第369話 おじさん妖精女王をわからせる


 だん、だんと地面を叩いて悔しがる妖精の女王。

 その姿を見ると、なんだか悪いことをした気になってくるおじさんだ。

 声をかけようかどうか迷ってしまう。

 

『ねぇリーちゃん』


 そんなおじさんを見かねたのだろう。

 風の大精霊が声をかけた。

 

『あれ、嘘泣きだから』


「はへ……」


 間の抜けた声をだしてしまうおじさんだ。

 そして、嘘泣きをバラされた妖精女王は、口笛を吹きながらぶーんと飛び立つ。

 

「そうなのですか……なるほど。すっかり騙されましたわ!」


 これが生粋の女子なら騙されないのであろう。

 しかしおじさんの中身はおじさんなのだ。


 プルプルと身体を震わせたおじさんは、キッと中空を睨んだ。

 

「暗黒よー! 闇よー!」


 おじさんの両手に魔力が集まってくる。

 と、同時に聖樹がざわざわと葉を揺らす。

 

界の混沌より禁断の黒焔・・を喚びさませ!!」


 おじさんの複雑な詠唱が続いていく。

 その間もおじさんの魔力はグングンと高まっていくのだ。

 ビリビリとした振動が迷宮の階層全体を覆い尽くす。

 

『待って! リーちゃん!』


 風の大精霊の制止もおじさんには届かない。


「ダイオミ!」


 逆三角形と円を組み合わせた刻印が宙に浮かび上がる。

 

「ギーザ!」


 おじさんが手で印を組む。

 

「オージ!」


 魔法刻印が輝きを増していく。


『謝って! リーちゃんに謝って!』


 風の大精霊は顔を真っ青にしている。

 主犯である妖精女王は完全に腰を抜かしていた。

 

 既に飛ぶのをやめて地面に座りこんでいる。

 ガタガタと肩を振るわせ、本気の涙を目にためているのだ。

 

 おじさんがニコリと微笑んだ。

 笑顔であるが、目は笑っていない。

 

「禁断の黒焔にて浄化されたいですか?」

 

「ごめ、ごべんなざいいいいい!」


「わたくし、次は許しませんわよ」


「は、はいいいい!」


 妖精女王が起立して、おじさんに敬礼する。


「よろしい。今回は見逃してあげますわね!」


 パチンとおじさんが指を弾くと、中空に浮かんだ魔法刻印が消えた。

 それと同時に高まっていた魔力も雲散霧消してしまう。

 

『え、と……リーちゃん?』


 風の大精霊は恐る恐るといった感じで、おじさんに声をかけた。


「なんですの?」


 おじさん、今度は本当の微笑みである。


『えーと、怒ってたんじゃないの?』


「あのくらいで怒ったりはしませんわ。嘘泣きに対抗して、ちょっとお茶目をしただけですの」


『お、お茶目……』


 風の大精霊はその言葉に腰を抜かしそうになる。

 先ほどの魔力の高まり。

 

 どんな魔法なのかは想像もつかない。

 ただ大精霊に理解できたのは、世界を滅ぼしかねない力だと言うことだ。

 

「…………」


 妖精女王は立ったまま気を失っている。

 その顔は天国への階段を開いたかのような優しい笑顔であった。


『こほん。リーちゃんに言っておくことがあります』


 風の大精霊はわざとらしく咳払いをする。

 

『さっきの魔法は封印しましょう』


「なぜ!?」


『危険だからよ!』


「そうでもありませんわよ。積層型の立体魔法陣を作ってその範囲内にしか被害を及ぼしませんもの。しかも効果時間が過ぎれば元の世界へと魔法陣内のモノはすべて転移しますし」


『……そうなの?』


「そうなのです!」


 自信満々に答えるおじさんであった。

 

「お姉さまも覚えてみますか? 積層型の立体魔法陣!」


『それって便利なの?』


「とっても便利ですわよ! 特にお姉さまのような広範囲に渡る魔法が多い属性だと効果抜群ですわ!」


『いいわね、教えてちょうだいな!』


 風の大精霊とおじさんは頭を突き合わせて話を始めてしまう。

 その間、妖精女王のことはすっかり頭から抜け落ちていた二人であった。

 

『なるほど。これはよくできているわね!』


 魔法のプロである大精霊から褒められるおじさんである。

 独自開発をした甲斐があったというものだ。

 

「トリちゃんとがんばったのです!」


【刃嵐・改】


 本来は風の刃を乱れ飛ばす魔法である。

 積層型の立体魔法陣の内部という限定された空間で使えばどうなるのか。

 その効果は一目瞭然であった。

 

『すごいわ! リーちゃん!』


「でしょう?」


 ふふん、と胸を張るおじさんであった。

 

『マスター』


 そんな二人に声をかけたのはコルネリウスであった。

 さすがに無視され続ける妖精女王を不憫に思ったのである。

 

『あの……妖精が……』


 見れば、女王は既に意識を取り戻していた。

 おじさんと大精霊を見ながら、もじもじとしているのだ。

 

「あら、どうしましたの? 女王さん」


 おじさんが女王に声をかける。

 

「げへ、げへへ。あっしのことは下僕とでも呼んでくだせえよ、姐御」


 蝿のように高速で手を揉みながら、おじさんに媚びる女王であった。

 

「なんですの、姐御って?」


「いやだなぁ。さっきのアレ! あんなもの見せられちゃもう!」


 火でも起こせそうな手揉み具合だ。

 

「さ、姐御! 命令してくだせえ、姐御の命令ならどこまでもついていきやす!」


 おじさんはっと女王を見る。

 なんだか面倒臭そうなスメルが漂っているのだ。

 

 無言の時間が続く。

 だがそれも長くは保たなかった。

 

「う……うわーん! ごめんなさい。許してください。もうしません。二度と逆らいません!」


 女王が今度は本気で泣いた。

 やっぱりとおじさんは納得するのであった。

 そして、女王にむかって口を開く。

 

「許します。ヴァーユお姉さまにも誓いますわ!」

 

「ほ、ほんとに?」


 女王が上目使いになっておじさんに確認をとる。

 だから、コクリと頷いてやった。

 

 その態度を見て、安心したのだろう。

 女王は後ろ向きにゆっくりと倒れていく。


 そして、ぐごごと寝息を立てるのであった。

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