第396話 おじさん侯爵家の面々の理解を超えてしまう
アルベルタ嬢たちを見送り、エントランスに戻る。
アミラの権能によって、私室まで転移させてもらうおじさんだ。
ダンジョン内に限定されるとは言え、どこでも転移できるのはとても便利である。
「アミラ、ご苦労様ですわ」
「ん!」
バンザイのポーズを取るアミラだ。
そして、モニターを見ると建国王たちが地面に倒れ伏していた。
しかもプスプスと煙をあげている。
「どうしましたの?」
「お母様のビリビリ!」
ああ、と納得するおじさんである。
「スプリガンも居ることですし、放っておきましょうか」
「ん!」
おじさんはダンジョン内を視察していたスプリガンに声をかける。
便利なアミラの権能である。
「スプリガン。わたくしたちは戻ります。後は任せても大丈夫ですか?」
「うむ。お任せあれ、マスター」
自信に満ちた声におじさんは満足した。
「では、よろしくお願いしますわね」
と、残してアミラとともに公爵家のタウンハウスへと転移する。
そこでアミラを残して、再度ダンジョンへ。
ダンジョンから出て、おじさんは夜迷いの森へと足をむけた。
飛んでもいいのだが、少し身体を動かしたくなったのだ。
トントンと軽くその場で跳んで、ドンと走る。
聖女のように木の根っこに足を取られたりはしない。
なぜならおじさんは幹や枝を足場にして、次から次へと跳んでいくからだ。
風を切る感覚が心地良い。
やっぱりちょっとアスレチックをしてみたかったおじさんなのだ。
ものの数分で森を突っ切る。
最後に大きく枝をたわませて、その反動で大きく跳ぶ。
クルクルと空中で回転しながら着地を決めるおじさんだ。
「うわあ!」
シンプルに驚くアルベルタ嬢の護衛騎士たち。
見れば、馬車の御者たちも目を剥いていた。
「リ、リリリ、リー様?」
顔見知りであるアルベルタ嬢付きの侍女がおじさんを見て跪く。
侍女に合わせるように、全員が膝をついて頭をたれた。
「あら。こんにちは。アリィたちは戻っていますか?」
「いえ、お嬢様はまだお戻りになっていません」
「そうですか。もう少しすれば到着するでしょう。少し待たせていただきますわ。あ、いつもどおりにしていてくださいな。わたくしのことは構わなくても大丈夫です」
と、言われてもである。
おじさんの奔放さに他家の人はなれていないのだ。
さっきから勢いに飲まれてしまっている。
おじさんは宝珠次元庫から椅子を取りだして腰掛けた。
一人がけのチェスターフィールドソファーである。
総革張りの豪奢な椅子に男装の麗人姿のおじさんは似合っていた。
ここは草原である。
そのミスマッチもまた絵になるのだ。
場にいた全員がおじさんに見惚れてしまう。
ふわりと風になびく、おじさんの髪。
いつの間にか、おじさんはサイドテーブルと飲み物まで用意している。
ただ森の方を見つめながら、優雅にカップを手にするのだ。
フィリペッティ侯爵家。
言わずとも知れた大貴族である。
その貴族家に仕える者たちですら、おじさんの前では形なしだったのだ。
これまでの生涯でしたことのない緊張が続く。
おじさん以外の全員が思っていた。
アルベルタお嬢様、早く帰ってきて、と。
その願いが通じたのだろうか。
程なくして、アルベルタ嬢たちが姿を見せた。
おじさんの姿を見つけると、勢いよく駆けよってくる。
「リー様。お待たせしてしまい申し訳ありません」
アルベルタ嬢がおじさんの前できれいに頭を下げる。
「お気になさらず。では、参りましょうか」
「うちの馬車をお使いになりますか?」
「……いえ、時間がもったいないですわ」
おじさんの言葉にアルベルタ嬢たちが首を傾げる。
「今から起こることは内緒でお願いしますわね。わたくしの家に迎えにきてくださいな」
おじさんはフィリペッティ家の騎士や侍女たちにむけて、ニコッと微笑む。
唇にその指をあてて、しぃーとポーズまでとる。
「は?」
アルベルタ嬢付きの侍女が顔をあげる。
だが、既におじさんたちは逆召喚で転移していたのだった。
「お、お嬢様?」
疑問に思いながらも、ほう、と息を吐く。
圧倒的な圧が消えたことで緊張がとけたのだ。
侍女の他にも騎士たちも同様であった。
「……いいですか。リー様の御言葉を決して違えぬように」
侯爵家の人間が全員、恐ろしい勢いで首肯した。
「では、カラセベド公爵家のタウンハウスへ参りましょう」
まるで狐につままれたような思いを抱く侯爵家の面々であった。
「……と言うことですの!」
公爵家のタウンハウスである。
その庭にある
おじさんの膝の上には、妹がちょこんと座っている。
心配した妹が離れなかったのだ。
「なるほど。イトパルサに。大聖堂があるのですよね?」
「イトパルサは行ったことがないのです!」
アルベルタ嬢とパトリーシア嬢は、おじさんの話に興味津々である。
そんな中、聖女はおじさんの妹と料理に舌鼓をうっていた。
「えーちゃん。これ、おいしいよ」
聖女のことをえーちゃんと呼ぶ妹である。
「なにこれ? 白くてプニプニしてるわね」
ランタンの実である。
イトパルサで食べ、聖樹国で仕入れた果物だ。
「んーなんとかっていうくだもの」
妹の言葉に頷いて、聖女はランタンの実を手の平にのせる。
そして手首をポンと叩いて、実を飛ばして口の中に入れた。
「きゃー! おもしろーい!」
妹がはしゃぐ。
「美味しいわね! ほれ、そーちゃんもやってみ?」
「うん!」
と、妹の小さな手にランタンの実をのせる聖女である。
「やってみ? じゃありません!」
パコンと軽い音が鳴って、聖女が頭を押さえる。
「ったいわねぇ! ちょっとしたお遊びじゃないの!」
アルベルタ嬢が聖女の頭を小突いたのだ。
「エーリカ、蛮族を増やそうとするのはダメなのです!」
「誰が蛮族よ! 国一番の聖女をつかまえてなんて不敬なの!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎだす聖女とパトリーシア嬢であった。
「……ばんぞく」
妹が手の平にある実を見た。
その実をそっとつまんで、妹の口に入れるおじさんだ。
「ソニア、お行儀の悪いことをしてはいけませんわ」
にこりと微笑むおじさんだ。
妹も笑顔で、うん、と返す。
「そう言えば、なんだけど……」
いつもの様式美が一段落したところで聖女が、ランタンの実をつまみながら口を開いた。
「知ってる? 学園には七つの不思議があるってこと」
「ほう……それは面白そうですわね!」
おじさんが目をキラキラとさせる。
都市伝説とかそういうのは好きなのだ。
あくまでもエンタメとしてだが。
なので、自分が都市伝説と化したことは封印したい歴史である。
「なんなのです! それは初耳なのです!」
パトリーシア嬢ものってくる。
アルベルタ嬢もいつもより前のめりになっていた。
「むふっふっふ。実はね、これはうちの小兄が言ってたんだけどね……」
こうして季節外れの怪談大会が始まるのであった。
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人物紹介のところに薔薇乙女十字団のメンバーを追記しておきました。
興味のある方はお時間のある時にでもご確認ください。
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