第370話 おじさん念願のラバテクスを入手する


 高いびきの妖精女王である。

 一連の流れで精神的な許容量を超えてしまったのだろう。

 時折、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら眠っている。

 

「んー眠ってしまいましたか」


『仕方ないわね』


 大精霊も困り顔である。

 ただ、おじさんとしても女王が起きるまで時間を潰すのはもったいなく思うのだ。

 この辺が前世のワーカホリックが抜けていない証拠である。


「ヴァーユお姉さま、わたくし妖精の里に行って話を進めて参りますわ!」


『じゃあ私も一緒に行くわ』


「コーちゃん、面倒をかけますが女王を見ておいてくださいな」


『承知しました』


 おじさんと大精霊は妖精の里へと転移する。

 

『ああ! そんなところを!』


 妖精たちに集られて、身体を震わせているミタマである。

 

『はうあ! 天子様、見ないでくださいまし』


 よくわからないことを言うミタマの頭をひとなで。

 おじさんはパンと手を打って、妖精たちの注目を集める。

 

「あー! 大精霊様じゃあん」

 

「おひさー!」


「なにしにきたんー」


 と、騒ぐ妖精たち。

 

『静まりなさい。私たちの御子があなたちに話があるそうだから聞いてあげて』


 大精霊のフォローで妖精たちが顔を見合わせている。

 静かになったタイミングで、おじさんは口を開いた。

 

「皆さんに提案がありますの!」


「なになにー」


「お菓子の神様だー!」


「わたくし、妖精さんたちの幼生体が吐く糸が欲しいんですの。お菓子と交換ということにしませんか?」


 おじさんの言葉に妖精たちが、うぉーと声をあげる。


「マジ? マジ?」


「いーよ、いーよ、持っていってー」


「やはり神だったか!」


「あーしもお菓子の方がいいー」


 口々に叫ぶ。

 それを手で制するおじさんだ。

 もちろん魔力をグッと開放している。

 妖精たちはこの方法が効果的だと学んだのだ。

 

「とは言え、この場所は手狭になったと聞いたので新しい里を作ってきましたの。なので、こちらに残る者と新しい場所に移る者と別れてほしいのですわ!」


「えー! めんどうじゃーん」


 と妖精たちが合唱する。


「でも、ここは皆さんが生まれた故郷でしょう? 新しい場所が気に入らなかったからどうするのです?」


「わかりみー」


 おじさんの言葉に妖精たちが頷いている。

 一理あると思ったのだろう。

 顔を付きあわせて相談している。

 

 だが、暫くしてケンカが始まりそうになってしまう。

 そんな気配を察知したおじさんが先に動いた。

  

「転移陣を使って結んでしまいますから、そこまで真剣にならなくてもいいですわ!」


「転移陣ってなんじゃらほい?」


 一部の妖精たちが首を傾げている。

 

「かんたんに言うと、ここと新しい里を行き来できるものですわ!」


「さいっっこうじゃんかー」


「それ、先に言うべきー」


「では、了承してもらっていいですか!」


「いいともー」


 と、懐かしいかけ声が返ってくる。

 おじさんも大満足だ。

 

「さて、この里には糸がありますか?」


 あるよーとあちこちから返ってくる。

 

「では、ここに持ってきてくれたらお菓子と交換します!」


 おじさんの言葉が終わらないうちに、妖精たちが散り散りに飛んで行く。


「いいいやっふうううう!」


「あーしの糸、とるなよー」


「これはうちのだかんねー」


 おじさんは次々と持ち運ばれてくる糸とお菓子を交換していく。

 程なくして山のように積み上がるラバテクスだ。


『うまくやったわね、リーちゃん』


 おじさんの妖精の扱い方に感心する大精霊であった。

 今や精霊たちは大人しくお菓子にかぶりついている。

 

「これは思っていたよりも量がありましたわね」


『この糸? なにに使うの?』


 大精霊の問いにおじさんは、にやりと笑う。

 そして、宝珠次元庫へと仕舞うのだ。


「むふふ。天然ゴムがあれば色んな物に利用できますわ!」


『お姉さま、わたくし転移陣を刻んでしまいます』


 と、おじさんはちゃちゃっと転移陣用の四阿あずまやを建てる。

 そこへ転移陣を刻み、新しい里の方に作った転移陣とつなげてしまう。

 これで準備は万端だ。

 

「妖精さんたち! 新しい里へと行きますわよ」


 おー! とテンションの高い妖精たちに転移陣の使い方を教える。

 次々に転移していく様子を、おじさんは優しい目で見守るのであった。

 

 妖精たちは新しい住処に狂喜乱舞した。

 恐ろしく住み心地がいい。

 

 さらには聖樹まであるのだ。

 気に入らないはずがない。

 

「やっふうううう!」


「おー女王が寝てるーいたずらだー」


「日頃の恨み、晴らしてやるかんねー」


 妖精たちが、うししと笑いながら寝ている女王に悪戯をしかけていく。

 が、おじさんは別のことが気になっていた。

 

 ちょっと目を離している内に変化がひとつあったのだ。

 それはモリモリと聖樹の葉を食べる幼生体たちの存在である。

 

 どうやって生まれたのか。

 気になるところだが、なんだか聞きづらい話題でもある。

 

『幼生体が気になるの?』


 風の大精霊である。

 痒いところに手が届く存在だ。

 

「そうなのです。どこから生まれたのか思って」


『あれは聖樹から生まれるのよ』


「へ? そうなのですか」


『今頃はエルフの里の聖樹にも生まれているんじゃないかしら』


「では問題解決と言うことでよろしいですわね!」


 おじさんの反応にニッコリと微笑む風の大精霊であった。

 

『ありがとう、リーちゃん。実は私たちも聖樹と妖精のこと気にかけていたの。だけど適当な場所が見つからなくて困っていたのよ。リーちゃんならなんとしてくれるか思ったけど、こんなに早く解決してくれるなんて……本当に良かったわ』

 

「そうなのですか! それはようございました」


『ええ! あのままだと聖樹が暴走する危険性もあったのよ!』


 おじさんは預かり知らないことだが、聖女ならこう言っていただろう。

 それって二作目に登場する初見殺しの中ボスじゃない! と。

 

 おじさんと風の大精霊が話をしている最中である。

 

「はうあ!」


 まるで悪い夢でも見たかのように、女王が飛び起きた。

 そして、目の前の光景に驚きを隠せない。

 

 妖精たちが群れ飛び、聖樹を食む幼生体たち。

 久しく見ることがなかった光景である。

 

 こぼれ落ちそうになる涙を堪え、女王は飛んだ。

 そしておじさんの元へ行く。

 

「大精霊様、御子様。ありがとうございました!」


 顔をあげておじさんたちを見る女王。

 その瞬間、おじさんと風の大精霊が吹きだしてしまった。

 

 なにせ女王の顔は落書きだらけだったのだから。

 ごんぶとのつながり眉、ほっぺたにはグルグル模様、額にはバカ女王と書かれていたのだ。

 

「あははは!」


 おじさんは明るい声をあげて笑う。


『なにその顔!』

 

 風の大精霊も腹を抱えながら、息も絶え絶えに女王に告げた。

 

「へ?」


 と、途惑う女王が魔法で水鏡を作りだして確認する。

 

「おのれ! 絶対に許さんぞ、虫けらども! じわじわとなぶり殺してくれるわー」


 ぶぅんと飛び立つ女王。

 正しくお前が言うな、であった。

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