第399話 おじさんごり押ししようとする
二度の人生において初のお泊まり会。
おじさんのテンションは上がっていた。
そして、よかれと思ってゾンビ系侍女というお茶目をしたのだ。
だが、この惨状である。
事前にお手洗いをすませておいてよかったのだ。
きっと粗相をしてしまった者もでただろうから。
しかし、やり過ぎてしまったことに変わりはない。
とは言え、だ。
精神操作などをしてしまうのも、ちょっとちがうと思うのである。
そこでおじさんは夢だったということで押し切ることにした。
窓を閉めて、侍女を控えの部屋に戻す。
その上でベッドに戻って妹を抱きしめて寝たのだ。
陽が昇る。
ちちち、と小鳥が囀る時間だ。
おじさんは目を覚ました。
妹はまだおじさんの胸の中でスヤスヤと眠っている。
しかし、眉間にしわを寄せているあたり変な夢を見ているのかもしれない。
そんな妹の頭を撫でていると、“はうあ!”と声が聞こえた。
聖女だ。
ガバッと身を起こして、周囲をキョロキョロと見回して確認している。
「おはよう、エーリカ」
おじさんが穏やかさ三割増しで声をかけた。
「はう! リー! あれ? あれ?」
戸惑いの声をあげる聖女だ。
そんな聖女におじさんは優しさ三割増しで話しかける。
「どうしたのです?」
「いや……あの、え? 夢……だったの?」
首を傾げる聖女だ。
「悪い夢でも見たのですか?」
聖女はおじさんの方をキッと見た。
「昨日のね、あのゾンビみたいな侍女がいたでしょ? リーが魔法で作ったやつ」
「ええ……それがなにか?」
おじさんは微笑みを絶やさない。
ポーカーフェイスを貫くのだ。
「夜にね、みんなでお手洗いに行ったわよね? その後で……また出たのよ!」
「それはないですわ! 皆でお手洗いに行った後でまた眠ったではありませんか」
「そう……そうよね! え? あれ? にたぁって笑ったのよ、ゾンビ系侍女が!」
「さぁ? わたくしは見ていませんわ」
「ほんとにほんと? リーはやってない?」
「もちろんですわ!」
……胸が痛い。
しかし、そうするべきなのだ。
夢で終わるなら、それでいいと。
おじさんはそう思うことで、自分を納得させる。
「よほどお昼のことが記憶に残っていたのでしょう。それについては謝りますわ」
つい、謝ってしまうおじさんだ。
しかし言葉をまちがわないところが
「んんー」
と、伸びをしてアルベルタ嬢も目を覚ました。
その隣にいたパトリーシア嬢も目をグシグシと擦っている。
「はうあ!」
やはり二人が揃って声をあげた。
「もう朝なのです! ぐっすり眠れたのです!」
パトリーシア嬢がおじさんに、にぱッとした笑顔を見せる。
「おはようございますなのです!」
「おはよう、パティ」
「リー様。おはようございます」
続いてアルベルタ嬢とも挨拶を交わすおじさんだ。
「ねぇねぇ。すっごい怖い夢を見たんだけど!」
聖女が二人に対して話をする。
トイレに行った後で、ゾンビ系侍女の夢を見たのだ、と。
「ああ! そうなのです! 私も見たのです!」
「私も同じ夢を見ましたわ」
これで三人。
三人ともが同じ夢を見る。
それは確率的にありえることなのだろうか。
いや、そういう話ではない。
夢だったと押し切るのは難しいのではないだろうか。
恐らくは妹も目を覚ませば同じことを言うだろう。
で、あれば四人である。
おじさん以外の全員が同じ夢を見たことになってしまう。
さらに侍女まで加われば……。
おじさんは焦っていた。
夢というのは悪手だったのか、と。
だが、既に計画は発動してしまった後である。
賽は投げられているのだ。
今さら後には戻れない。
おじさんは動揺を隠しながらも腹を括った。
「よほど、あの幻影が怖かったのでしょうね」
しれっと誘導するおじさんだ。
「確かに怖かったのです」
「衝撃的でしたものね」
王国内でも怪談のような話はある。
しかし、さほど怖くはないのだ。
恐怖をかきたてることが目的ではないのだから。
