第371話 おじさん妖精の里と取引する


 妖精たちの騒動が一段落した頃である。

 おじさんは改めて、話を切り出すことにした。

 

 要はラバテクスの素材をどう取引するかだ。

 

 エルフの各里にある聖樹にも幼生体が復活しているだろう。

 ならば、そちらはそれでいい。

 おじさんは素材を独占する気はないからだ。

 

 この迷宮内の聖樹で採れる素材だけで十分である。

 となると、やはり選択肢はひとつしかないように思う。

 

「女王さん、ちょっとこちらへ」


 おじさんの言葉に従って飛んでくる女王だ。


「姐御! 水くさいですぜ、あっしのことは下僕と呼んでくだせえ」


「まだ、そんなことを言っていますの?」


「嫌だなぁ、姐御! あっしは姐御の忠実な部下でやんす!」


 やたらと媚びてくる女王をじとっと見つめるおじさんである。


「……なにが目的ですの?」


「よくぞ聞いてくれました! あの生意気な羽虫どもを姐御の魔法でどーんと鏖殺でやんす!」

 

 女王の言葉に他の妖精から避難の声が飛ぶ。

 

「おーぼーだー」


「女王いらなくね?」


「マジ、あーしもそう思う」


 おじさんは深く息を吐いて、女王にデコピンを喰らわせる。

 

「あうち!」


「そのようなことをお話したいのではないのです」


 おじさんの言葉に、んと首を傾げる女王である。

 

「今後、こちらの迷宮の里の方で採取できるラバテクスの糸については、定期的にお菓子と交換いたしませんか、ということです」

 

 おじさんの提案に妖精たちが湧いた。


「ただし、ひとつだけ守ってほしいことがありますわ。それはエルフの里にある聖樹で作られた糸はこちらに持ってこない、というものです。わたくしが欲しいのは、この迷宮の里の聖樹で採取されたもののみ。約束できますか?」


「うえーい!」


 妖精たちはその手があったかという表情だ。

 

「もし約束を破った場合、お菓子の取引はなしですわ! またこの里からも出て行ってもらいます! 逆に約束を守ってくれたらお菓子の割合を増やしましょう! いかがですか!」 

 

「新女王!」


「やっぱ神じゃーん」


「あーしも女王にふさわしいと思うわー」


 おじさん、いつの間にか妖精女王を推戴してしまったようである。

 そして、なぜか新女王のコールに現女王も加わっているのであった。

 

 何はともあれ、おじさんは当初の目的は達成したと言えるだろう。

 


 一方、その頃。

 ダルカインス氏族の集落に戻った母親と侍女は歓待を受けていた。

 今日も昼間からの宴会である。

 

 その大きな理由は、ルートビア風味の酒にあった。

 母親はおじさんに頼まれていたのだ。

 機会があったら渡してほしい、と。

 

「いやぁこの酒は美味いですなぁ」


 顔を赤くして、すっかり上機嫌のハルムァジンである。

 どうやらエルフはルートビア風味のお酒がお気に召したようだ。

 

 もちろん一定数ケルシーのように臭いがダメという者もいる。

 代官邸では半々くらいの割合だったのだ。

 が、エルフの集落だと約八割ほどが気に入っている。

 

 しかも、痛飲するのだ。

 おじさんが事前に用意しておいた樽は三つ。

 それがもう空になる勢いだ。

 

 あちこちでへべれけになったエルフがいる。

 クロリンダは樽に抱きつくほどだ。


「まったく! このお酒のどこがいいのよ!」


 ケルシーが鼻をつまみながら言う。

 

「にゅふふー。らからお嬢さまはざゃんねぇんなのれす!」


「うっさい! 酔っ払いは黙ってなさい!」


 今回はきちんと飴玉の瓶を別の場所で確保しているケルシーだ。

 彼女とて学習するのである。

 

「正直に言いましょう!」


 ハルムァジンが立ち上がって言う。

 

「先日の御母堂の話、私は理解できていませんでした! この酒! この酒は欲しい!」


 ちょっと前後にふらふらとしている。

 その姿を見て、母親はニヤニヤとしていた。

 

「この酒を十分な量、そう十分な量を確保するには確かに変わらねばならない!」


 ハルムァジンの言葉に八割のエルフたちが賛同する。

 そうだー、とあちこちから声があがるのをハルムァジンが手で制す。


「御母堂! ケルシーのこと、よろしくお頼み申す!」


 がばっと頭を下げるハルムァジンだ。

 一方で冷ややかな視線を送るのは侍女である。


「余計なお世話かもしれませんが、せめて酔っていないときに決めた方がいいのでは?」


 つい、侍女が苦言を呈してしまうほどにハルムァジンは酔っている。


「いいのです! うちの子が成長するためなら美……苦渋……を飲みましょう!」


 苦渋のところで酒を飲むあたり、まったく本心とは違うのだろう。

 そんな様子を見て、はぁと息をつく侍女であった。

 

「ケルシー!」


 見かねた母親が鋭い声をかける。

 

「はいいい!」


 名を呼ばれたケルシーが、言葉の強さにつられて立ち上がった。

 

「あなたは覚悟がある?」


「あります!」


「そう……人選をまちがったかと思っていたけど……うちで面倒をみましょう」


 母親の言葉の前半で顔色を変えたケルシーだ。

 しかし、うちで面倒みましょうと言われて破顔一笑する。

 

「いいいやっっふぅうううううう!」


 バンザイの状態でクルクルと回るケルシー。

 その様子を見て、クロリンダは深く息を吐いた。

 

「まずは奥様にお礼を述べなさい!」


 ゴツン、とケルシーの頭が叩かれる。


「っつああああああ!」


「覚悟があると答えたのです。これからは容赦しません」


 侍女の言葉にケルシーが顔色をなくしてしまう。

 

「え? 覚悟ってそういうこと?」


 涙目で周囲を見渡すケルシーだが、エルフたちも首肯している。


「それ以外に何があると言うのですか?」


 侍女がずずいと一歩前にでる。


「お嬢様は教えずともできてしまう御方でしたからね! あなたには厳しくいきたいと思います」


 腕が鳴りますと言いながら、指をパキパキと鳴らす侍女である。

 鳴らすの意味がちがう、とエルフは突っこまない。

 慎みある種族は空気を読むのだ。


「え? ちょっと待って、聞いてない! そんなの聞いてないんだけど!」


 慌てふためくエルフの少女。

 だが、彼女に救いの手はやってこなかった。

 だって、慎みある種族はお酒が欲しいのだから。

 

「まずはそこからですか!」


 ヒィと悲鳴をあげるケルシー。

 

「な、なにをするだー!」


 ぐぃと首根っこを侍女に掴まれて、その場から引きずられていくケルシーであった。

 その姿を見て、クロリンダは笑う。

 

 だが、侍女の標的はケルシーだけではなかった。


「あなたもです!」


 むんずと首根っこを掴まれるクロリンダ。

 

「な、なにをするだー!」


 主従揃って同じ言葉を吐くのであった。

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