第388話 おじさん光の大精霊と出会う


 色々とあった一日だった。

 あの後、母親は事情を説明するために王城へと足を運んだ。

 

 王城でも音が確認されていたこともあり、すんなりと話がとおる。

 すぐさまに調査隊が派遣され、ダンジョンが消えたことが正式に確認された。

 

 その報せを受けて、王城では軽い騒ぎになってしまう。

 初級とは言え、ダンジョンがひとつ消えたのだから。

 現在は学園の生徒が利用する場所ではあるが、やはりダンジョンがなくなるのは痛い。

 

 その日。

 父親と母親はタウンハウスに戻ることはなかった。

 大会議が催されて、侃侃諤諤の議論が行われたからである。


 ちなみに母親は会議の最初で言った。

 

「なんとかなるから大丈夫よ」


 けだし慧眼だと言えるだろう。

 だが、そんな母親の言葉に深く頷いたのは、父親を含めた上層部の人間だけであった。

 両親以外には国王に宰相、軍務卿と学園長である。

 

 彼らはかの超絶美少女を頭に描いていたのだから。

 この六人に限って言えば、大会議は退屈なものだったろう。


 しかし他の貴族たちはちがう。

 なにせこの会議もまた自分を目立たせるための場なのだから。

 

 ここぞとばかりに自説を開陳する者。

 それを否定する者、代替案をだす者。

 王国貴族内で行われたレスバトル大会であった。

 

 一夜明けて翌日のことである。

 未だに公爵家邸は火が消えたかのように静まり返っていた。


 家族、使用人、騎士たち。

 誰もがおじさんのことを心配していたのである。

 そのおじさんはと言えば、ミヅハとヴァーユの二人が聖域へと連れて行って不在だ。

 

 つまり公爵家のタウンハウスには、メルテジオ、アミラ、ソニアのお子様組しかいない。

 ただ救いと言えば、祖父母と建国王がいたことだろうか。

 変事を聞きつけて、領都から祖父母はやってきたのだ。

 

 さすがに年長の三人だ。

 不安になるお子様組を励まし、できるだけ明るくなるように努めていた。

 

 ちなみに一夜経った今でも、トリスメギストスは庭でぷすぷすと煙をあげている。

 時折、ヒクヒクと動くことから生きてはいるのだろう。

 ただ誰も近寄らなかった。

 

 聖域へと連れて行かれたおじさんは一夜経って、すっかり平常運転に戻っていた。

 朝から聖域の温泉に浸かり、精霊たちと戯れる。

 下級の精霊たちがおじさんに群がり、その心を癒やしてくれたのだ。

 

「リー、もう大丈夫かい?」

 

 ミヅハが優しい表情でおじさんに声をかけた。

 ちなみにミヅハはお気に入りの壺湯の中である。

 

「ええ。すっかり元気ですわ!」


 ニッコリと微笑むおじさんに陰は微塵も感じられない。


「よかった。リーがあのままだとお母様も気に病まれてしまうところだ」


「ご心配をおかけしましたとお伝えください」


「ああ……。そうだな、リーにひとつ頼みがある」


 壺の中でとろけそうな表情をしていたミヅハが真剣な表情になった。

 

「お母様のことを嫌わないでほしい。リーのことを愛しているからこそ、あの無礼な阿呆に対してお怒りになったのだから」


「ええ。わかっています。そんなことくらいで嫌ったりしませんわ。女神様には感謝しているのですから」


「うんうん。その言葉が聞けて安心だ。リー、アミラのコアはこちらで保管しているから好きな場所にダンジョンを作るといい」


 再び、とろけた表情になるミヅハだ。

 よほど壺湯が心地良いのだろう。

 

「よろしいのですか?」


「かまわん、かまわん。というよりも、だ。お母様からも許可をいただいている」


「なら安心ですわね。ですが、ダンジョンを作るといってもどうすればいいのかわかりませんの」


「ああ、それなら問題ない。そろそろ……」


 と、ミヅハの言葉を遮るように中空に光球が現れる。

 光輝くそれは小さな太陽のようでもあった。

 おじさんは思わず目をつぶってしまう。

 

