第398話 おじさんお泊まり会を大いに楽しむ


 全員が気絶したのを確認したおじさんは治癒魔法を使ってみた。

 ほどなくして全員が意識を取り戻す。

 

「ちょっとリー!」


 聖女が吼えた。

 おじさんを指さしながら立ち上がる。

 

「いくらなんでもやりすぎよ!」


「いや、まさかあそこまで怖がらせてしまうとは思いませんでしたの」


 神妙な顔つきで謝るおじさんである。

 その態度に聖女も勢いを殺がれてしまう。

 なにせおじさんは超絶美少女なのだから。

 

「うっ……そんな顔もかわいいなんて」


 聖女の呟きにアルベルタ嬢がコクコクと頷いている。

 パトリーシア嬢はまだ恐怖がぬぐいきれていないようだ。


 妹も同じである。

 身体の向きを入れ替えて、おじさんにヒシッと抱きついていた。

 

「反省しなさいよ、ああいうのはダメなんだから!」


「わかりました。もうしませんわ! ちょっと気分を変えて身体を動かしましょうか?」


 おじさんが提案したのはボウリングである。

 せっかくフルサイズのものを作ったのだからと誘ったのだ。


 とは言え、時間は既に黄昏時である。

 西の空が黄金色に輝いていた。


「お嬢様、お時間が……」


 おじさん付きの侍女が耳打ちする。

 

「ああ、そうですわね。どうします? うちにお泊まりしますか?」


「もちのろんよ! どーせ家に帰ってもつまんないし!」


 いの一番に聖女がのった。

 次にパトリーシア嬢も手をあげて言う。

 

「お泊まりしたいのです!」

 

「わ、私もお泊まりしたいです!」


 アルベルタ嬢も話にのったところで、おじさんは頷いた。

 

「では、三人の家に使いをだしておいてくださいな」


“畏まりました”と侍女が下がっていく。

 

 おじさん、実は表情以上に喜んでいた。

 なぜなら二度の人生で初めてだからだ。

 お友だちとお泊まりするなんて。

 わくわくしかない。

 

「おとまり? みんなで?」


 妹がおじさんに聞く。

 おじさんは大きく頷いてみせる。

 

「きゃあああ!」


 妹のテンションが天の限界を突破する。

 

「ってことで、リー! よろしくお願いします!」


 聖女がペコッと頭を下げる。

 続いて、アルベルタ嬢とパトリーシア嬢も立ち上がって礼をする。

 

「では、いざ参りましょう!」


 おじさんは妹を抱っこしたまま、三人を引き連れて離れの遊戯施設に足をむけた。

 

 その本格的なボウリング場を見た聖女が声をあげる。

 

「あ、あんた! まさか、これは!」


 そう。

 ボウリング場である。

 きちんと使用人たちもスタンバイしているところがスゴい。

 

「知っているの? エーリカ?」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が聖女に声をかけた。

 

「もちのろんよ! これはボウリング! かつて暴威を振るった伝説の武闘家、暴・鈴具が創始したと言われる幻の暗殺拳よ!」


「なんですってー!」


 アルベルタ嬢が大きな声をあげて驚く。

 パトリーシア嬢は“ほへえ”と声をあげていた。

 

「スゴいのです! 暗殺拳なのです!」


「って言うのは嘘だけどね!」


 なあんちゃってと言う聖女である。

 おじさんは一連の流れを見て、クスクスと笑っていた。

 

「ねーさま、あんさつけん、そにあもつかえるの?」


 妹がわくわくとした表情でおじさんに聞く。


「ソニア、あれは嘘ですわ!」


「うそ……こらー! えーちゃん! うそついちゃだめでしょ!」


 がっかりした表情になったあと、妹が怒りだす。

 おじさんの腕から下りて、聖女のお腹の辺りをポカポカと叩く。

 ごめん、ごめんと謝る聖女だ。

 

 おじさんが空気を変えるために手を叩いた。

 

「要はこちらから球を転がして、向こう側にあるピンを倒すだけですわ」


「そにあがみせてあげる!」


 従僕から専用のボールをうけとった妹が、両手でコロコロとボールを転がす。

 その姿はとても愛らしいものだった。


 コロコロとボールが転がっていき、運良くストライクをとる。


「やったー!」


 満面の笑みでおじさんに駆けよってくる妹だ。

 そのまま抱きあげてしまうおじさんだ。

 

「では、楽しみましょう。詳しいルールは解説しながらやりましょう」


 と、各々がボールを選んで準備をする。

 

