第402話 おじさん不在の王城で母親がストレスをためる


 時間は少し遡る。

 建国王のダンジョンが崩壊した。

 その一報を王城にもたらしたのは、おじさんちの母親だった。

 

 久しぶりに母親が王城に姿を見せる。

 そのことで一部の貴族たちはパニックになった。

 あの問題児が帰ってきた、と。

 

 そんなことはどこ吹く風とばかりに、王城を我が物顔で闊歩する母親である。

 威風堂々とした母親の姿に、つい通りがかった侍女たちは自然と頭を下げていた。

 

 外務卿の執務室に入ると母親は語った。

 大精霊から聞いたことを。

 

「ああ……うん。わかった。それよりリーは大丈夫かい?」


 尋常ではないという娘のことを聞かされた父親はそこが気になった。

 ダンジョンの崩壊よりも、そちらの方が問題だ。

 もしかすると、もっと大きなことが起こるかもしれない。


「そっちはなんとかなると思うわ。水の大精霊がついてくれたし」


「……そう。すぐに帰りたいけど、帰れない……よね?」


「……私だって同じよ」


 そう両親にとって気がかりはダンジョンではないのだ。

 ダンジョンなんて、どうせなんとかなる。


 それは希望的観測ではない。

 確信に近い、いや、確信していることだ。

 

 なにせおじさんが関わっていることなのだから。

 

 どこまで話すのか。

 王や宰相といった身内には話すべきだ。

 しかし、その他の貴族に対してどうするのか。

 

 その対応を決めるべく二人は王の執務室へと向かうのであった。

 

「ヴェロニカ!?」


 母親の姿を見た王と宰相の二人が声をあげる。

 王城に姿を見せるのは珍しいことなのだ。

 過去に問題を起こしたから。

 

「で、どうしたのです。あなたがくるなんて余程の……」


 と宰相は気づいた。

 先ほどの大きな音についてだと。

 既に国王と協議をしていたのだ。

 

 ドカッと執務室のソファーに座る母親であった。

 

「この椅子、座り心地がよくないわ!」


 と、宝珠次元庫からおじさん手製の三人掛けソファーを取り出して交換してしまう。

 

「あ……」


 国王が小さく声を漏らす。

 それはお気に入りのソファーだったのだ。

 だが無残にも無視されてしまう。

 

 父親も母親の隣に座ってしまう。

 

「先ほどの音のことですか?」


 宰相もさっさと話を進めてしまうのだ。

 国王の味方はその場に居なかったのである。


「そうそう。建国王陛下のダンジョンが崩壊したのよ」


「なんだってー!」


 国王と宰相の声があわさった。

 

「速く調べに行かせなさいな!」


 母親の言葉に宰相が動く。

 兄と妹の立場が逆転している。

 

「そう言えば、リーはどうしたのだ?」


 国王の言葉に続いて、父親が話す。

 母親は従僕を呼んでお茶を頼んでいる。

 

「なるほど。そういうことか……リーは問題ないのだな?」


「私は聞いたかぎりですが……」


 と父親は母親に目線をむける。


「そんなに弱い娘じゃないわ」


 執務室の椅子に座って国王が頭を抱える。

 

「うう……建国王陛下はどうなさっているのだろう」


 そこ心配するの、と思う母親である。

 

「しゃんとなさい!」


 トントンと指でテーブルを叩く母親である。

 どうやらイライラがたまっているようだ。


「ドイルはどうしたのです?」


 父親が空気を変えるべく発言した。

 不在の軍務卿のことを聞いたのだ。

 演習に行く予定も聞いていない。

 

「ああ、もうそろそろ顔を見せるだろう。家の方で問題があるとか……」


 と、言ってたタイミングで執務室のドアが開く。

 

「へーかー! さっきのあの音!」


 顔を見せたのは件の軍務卿であった。

 

「うるさいわね! 静かになさい!」


 一喝されて、目を丸くする軍務卿である。

 

「ヴェ、ヴェロニカ!? なんでここに!」


「うるさい! 焼くわよ!」


 うひぃと軍務卿が情けない声をだした。

 どうにも母親には弱い軍務卿である。


 母親は我関せずと、宝珠次元庫から甘い物をだす。

 はむり、とどら焼きをかじる。

 

 そこへ従僕がお茶を運んできた。

 なかなかのタイミングである。

 

「ヴェロニカ、ひとつもらうよ」


 父親は平常運転に近い。

 今は焦っても仕方がないと割り切っているだけであるが。

 

 そこへ国王も手を伸ばす。

 ぴしゃん、とその手を叩く母親だ。

 

「なにをする!」


「お行儀が悪いですわよ、陛下」


 唇の端をつり上げる母親。

 その笑顔に獰猛なものを感じる国王だ。

 

「す、すまんかった。ひとついただくぞ」


 こくりと母親が首肯するのを待ってから、恐る恐る手を伸ばす国王であった。

 今度は手を叩かれないことに、ホッとしてしまう。

 

「陛下、先遣隊を急ぎ編成して出立させました」


 宰相が戻ってきて国王に報告する。

 

「うむ。後は確認待ちか」


「その間に貴族たちを集めませんと」


「ダンジョンが崩壊したなど聞いたことがない。これは長くなるぞ」


 国王と宰相が頷く。

 

「お兄様、うちのリーちゃんがなんとかするわよ」


「は? どういうことだい?」


「リーちゃんが関わってるってことはそういうことなの!」


 絶大な信頼を得ているおじさんである。

 母親の隣で父親もうんうんと頷いていた。

 

 ダンジョンは神の試練とも言われているのだ。

 

 神の試練がおじさんの手によってなんとかなる。

 そう聞かされても、素直には頷けない宰相だ。


「そこまで……なのですか?」


 母親は対面の席と宰相に目線を送る。

 座れということだと解釈して、宰相は素直に腰掛けた。

 

「いやぁさすがにあの娘っこでも……」


 口を開いた軍務卿にむかって火弾が飛ぶ。


「どぅわあ!」


 母親の火弾に焼かれるも、すぐに対処できるところが軍務卿たる所以だろう。

 

「ヴェロニカ!」


 軍務卿が叫ぶ。


「うちの娘を軽く見るのは許さないわよ!」

 

 その見幕の激しさに息を呑む軍務卿であった。

 

「まったく! 有象無象の輩になんて合わせていられないわ!」


 母親がイラだっていた原因はこれだ。

 母親からすれば、会議をするまでもないことである。

 

 しかし帰るに帰れない。

 自分が情報を提供するのだから。

 

 ただ、どんなに母親が熱弁を振るっても貴族たちは納得しないだろう。

 なにせおじさんを矢面に立たせまいとしてきたのは、父親と母親なのだから。

 

 おじさんを目立たせるのはよくない。

 まだ子どもなのだから。

 

 だからと言って、ムダな話にも付きあいたくないのだ。

 

「ドイル、私からも言っておく。次はないからね」


 滅多に怒気を見せない父親だが、この時ばかりは本気だった。

 

「わかった。ぜんぶ任せていいんだな?」


 軍務卿の言葉に深く頷く父親と母親であった。

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