第372話 おじさん不在の公爵家にタオちゃん来襲す


 おじさんと両親がイトパルサに出張中のことである。

 公爵家のタウンハウスに元気のいい声が響いた。


「リーちゃああああん! タオちゃん、きったおおおおーーー!」


 タオティエである。

 直通の転移陣がある地下の部屋をでて、思いきり叫んだのだ。

 ビリビリと窓が揺れるほどの声であった。

 

「リーちゃああああん! あっそぼおおお!」


 もはや勝手知ったる公爵家のタウンハウスだ。

 ずんずんと進んでいくタオティエ。

 

 そんなタオティエの前に侍女たちが姿を見せた。

 先頭にいるのは侍女長である。


 実はタオティエは公爵家の全員から好意的に迎えられていた。

 皆が天真爛漫で、純粋無垢なタオティエを気に入っていたのだ。

 

「あーー! おばあちゃんだお! タオちゃんきたお!」


 突進するタオティエ。

 その勢いを巧くいなしながら、侍女長が抱きしめる。

 

 そう。

 侍女長は娘がひとりくらいは欲しかったのだ。

 しかし、家令であるアドロスとの間に生まれたのは全員男子である。

 

 孫も産まれているが、それも男の子だ。

 男の子がかわいくないわけじゃない。

 十分に愛情を注いでいる。

 

 だけど、娘だって欲しい。

 それだけなのだ。

 

「よくきたわね、タオちゃん!」


 その頭をなでながら侍女長が言う。

 優しい目は本当に孫と祖母であるかのようだ。

 

 後ろに控える侍女たちは思った。

 いつもこのくらい優しければいいのに、と。

 

「リーちゃんいるお?」


 にぱあと無垢な笑みを見せるタオティエだ。

 その笑顔を曇らせるようなことはしたくない侍女長である。

 しかし、真実を告げねばならならい。


「お嬢様は生憎と不在ですわね」


「リーちゃん……いないお?」


 へにゃりと眉を曲げてしまうタオティエだ。

 表情ひとつで悲しいというのが伝わってしまう。

 

「そうなの。お嬢様はお出かけになっているの。だから、おばあちゃんと一緒に遊びましょう」


「いいお? おばあちゃん、遊んでくれるお?」


 少しモジモジしながら、上目遣いになるタオティエ。


「いいのです! おばあちゃんに任せておきなさい!」


「やったおーーー!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるタオティエである。

 全身で喜びを表す姿が愛らしい。

 

 侍女長たちはタオティエを連れて娯楽室へと誘う。

 おじさんが作ったゲームが大量に置いてある場所だ。

 

 そこでタオティエとの時間を楽しむ侍女長であった。

 

「侍女長。そろそろおやつのお時間ですが」


 その言葉に反応したのはタオティエだった。

 

「おやつ! 食べていいお!」


「しっかり食べていきなさい」


「やったおーーー!」


 実は公爵家邸の料理人たちからもタオティエは好かれている。

 どんな物でも食べてくれるからだ。

 

 さらに意外としっかりとした感想をくれる。

 なので主人たちへと提供する新しい料理の参考にできるのだ。

 

「タオちゃん、ではサロンへ移動しましょう」


 侍女長とタオティエが手をつないで歩く。

 その姿は祖母と孫の姿であった。

 

 公爵家のサロン。

 今は父親と母親、おじさんの三人が不在だ。

 

 アミラ、メルテジオ、ソニアの三人は在宅だが、この時間帯は勉強中である。

 そのためサロンでもゆるりとした時間が過ごせると侍女長は思っていた。

 

「あー! ばばちゃんだお! じじちゃんも!」


 サロンの扉を開けると、タオティエが弾かれたように飛び出す。

 その先には祖父と祖母がいたのだ。

 

「タオちゃん、きてたのかい」


 祖母が目を細めて、タオティエの頭をなでる。

 