つまり読み方によっては怪談にも見えるという程度である。
そこへきて、おじさんの幻影だ。
耐性がないところに見せられたのだから、確かに衝撃的である。
三人がああだこうだと話す。
その声で妹まで起き出してくる。
「んにゅにゅ」
妹の目がぱちりと開く。
そして、おじさんを見て微笑むのだ。
どこか安堵したような表情である。
「ねーさま。もうおばけいない?」
「お化け? もういませんわ」
おじさんの言葉に安心したのだろう。
妹はおじさんの胸に顔を埋めた。
「ねーさま、あったかい……」
二度寝を始める妹である。
それをどこか羨ましそうな目で見るアルベルタ嬢であった。
ノックもなしにばぁんとドアが開く。
「きゃあああ!」
おじさん以外の三人がかわいらしい声をあげる。
「お嬢様、無事ですか?」
侍女である。
どうやら起きた後にすぐに飛びでてきたのだろう。
珍しく髪に寝癖がついている。
「どうしたのです? ひょっとして夢を見たのですか?」
おじさんはこともなげに答えた。
「へ? あれ? あのアンデッドは?」
「いませんわ」
おじさんももう慣れたものである。
「……夢だったのでしょうか?」
「ええ。きっと夢ですわ!」
釈然としないながらも、侍女は改めて姿勢を正した。
「お嬢様方、驚かせしまい申し訳ありません。失礼いたしました」
きれいなカーテシーで謝罪をする侍女である。
「いえ……お気になさらず。むしろ主を守ろうとする気概に感服いたしましたわ」
と、アルベルタ嬢が答える。
そして、そのまま言葉を続けた。
「私たちも同じ夢を見たのです。だから理解できますわ」
「私たち……?」
侍女がパトリーシア嬢と聖女にも確認を取るように目をむける。
その意味に気づいたのだろう。
二人も首肯して応えた。
「四人が同じ夢を見た。あのアンデッドの侍女の夢ですよね?」
「そうなのです!」
パトリーシア嬢が元気よく同意する。
おじさんの内心はドキドキであった。
かつてないほどに心臓がバクバクとしている。
「そういうこともありますわよ」
おほほ、と誤魔化そうとしたおじさんである。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
「ねーさま。どきどきしてるよ?」
……くっ。
妹の悪意のない言葉がおじさんを追い詰める。
「……ドキドキ? どういうこと? なんでリーがドキドキするのよ?」
聖女が余計なところに食いついてくる。
「そ、それはきっとお泊まり会が嬉しかったからですわ!」
じとっとした目をむける聖女である。
「あんた、まさか……」
蛮族であれ。
蛮族であってくれ、と願うおじさんだ。
「……お泊まり会が初めてだったのね!」
せえええええふ。
おじさんはギリギリのところで救われたのであった。
「わかるわー。初めてのお泊まり会ってドキドキするわよね。なんて言うか、友だちが自分の家にいて、一緒のベッドで寝て。嬉しいんだけど、楽しんでくれてるかなーなんて思ったり!」
聖女が語り出した。
「でも、大丈夫! リー、最高のおもてなしだったわよ! 特に昨日の夕食なんかは最高すぎて、もう最高だったわ!」
よくわからないことを口走っている聖女だ。
だが、おじさんは救われた。
まさに聖女の所業であったのだ。
「昨日の食事は美味しかったのです! 特にあの麺料理が美味しかったのです!」
「私はギョウザでしたか? あのお料理がとても美味しかったですわ」
「ばっか。あんたたちわかってないわね! 要になっているのがチャーハンなのよ!」
昨夜の料理で盛り上げる三人だ。
ひとしきり盛り上がったところで、朝食の席へと移動することになった。
お着替えやらをすませて、三人の後に続くおじさんだ。
「お嬢様、気持ちはわかりますが、おいたはほどほどに」
こそっと侍女に耳打ちされるおじさんであった。
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