大魔王の登場であった。

 

「皆殺しだ、ゴるぁ!」


 その瞬間、会議室にいた貴族の大多数が粗相をした。

 大魔王の迫力に飲まれてしまって声もだせない。

 

「ヴェ、ヴェロニカ!」


 国王も宰相も動くことができなかった。

 そんな中、ただ一人動いたものがいたのだ。

 

 父親である。

 机を乗り越え、貴族どもをなぎ倒し、父親は颯爽と母親の前に立つ。


「スラン、邪魔しない……で?」


 父親は母親を抱きしめ、ずぎゅううんとその唇を奪ったのである。

 場の時間は止まったかのようだ。

 

「さ、帰ろう」


 唇を離した父親が優しく言葉をかける。

 

「もう! 仕方ないわね」


 ほんのりと頬を染めた母親が父親に腕を絡ませる。

 そして二人で会議室を後にするのであった。

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