 最初にチャレンジしたのはアルベルタ嬢である。

 見よう見まねでボールを投擲したのはいいもののガターになってしまう。

 次のパトリーシア嬢はガターにならなかったものの倒れたピンは一本だけだった。

 

「むふふ。私の出番ね! 見てなさい、ポンコツども!」


 聖女がアルベルタ嬢とパトリーシア嬢を煽る。

 そう言うだけあって、ポーズがサマになっているところが憎らしい。

 

 トトトと勢いをつけて、レーンの端から投げる。

 聖女はボールを曲げてストライクを取りにいく本格派だった。

 

「いっけええええ!」


 確かに聖女のボールは曲がった。

 曲がったけれど、曲がりすぎてしまったのだ。

 

「にゃんでそんなに曲がるのおおお!」


 聖女は理解していなかったのだ。

 前世と今生では身体能力が違うことを。

 なので、つい前世の感覚で回転をかけたのだ。

 

 結局、反対側のガターレーンにボールはおさまってしまう。

 

「だああ!」


 悔しがる聖女である。

 そこに畳みかける者たちがいた。

 

「ポンコツはあなたでしたね!」


「エーリカはエーリカなのです!」


 二人の言葉に心を抉られた聖女だ。

 

「やかましい! 見てなさい! 次よ、次!」


 やけに盛り上げる三人である。

 その三人とは別におじさんは妹とのほほんとしたボウリングを楽しむのであった。

 

 一通り楽しんだ三人は夕食の席についていた。

 その夜の食事は、おじさん肝いりの町中華三点セットだ。

 

「ふおおおお! ふおおおお!」


 ここでもテンションをあげたのは聖女だ。

 もはや言葉にならない。

 彼女にとっては懐かしいメニューだったからだ。

 しかもデザートは愛玉子おーぎょーちーである。

 

「もう無理! 食べられない!」


 聖女のギブアップ宣言で食事は幕を下ろす。

 

 その夜。

 おじさんたちは一緒の寝室にいた。

 そもそも、おじさんのベッドはムダに大きいのだ。

 

 おじさんに妹と、他三人の五人がならんで寝ても十分に余裕がある。

 クスクスと他愛のない話で笑う。

 妹は既におねむだ。

 

 深夜。

 妹はむくりと起きた。

 トイレに行きたくなったのだ。

 

 だが、怖い。

 夜の闇が怖いのではない。

 闇夜にうかぶ、あの赤子を抱いた侍女が怖いのだ。

 

「ねーさま」


 妹はおじさんを起こす。

 

「どうしたのです?」


「おてあらい、いこ」


 妹の言葉に頷いて起きるおじさんである。

 その気配につられたのだろうか。

 皆が目を覚ましてしまった。

 

「どうせなら皆で行きますか」


 おじさんの寝室を出て、トイレへと向かう。

 本当はおじさんの部屋にもある。

 だけど、おじさんはちょっとお茶目をしたくなったのだ。

 

「ふぅ……まったくトイレに行けないなんて。いい年をして」


 内心はビビっている聖女が強がる。

 やはり夜のお屋敷は怖いのだ。

 

「あの赤子を抱いた侍女の姿がちらつくのです」


「仕方ありませんわね」


 おじさんと妹がトイレからでてくる。

 三人ともお手洗いをすませて、おじさんの部屋に戻った。

 

 ベッドの中に戻ってクスクスと笑いあう。

 他愛のないことが楽しい。

 

 そんな折りであった。

 おじさん部屋の窓が急に開く。

 風が吹き、カーテンが揺れる。

 

「え?」


 その言葉は誰があげたものか。

 全員が窓の方を見た。

 

 そこには赤子を抱えた、ゾンビ系侍女の姿がぼやっとうかびあがる。

 

「きゃああああああ!」


 おじさん以外の口から悲鳴があがる。

 しめしめという表情のおじさんだ。

 

「…………」


「お嬢様、ご無事ですか!」


 おじさん付きの侍女が部屋に入ってくる。

 そこで侍女もとまってしまう。

 

 ゾンビ系侍女の姿が目に入ったからである。

 

「あ……あ……」


 ゾンビ系侍女が、邪悪な笑みに表情を変えた。

 その瞬間、侍女が落ちた。

 

 見れば、妹や聖女、アルベルタ嬢にパトリーシア嬢も気絶していたのである。

 おじさん、さすがにやり過ぎであった。

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