 その光球から姿を見せたのは、背に十二対二十四翼を持つ光の大精霊だ。

 天使を思わせる姿であるが、先の阿呆とは異なると一見して理解できるほどの違いがあった。

 

 白金色に輝く髪に、おじさんと似たアクアブルーの瞳。

 薄い青色のふわりとしたラインのワンピースがよく似合っている。


 ただ、その手には錫杖を持っているのが高位の者っぽい。

 聖女より聖女らしい出で立ちだと言えるだろう。

 

「初めまして、ですね。リー」


 ふわりとした優しい微笑みを向ける光の大精霊であった。

 見目麗しいお姉さんといった感じだ。

 その表情からも優しさがにじんでいる。

 

「お初にお目にかかりますわ。光の大精霊様」


 おじさんも同じく柔らかな笑みをうかべる。

 美女と美少女が微笑みをあう。


「ええい、まどろっこしい。リー、名前をつけてやってくれないか?」


 ミヅハの一言に光の大精霊が狼狽えた。

 その姿はおじさんから見ても可愛げがある。


「ば、ばか! そういうことはもっとこう手順を踏んでするものです!」


「いやもう三人目だし。後がつかえてるんだから早くしろ」


「まったく! それじゃ私が誰にでも名前をつけさせるみたいじゃないですか!」


 大精霊たちの話を聞きながら、おじさんは既に考えていた。

 光の神はおじさんの知識の中では少ない。

 

 例えばケルト神話にでてくる光の神がルーだ。

 後は太陽神に属する場合がほとんだろう。

 

 太陽神で女神とくれば、おじさん的には天照大御神が筆頭だ。

 しかし、エジプト神話ではバステト神、ギリシア神話ではエオスがいる。

 他にも北欧神話のソル、あるいは……。

 

「マリナ、もしくは摩利支天からとってマリというのもありますわね」


 マリナはイヌイット神話にでてくる太陽神だ。

 摩利支天は暁の女神であるウシャスが原型と考えられ、武士の間で信仰されていた神になる。

 また隠形に通じる神でもあり、忍者の印としても有名だ。

 

「ほら、どっちがいいんだ? マリナか? マリか?」


 おじさんの呟きを拾ったミヅハが問う。

 

「もう! もう! もう!」


 ぷんすかといった振る舞いを見せる光の大精霊。

 それを見て壺湯の中で、息をつくミヅハだ。


「牛か」


「ちがうの! こんなんじゃないの! リーちゃんと一緒にダンジョンを作って! それでその奥に作ったきれいな場所で名前をつけてほしかったの! 思ってたのとちがうの!」


 つい思っていたことを口走った光の大精霊である。

 そのことに気づいて、顔を赤らめイヤイヤと手で覆ってしまう。

 随分と古風な御令嬢のような仕草だ。

 

「承知しました!」


 ざばん、と水しぶきをあげながらおじさんは湯船から立ち上がる。

 

「光のお姉さまの願い、このわたくしが叶えてみせますわ!」


「リーちゃん!!」


 キラキラとした瞳でおじさんを見る光の大精霊であった。

 おじさんがおじさんたる一面を見せたことに感極まってしまったようだ。

 両手で口元を隠しているのに、背中の羽がパタパタと小刻みに動いている。

  

 おじさんは湯船から出て魔法を使い、一瞬で身体を乾かす。

 そして、服まで換装してしまった。

 ドミノマスクこそしていないが、男装の麗人スタイルだ。


「では参りましょうか!」


 光の大精霊をエスコートするように、手を差しだすおじさんだ。

 その姿はあまりにも極まっていた。

 

「はいいい! どこまでもついていきます! 旦那様・・・!」


 あ! とミヅハが声にならない声をあげた。


「だ、旦那様に、わ、私の初めてを捧げます!」

 

 顔を隠しながら、身体をクネクネとさせる光の大精霊。

 その周囲に神威の力が集まった。

 

「ッアアアアアアアアあああ!!」


 お仕置きであった。



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人物紹介を公開しました。

ちょっとした裏話も入れていますので、興味のある方はお時間のある時にでもご確認ください。

抜けがあればコメント欄にて報告をいただけるとありがたいです。

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