第397話 おじさん薔薇乙女十字団と怪談を話す


 おじさんちの四阿あずまやにて聖女が語り始める。

 学園に伝わるという七不思議を。

 おじさんだけではなく、アルベルタ嬢もパトリーシア嬢も妹も興味津々である。


 こほん、と咳払いをひとつして聖女は語った。

 

「最初はね、幻影たちの舞踏会っていうネタがあってね」


 幻影たちの舞踏会。

 なかなかのパワーワードである。

 ずきゅんと胸に響くおじさんだ。


「学園の大っきな講堂があるでしょう。あそこで幻影たちが集まって舞踏会を開いているそうなのよ。月の満ち欠けとか、数秘術に則って、特定の日にだけ行われているの。でも幻影たちの舞踏会を目撃した人はほとんどいないそうよ」


「み、見てしまったらどうなるのです?」


 パトリーシア嬢が緊張しながら聞いた。

 聖女がニヤリと笑う。

 

「決まってるじゃない。幻影の仲間になってしまうのよ!」


 かああ、と爪を立てるような手をして、パトリーシア嬢を驚かす聖女だ。

 その姿に最も反応したのは妹だった。

 かああ、と聖女の真似をしている。

 

 妹の愛らしさにパトリーシア嬢は救われたようだ。

 それでも若干だが顔を引き攣らせている。

 

「次は消失する秘密の手紙ね。学園内で手紙やメモのやりとりをするじゃない? 他愛のない手紙やメモは問題ないんだけど、秘密のことを書いた手紙はいつの間にか消えてしまうらしいの。ふつうなら誰かが盗んだのかもって話でしょ」


 聖女の言葉に皆がうんうんと頷く。


「でもね、ちがうの。だって誰かが盗んだとしたら、その秘密は出回っちゃうでしょう? でも秘密は出回らないのよ。そしたら盗む意味なんてないでしょう? だから学園では秘密の手紙を残しちゃダメっていう話になってるの」


「ううん」


 と、アルベルタ嬢が首を捻っている。

 

「それって清掃員の方が……」


「……アリィ! それは言わない約束なの!」


 聖女の声が飛ぶ。

 

「やくそくなの!」


 妹も聖女に便乗したことで、アルベルタ嬢も矛をおさめる。

 無粋でしたわ、と謝ったところで聖女が話を続けた。

 

「お次は呪われた噴水の話ね!」


「噴水? 学園に噴水なんてありましたっけ?」


 おじさんの質問に聖女が答える。


「私も最近まで知らなかったんだけど、旧学舎の奥が庭になってて、そこに小さな噴水があるんだって。で、ね。月に一度くらいの割合で深夜になると歌声が聞こえてくるのよ。悲しそうな女の人のときもあれば、陽気な男の人のときもあるんだって」


「そ、その歌声を聞くとどうなるのです?」


 パトリーシア嬢が緊張した面持ちで聞く。

 

「どうにもならないわ! 拍手をすると噴水の水が変な動きをするんですって」


「拍子抜けなのです」


 と、パトリーシア嬢が安堵したときである。

 おじさんちの噴水がどーんと噴きあがった。

 

「うひぃいいいいいいい!」


 アルベルタ嬢、パトリーシア嬢、聖女の三人が声をあげた。

 おじさんはもちろん心当たりがある。

 水の大精霊であるミヅハが転移してきたのだ。

 

 そして妹はと言えば、もう慣れっこである。

 だってウォーターショーを何度も見ているのだから。

 

「リ、リー?」


 聖女がおじさんを見る。

 

「大丈夫ですわ。うちの者がちょっと粗相をしたのでしょう」


 おじさんはミヅハからもらった耳飾りをさりげなく触る。

 念話にて来客中であることを告げたのだ。

 了承と短い返答があった。

 

「ううん。リーがそう言うなら。じゃあ次が最後ね」


 聖女の言葉にアルベルタ嬢が口を挟む。

 

「ちょっと待ちなさい、エーリカ。先ほど七つの不思議があると言いましたよね?」


「そうよ」


 と、悪びれもなく言う聖女だ。

 

「幻影たちの舞踏会、消失する秘密の手紙、呪われた噴水で三つ。次の話を入れても四つです」


「もう! アリィってばわかってないわね!」


 聖女の言葉に困惑するアルベルタ嬢だ。

 

「こういうのは七不思議・・・・って言うの。実際には七つなくても七不思議なの! 八つあっても七不思議なの!」


「意味がわかりませんわね。四不思議や八不思議でいいじゃありませんか?」


「言いにくいの! 七不思議がいちばん言いやすいの!」


「そういうものですか?」


 聖女の熱弁に圧されたアルベルタ嬢がおじさんに話を振った。

 そこでおじさんも頷いた。

 

「そういうものですわ!」


「リー様が仰るなら」


「まったく! じゃあ気を取りなおして最後の話に行くわよ。時間が歪む階段の話ね。さっきの呪われた噴水の話でもでてきた旧学舎があるじゃない。いまは許可がないと入れなくなっているんだけど、その原因になったのが時間が歪む階段なのよ!」