「ご隠居様、御裏方様、いらっしゃっていたのですか」


 侍女長の機嫌が急降下していく。

 もちろん表情や声にはださない。

 だが、その背中が物語っているのを侍女たちは見た。


「おう。ちとリーに用があったんじゃがな」


「リー様はご不在です。御主人様と奥方様のお二人と一緒にイトパルサへ出向かれています」


「そのようじゃな。次は何が起こるのかのう、楽しみじゃ」


 心の底からそう思っているのだろう。

 柔らかい笑みを浮かべる祖父であった。

 しかし、侍女長の目は祖母と楽しそうにするタオティエにある。

 

「おーそうかいそうかい! タオちゃんは遊んでたのかい!」


「そうだお! おばあちゃんといっぱい遊んだお!」


 と、侍女長を振り返るタオティエ。

 その瞬間に侍女長の顔がだらりと崩れる。

 

 祖父はその表情を見て察した。

 これは揉めるぞ、と。

 

 歴戦の戦士の勘だろうか。

 背すじを走る怖気に尻の座りが悪くなる。

 

「ああーなんじゃメルテジオたちはどうしておるのじゃ?」


 話の転換を試みる祖父だ。

 

「今はお勉強の最中でございます」


 素っ気ない侍女長の一言で、祖父の目論見は失敗した。

 ここは孫たちの出番かと思ったのだ。

 孫たちがいれば回避できる、と。

 

 だが、そのくらいで諦める祖父ではない。

 次なる一手を打つ。

 

「なるほどのう。では、ワシは騎士たちの訓練でも見てこよう」


 と、腰をあげる。

 三十六計逃げるにしかずであった。

 

「なに王都の華やかさに腕を鈍らせておってはいかんからのう」


「本日は騎士たちも不在です。王都の復興作業に協力しておりますので最低限の警備人員しか残っておりません」


「あ……そうなの」


 浮かしかけた腰を下ろすしかない祖父であった。

 

「ところで、そのじじちゃん、ばばちゃんというのは?」


 侍女長が開戦の狼煙をあげはじめた。


「タオちゃんがおばあちゃんはダメだおって言ってたからね。その理由がわかったよ」


 バチバチと祖母と侍女長の間で火花が散る。

 もともとこの二人は主従であったのだ。

 ケルシーとクロリンダ、あるいはおじさんと側付きの侍女と同じである。

 

「お? お? おばあちゃんとばばちゃん、仲良しさんしないとダメだお!」


 勘の鋭いタオティエが空気を読んだ。

 祖父も心の中で、いいぞもっとやれと応援する。


「おほほほ、タオちゃん。おばあちゃんは御裏方様と仲良しさんですよ」

 

「お、おう? おうらー勝ったぞー? だお?」


 首を捻るタオティエである。

 蛮族の凱旋のような一言に、祖母の額で血管がピクピクと動く。

 

「もちろん侍女長・・・とは仲良しさんだよ」


「うん、おばあちゃんとばばちゃんは仲良しさんがいいお!」


 物の見事にはしごを外された祖母であった。

 だが、にぱあとした無垢な笑顔が見られて毒気を抜かれてしまう。

 

「んーでもタオちゃん思ったお! おばあちゃんとばばちゃんはどっちがつおいお!」


 それ言っちゃダメなやつーと祖父が顔を青ざめさせる。

 

 同時に二人の女傑の心に火がついた。

 

「おほほほ。愚問ですよ、タオちゃん」


 と、侍女長が笑う。

 

「ああん? 愚問だってぇ?」


 祖母が挑発的な視線で侍女長を見る。

 

「ちょ、二人とも……」


 祖父はなんとか止めようと声をかけた。


「邪魔しないでくださいませ!」


「野暮なことをお言いでないよ!」


 だが、二人からの叱責が飛んで撃沈されてしまう。

 

「お? お? タオちゃんもやるお!」


 その言葉に胃がキリキリと痛む祖父であった。

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