第400話 おじさん薔薇乙女十字団と手合わせをする
その日、おじさんちの朝食の場は賑やかだった。
両親は不在だったが、いつもの面子に加えて三人もゲストがいたからだ。
おじさんを筆頭に、アルベルタ嬢、パトリーシア嬢、聖女と並ぶ。
その対面には弟と妹とアミラがいる。
聖女がクアトロ・フォルマッジのピザを頬張る。
パトリーシア嬢はサバサンドに目がない。
アルベルタ嬢はケークサレがお気に召したようだ。
賑やかに、和やかに、食事が進んでいく。
デザートにだされたクリーム系のどら焼きも好評であった。
「ふぅ……こんなに美味しい食事を毎日してるわけ?」
聖女がぽっこり膨らんだ腹をなでながら言う。
「見なさいよ、このお腹。このうちの子になってたら、絶対太ってるわ!」
ポンポンと腹を叩く聖女だ。
その様子に妹が声をあげて笑う。
「姉さま、ちょっといい?」
アミラだ。
「なんですか?」
「ん。ダンジョン行ってくる」
「わかりました。頼みましたよ」
「ん!」
そんな短いやりとりをしている間に、聖女が調子にのっていた。
よっ、はっと言いながらポンポンとお腹を叩いているのだ。
魔楽器のドラムで鍛えたのか。
やたらとリズム感がいい。
妹が手を叩いて喜んでいる。
が、その横でアルベルタ嬢は眉間に皺を寄せていた。
パトリーシア嬢も呆れた表情である。
やはり聖女の奔放さは御令嬢たちには蛮族に映るのだろう。
だがしかし、だ。
おじさんは知っている。
聖女よりも蛮族であろう存在を。
そうした教育を受けていないのだから仕方ない。
ただ、ケルシーたちは受けいれてもらえるのだろうか。
ちょっぴり心配になるおじさんであった。
「エーリカ、ちょっとよろしいですか?」
おじさんが聖女に声をかける。
ハッ、ハッと声をあげながらポンポコし、頭を振る聖女だ。
どうやら夢中になって、おじさんの声が耳に入っていないようである。
「エーリカ!」
業を煮やしたのか、アルベルタ嬢が珍しく声を張った。
「あによ! いいとこなのにぃ!」
「いいとこなのにぃ!」
聖女に便乗する妹だ。
妹には弱いアルベルタ嬢である。
「リー様がお声をかけられています」
「エーリカ、後でタイコを叩くのです!」
パトリーシア嬢にも詰められる聖女だ。
そこでおじさんが割って入る。
「少し身体を動かしませんか?」
「身体を? ボウリング?」
「いえ、少し手合わせをしましょう。どのくらい成長したのかの確認ですわ」
おじさんの言葉に俄然やる気になった聖女だ。
「むふふ。ついにこの瞬間がきたわね!」
と、聖女が立ち上がる。
「良い機会ね! 見せてあげるわ、聖女の華麗な拳を!」
ビシッと指をさす聖女だ。
ということで、おじさんと三人の手合わせが決まったのである。
「そうそう。新しく開発しました運動用の服と靴がありますの」
おじさんが聖樹国に行ってまで完成させたジャージとスニーカーのセットだ。
ついでにインナーも三人の分を用意してもらう。
弟妹たちも着替え、いざ訓練場へとむかうのであった。
訓練場では騎士たちがいつものように汗を流していた。
侍女が先触れをしたこともあって、訓練場の一角が空けられている。
パトリーシア嬢とアルベルタ嬢の二人は、ジャージをいたくお気に召したようだ。
そして聖女はまたもやテンションが高くなっていた。
「リー! あんたって子は……最高ね!」
「お気に召したのなら差しあげますわよ」
「ありがとう! ずっと欲しかったのよ!」
聖女がおじさんの手をとって喜ぶ。
「どなたから手合わせをいたします?」
おじさんの言葉に真っ先に手をあげたのがパトリーシア嬢である。
「では魔技戦準拠でいきましょうか」
パトリーシア嬢の得物は短剣の二刀流である。