 ほう、とアルベルタ嬢が頷く。

 パトリーシア嬢も前のめりになっている。


「旧学舎三階にね、屋根裏に通じる階段があるんですって。この階段を一段飛ばしで登って、下りるときはふつうにしたら、時間が歪むの。時間の流れが速くなったり、遅くなったり。そのせいで一気に年を重ねた人もいれば、逆に若返った人もいるらしいの!」


「んーなんだか微妙なのです!」


 素直な感想を漏らすパトリーシア嬢であった。


「期待していたほどじゃなかったわね」


 辛辣な言葉を吐くアルベルタ嬢である。

 

「そういうことは七不思議を理解してから言いなさいな! まったく!」


 プリプリと怒りながら、聖女がお茶を口に含む。

 ついでに残っていたランタンの実を、ひょいひょいとつまんでいく。

 

「あー! えーちゃんずるい、そにあも!」


 ひな鳥のように口をあける妹だ。

 その口にランタンの実を入れてやる聖女である。

 そんな微笑ましい光景を見ていた、おじさんが口を開く。

 

「そうですわね。では、わたくしも少しお話をしましょうか」


「へぇ……リーもそういうの好きなんだ」


 聖女の言葉に頷いて、おじさんはゆっくりと語り出した。


「これは当家に伝わる古い文献に記されていた話ですの。家名については差し障りがあるので控えさせていただきますが、とある国の貴族家の話だと思っていただきたいのです」


 そう前置きをしてから、おじさんは続きを話す。

 

「それは遠い遠い北にある国のお話ですの。王国とはちがって、その国は冬になるととても寒くなります。人の背丈をゆうに超えるほどの雪が積もり、小さな氷まじりの風が吹きすさぶ。そんな厳しい冬の日のことですわ」


 おじさんの語りに皆の耳が吸い寄せられている。

 それは近くにいる使用人たちも同じだった。

 

「夕食も終わり、暖炉の前での一家団欒をしていた、とある貴族家。その家のうら若き令嬢が突然話をしだしたそうです。それは何代か前に起きた悲恋の物語でした。当時の貴族家の跡取りと、その家で働く侍女が恋に落ちたのです」


 おじさんは、お茶で唇を湿らせた。

 

「しかし跡取りには許嫁がおり、既に結婚も決まっていました。その婚約を破棄して、侍女と結婚したいと言う跡取り。当然ですが、父である当主は反対します。真実の愛を見つけたのだ、という跡取り。願いが叶わなければ、貴族の地位を捨ててもいいとまで言いだします」


 やはり女子である。

 こうした恋愛の絡む話は大好物なのだろう。

 うっとりとした表情でおじさんの話に耳を傾けている。

 

「跡取りと当主が結婚を巡って諍いを起こすほど、その問題は深刻なものになりました。ところがある日、件の侍女が姿を消してしまうのです。一通の手紙を残して。そこには身分違いの恋をして申し訳ありません、身を引きますと記されていました」


 憤慨する面々である。

 侍女が可哀想だ、と。

 

「跡取りは伝手を使って、侍女を探しました。しかしどんなに探しても彼女の姿を見つけることはできなかったのです。すっかり傷心してしまった跡取りですが、彼は許嫁と結婚した後でもこっそりと彼女の行方を捜していました。幸せになっていてくれるのなら、それでいいと」


 アルベルタ嬢はハンカチで涙を拭いている。

 パトリーシア嬢も同じだ。

 聖女も鼻をグズグズいわせている。

 

「しかし、どれだけ捜索しても彼女の姿は見つかりません。やがて月日が経ち、跡取りもまた老人となってしまいました。その年齢になっても侍女の行方はようとして知れず。結局は彼女のことを思ったまま亡くなってしまいましたの」


 完全におじさんの話に引き込まれている面々だ。

 使用人たちの中でも、目頭を押さえている者がいる。


「令嬢の話はそこで終わりました。当主は聞きましたの。どうしてそんな話を知っているんだい、と。当主ですらその話を聞いたことがなかったからです。そのときでした。部屋中の灯りという灯り、暖炉の火までふっと消えてしまいます」


 ごくり、とツバを飲む音が複数聞こえた。

 

「真っ暗になった部屋の中、令嬢の声だけが響きます。私の名はエレーナ。当時の当主に邸の地下に幽閉され、冷たく寒い牢の中で死んだのだ、と。お腹の子と一緒に死んだのだ、と。そう、その令嬢の名もエレーナだったのです」


 おじさんはこっそりと魔法の準備をする。

 

「貴族家の面々は声を失いました。そこで暖炉の薪だけが、ぽっと火を点けました。薄ぼんやりとした部屋の中央。そこには……」


 と、おじさんが魔法でリアル過ぎる幻影をだす。

 ボロボロになった服をまとい、青白い顔をした侍女の姿を。

 その侍女の手には赤子まで抱かれていた。

 

 おじさん的には“ぎゃああ”となって終わる予定だったのだ。

 しかし、誰からも声があがらない。

 

 見れば、その場にいた全員が白目をむいて気絶していた。

 使用人たちも同様である。

 

「あれ? やりすぎてしまいましたか?」


 ちょっぴり反省するおじさんであった。


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