第401話 おじさん聖女に期待を寄せる


 濃霧といっていいほどの霧が発生する。

 アルベルタ嬢の魔法だ。

 

 おじさんからすれば、足下すら見えない状況である。

 この状況でアルベルタ嬢はどう攻めてくるのか。

 

 自分も視界を潰されているのだ。

 おじさんの位置をどうやって把握するのか。

 

 少しずつおじさんは移動していた。

 それなのに霧の中から正確・・に魔法が襲ってくる。

 風弾だ。

 

 パトリーシア嬢の得意魔法である。

 さすがに魔法の精度では劣るが、威力はアルベルタ嬢の方が上だ。

 だが、おじさんには当たらない。

 

 霧の中を飛んでくる風弾であろうと余裕をもって躱してしまう。

 それが二度、三度と続く。

 もちろん、おじさんとて場所は移動しているのにもかかわらずだ。

 

 なぜ場所がわかるのか。

 その理由が、ようやくわかったおじさんである。

 風弾を躱しざまに、自らの背後で気配を消していた使い魔を捕獲した。

 

 アルベルタ嬢の使い魔である玄兎だ。

 月に住むとされるウサギである。

 確か、名前はシフォン。

 

 おじさんの胸に抱かれた白いウサギは、“きゅきゅ”と愛らしく鳴いた。

 アルベルタ嬢は使い魔と視界を共有していたのだ。

 

「ふふ……」


 玄兎のシフォンを愛でながら、おじさんはつい笑いをこぼしていた。

 なぜなら魔技戦において、使い魔との共闘はレギュレーション違反だからだ。


 使い魔は限られた人にしか契約できない。

 その優劣を排除した結果である。

 おじさんのせいで学園では使い魔を持つ者は増えているのだが、それは別の話だ。

 

 おじさんは、この模擬戦の前に言った。

 魔技戦に準拠して戦いましょう、と。

 

 敢えてルールを破ってくるアルベルタ嬢。

 そこに彼女の本気を感じたのだ。

 なんとしてもおじさんと本気で戦いたい、と。

 

 その心意気が嬉しくて、おじさんは手にした杖でトンと地面を叩いた。

 

「リーハーク・シュレ・ヒュイ 空を旅する者 閉じる者 ノルドの果てより顕現せよ!」


悪戯な北風ロ・ズール・ロ・プト!】


 おじさんの杖の先から風が渦巻く。

 それは一瞬にしてアルベルタ嬢が発生させた霧を晴らす。

 このくらいは朝飯前のおじさんである。

 

「さすがリー様。もうバレてしまいましたか」


 アルベルタ嬢がおじさんの腕で大人しくする玄兎のシフォンを見つめて言う。

 

「あー! ずるいのです!」


 パトリーシア嬢が叫ぶ。

 既に回復したようである。


「きなさい! キュリオ……あう!」


 聖女も自分の使い魔を喚ぼうとした。

 中級最上位となる天使の使い魔だ。

 

 だが、その前におじさんが中止させる。

 軽く風弾を飛ばしたのだ。

 

「エーリカ。今は我慢してくださいな」


「もう、わかったわよ」


 そのタイミングでおじさんの腕から抜け出す玄兎だ。

 主人であるアルベルタ嬢のもとへと駆けていく。

 

「さすがに小細工は通用しませんわね」


 と、アルベルタ嬢が玄兎を送還する。

 

「ここからが本番ですわ!」


 アルベルタ嬢が踏みこみ、杖を使っての直突きを見せる。

 その速度、練度ともに令嬢のものではない。


 だが、おじさんは余裕であった。

 アルベルタ嬢の放つ直撃を、自らの自らの直突きで合わせていく。

 先端がぶつかり、かぁんと甲高い音が連続して鳴る。

 

「はあぁあ!」


 直突きだけでは敵わないと悟ったアルベルタ嬢。

 払い、振り下ろしを直突きにまぜてくる。

 が、それもおじさんの前では無意味であった。

 

「アリィ、なかなかですわ。ですが虚実が不足しています」


 そう。

 攻撃のすべてを当てる必要はないのだ。

 時には相手の裏をかけとおじさんは言っている。


「やあああ!」


 アルベルタ嬢の払いに合わせた、おじさんの杖が上空に飛んだ。

 

「へ?」


 完全に虚を衝かれたアルベルタ嬢だ。

 その一瞬の隙におじさんは、ヌルヌルとした動きで接近する。

 

 上空に飛んだ杖を目で追ってしまったアルベルタ嬢の失策だ。

 気づいたときには、おじさんの手刀が首に添えられていた。

 

 からんからんと音を立てて、杖が地面に落ちる。

 