さすがに本身ではなく、木製の訓練用のものだ。
本番では両手ともにマインゴーシュを使う。
本来はレイピアとの二刀流で使うものだ。
ただ大ぶりのガードがついているので防御をしやすいのである。
パトリーシア嬢は魔導師タイプだ。
魔法が得意なだけに近接戦は防御に専念するようである。
隙をついての一撃、そして離脱するのだろう。
おじさんも同じく訓練用の短剣を用意する。
「いくのです!」
パトリーシア嬢が走った。
魔法を使っての先制攻撃ではない。
良い意味でおじさんの予想を裏切ったのだ。
だが、その次への挙動が遅かった。
おじさんを前にして、その遅さは致命的である。
パトリーシア嬢が魔法を放つ。
風弾の弾幕がおじさんを襲う。
しかし、短剣を使って魔法を捌いてしまうおじさんだ。
「すごいのです! そんなのは初めて見たのです!」
と、言いながらも動きを止めることはない。
移動の速度と風弾による牽制を入れながら、パトリーシア嬢は隙をうかがっている。
だが、おじさんは動じないのだ。
「パティ! 少し魔法の精度が甘いですわよ!」
おじさんの指摘どおりだった。
風弾の狙いが散漫になっている。
間隙を縫うように、するすると近づくおじさんだ。
そのまま近接戦の間合いに入ってしまう。
「は、速いのです!」
手数と速度の勝負を挑むパトリーシア嬢だ。
しかし、魔法と比べれば明らかに練度が不足している。
おじさんは身のこなしだけで、短剣の攻撃を完封してしまう。
さらに隙をつくように、おじさんの短剣がパトリーシア嬢の喉元にピタリと当てられた。
「うう……負けなのです」
両手をあげるパトリーシア嬢だ。
その後も魔法と武術を使って、何度か戦うおじさんである。
ただ十分を過ぎたところで、パトリーシア嬢がガス欠になった。
肩で息をしながら、今にも座りこんでしまいそうだ。
大粒の汗をかきながらも、きちんとおじさんに対して礼をする。
なんとかアルベルタ嬢と聖女の元まで戻ったところでへたりこんだ。
聖女がすかさず魔法をかけるのはさすがであった。
「パティ、そのままでいいので聞いてくださいな。魔法の腕は随分と上がりましたね。中級までしか使えない魔技戦では上位に入るでしょう。ですが近接戦はもう少し練習が必要ですわね」
「お姉さまの……言うとおり……なのです」
「マインゴーシュの二刀流だと、相手に近接戦が苦手ではと思われるかもしれませんわね。あからさまに防御の型ですから、その点、パティから攻め込んできたのは評価できます。ただ攻撃を補うなにかが欲しかったですわ」
「なるほど……なのです」
「長期休暇前よりも、全体的に研鑽の跡が見て取れましたわ。見事です」
おじさんの言葉に、笑顔になるパトリーシア嬢であった。
「では、リー様。次は私が胸をお借りします。よろしくお願いいたします」
アルベルタ嬢が前に進んで、礼儀正しく頭を下げる。
「はい。よろしくお願いいたしますわね」
おじさんは汗のひとつもかいていない。
平常運転なのだ。
アルベルタ嬢の得物は短槍である。
ここでは二メートルほどの杖を選んだ。
おじさんも同様である。
「古き魔女キーバ! サンド・ルバの懇願に応えよ!」
【
アルベルタ嬢が初手の魔法を使う。
それは霧を発生させ、視界を奪うものであった。
初手で搦め手を使ってくるアルベルタ嬢だ。
この霧の中で、おじさんの位置を特定して戦うことはできるのか。
自分も効果範囲内になるはずだ。
「ちょっと! 見えないでしょうが!」
聖女の声が聞こえてくる。
アルベルタ嬢がどんな戦術をとってくるのか。
楽しくなってくるおじさんであった。
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