「う……負けました」


 おじさんはニコリと笑った。


「アリィの気概はとてもよろしいですわ! 次は魔法を交えてやりましょうか」


 アルベルタ嬢もまた笑顔で、“はい”と答える。

 適度な距離をとって、再び戦う二人であった。


 二人の戦いは端から見ても高度なものだ。

 それを見ていた聖女が問う。

 

「リーってば強すぎない?」

 

「最初からわかっていたことなのです。ですが、その差が思ったより絶望的なのです!」


 パトリーシア嬢が本音を叫ぶ。

 

「ああ、そろそろ終りね」


 アルベルタ嬢の額から玉のような汗が流れている。

 見てわかるほど息も荒い。

 

「アリィの回復はアルルに任せるのです」


 パトリーシア嬢の使い魔である。

 アルラウネと契約しているのだ。


 パトリーシア嬢が使い魔を喚びだしたところで模擬戦が終了した。

 アルベルタ嬢も最後の気力を振り絞って礼をし、戻ってくる。

 その表情は実にすがすがしいものだった。

 

「アリィ。回復はアルルがするのです」


「お願い……ね」


 と、へたりこんでしまうアルベルタ嬢であった。

 

「よっしゃらあああああい!」


 一方で聖女は元気いっぱいでおじさんの元へと駆けていく。

 そのままヒップアタックを放つ聖女だ。

 

「もう、なにをしていますの」


 おじさんは軽く手を振って、聖女の身体をコントロールした。

 回転してストンと足をつく聖女だ。

 

「えへへ。テンション上がっちゃった」


「エーリカは素手でいいのですか?」


「もっちろんよ! 乙女は拳で語るのよ! いのち短し殴れよ乙女って言葉もあるんだから!」


 ……そんな言葉はない。

 おじさんは勢いにつられて笑ってしまう。

 

「いいでしょう。では、いざ尋常に」


「聖女エーリカ、推して参る! はいやー」


 おじさんの円環を軸にした中華風味の体術。

 対する聖女の動きもまた独創的なものだった。


 基本的な動きは騎士の体術に近い。

 だが、時折どこかで見たような動きをはさんでくる。

 それが読めないのだ。

 

 高い身体能力と聖女の特性がマッチングしている。

 自分で回復とバフをかけつつ、おじさんに格闘を挑んでくるのだ。

 さらに精度はかなり低いものの、攻撃部位にデバフもまぜている。

 

 偶にデバフに失敗しているのはご愛敬だ。

 しかし、この失敗もまた虚実となっている。

 荒れ玉の剛速球投手みたいなものだ。

 

「いいですわね、エーリカ!」


「随分と苦労したんだからっね!」


 小兵ですばしっこい。

 近接に特化した聖女である。

 確かに神聖魔法は遠距離から使うものが多い。

 

 それを敢えて捨てている思いきりのよさ。

 聖女の性格もあるのだろう。

 が、近接戦闘に限れば、三人の中でも頭ひとつ抜けている。

 

 おじさんが聖女の上段蹴りを捌く。

 くるっと回って、二手三手と攻撃をしてくる聖女だ。

 さらには中段に見せかけた上段蹴りなども放ってくる。

 

「ふふ……このまま完成度を高めていけば……楽しみですわね!」


 おじさんの言葉に聖女も笑う。

 聖女自身も手応えがあるのだ。

 この戦いが合っている、と。

 

 聖女が少しおじさんから距離をとる。

 

「いくわよ! ヤー・サー・イー!」


 聖女が印を組む。


「マーシーマーシー・ニーン・ニク・チョモ・ラーンマ! アーブラ・カ・ラーメ・オー・オーメ!」


 聖女がニィと唇の端をつり上げる。

 

「ショッケン・カエーヨ・アイーセキ・キ・ンシ!」


 さらに聖女の詠唱が続く。


「クッタラ・ド・ンブーリ・カ・エーセ・テイー・ブール・フー・ケ!」


 聖女が印の形を変えた。

 

「いっくわよー、リー!」


規律の王の戯言ジー・ロウ!】


 聖女の背後に規律の王が姿を顕現させた。

 王冠代わりのハチマキに黒のカットソー。

 

 おじさんにはどこかの店員にしか見えなかった。

 

 規律の王が光を放つ。

 おじさんにむかって。

 だが、おじさんには魔力を吸収してしまう結界がある。

 

 避けることもできるが、被害がでるだろうとおじさんは考えたのだ。

 一瞬にして結界を構築し、規律の王の攻撃を完封する。

 

「くっ。最近覚えたばっかりの魔法だったのに!」


 聖女が悔しがる。

 

「さっきのは上級でしょうから魔技戦では使えませんわよ」


 おじさんの一言でハッとする聖女だ。


「し、しまったー。忘れてた!」


 やはり聖女は聖女なのである。

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