第368話 おじさん新しい妖精の里を作る


 どごおん、と派手な音がした。

 続いて、ガラガラガラと天井が崩れ落ちてくる。

 

「お。おほ……おほほほ」


『マスター! 縦方向に階層を新たに作ります! ご許可を!』


「お願いしますわ! コーちゃん!」


 おじさんの許可が出るのと同時に、コルネリウスがフロアを追加する。

 その瞬間にガラガラと崩れ落ちる天井の音が消え去った。

 

『んん。リーちゃん、最近なにかあった?』


 風の大精霊が翠色の目をおじさんにむける。

 

「特に何も……いえ、ありましたわね。先日、イトパルサの大聖堂へ行きましたの」


 そのときに起こったことを告げるおじさんである。

 特に隠すようなこともないからだ。

 

『なるほど……ね。うん……魔力が馴染むまで少し時間がかかりそうね。リーちゃん、後日でいいから聖域においでなさいな。ちょっとだけ手助けしてあげるわ』


「本当ですか! それは助かりますわ!」


『あの、マスター。聖樹がまだ成長しているのですが……』


 コルネリウスの言葉におじさんも聖樹の方を見る。

 確かにまだ根っこの部分が太く、大きく脈動しているのがわかった。


「お姉さま、聖樹の成長を止めることはできませんか?」


『無理ね。リーちゃんの魔力の質が良かったのと量が豊富だったから。たぶんまだまだ大きくなるわね。たぶんだけど大聖樹に匹敵するくらいかしら?』


「ダルカインス氏族にある聖樹と比べると、どの程度大きいのですか?」


『だいたい二倍くらいかしら?』


「コーちゃん! 階層を追加しておいてくださいな。そうですわね、どーんと十階層くらい。いけますか?」


『お望みとあれば問題なく』


 すぐさま指示に従うコルネリウスである。


 結果的に十二階層分の高さで、若干の余裕がある程度まで聖樹は育った。

 ほへえ、と思わず声をあげてしまうおじさんである。

 

『この聖樹なら問題ないわね』


 ぺちぺちとその幹を叩きながら風の大精霊が笑った。

 

「ふぅ……よかったですわ。あとは環境を整えておきましょうか」


 と、おじさんはコルネリウスに指示をだす。

 水源となる泉に草花、果樹などをどんどん植えていく。

 だいたい一時間くらい作業しただろうか。

 

 すべてを整えておじさんが言った。

 

「まぁこの辺りにしておきましょう。細かい部分は妖精さんたちに任せますわ」


 妖精の里にあったような風景を再現している。


『ここはいいところね。下級精霊たちにも遊びにこさせていい?』


「もちろんですわ!」


『ありがとう、リーちゃん』


「では、お姉さま。わたくし、ちょっと妖精さんたちを呼んでまいりますわ」


 スルスルとおじさんの足下に絡むミタマである。

 その頭をひと撫でして、おじさんは一緒に転移するのであった。


 おじさんは妖精の里に残していた小鳥を目印に転移した。

 その瞬間、妖精たちが口々に声をあげる。

 

「おー! さっきの子じゃーん」


「で? で? で?」


「お菓子の神さま!」


『静まれえ! この御方を何方と心得る! 畏れ多くも天子様なるぞ!』


 ミタマが吼えた。


「き、キツネじゃーん!」


 妖精たちはふわもこの動物が好きなようである。

 いっせいにミタマに対して群がっていく。

 

『こ、こら。こなたを撫でていいのは天子様だけなのに……』


 妖精の一人や二人なら問題ない。

 だが、雲霞うんかのごとくたかられては、どうしようもなかった。

 

 なんだかんだで嬉しそうなミタマを見て、おじさんは女王を探す。

 さて、どこに居るのかと思った瞬間であった。

 

「うっひょー。もふもふや! もふもふやでー!」


「ちょ、女王! じゃまー」


「女王、マジでじゃまなんだけど!」


「やかましい! 女王だからこれでいいのです!」


 おじさんの耳に聞こえてきたやりとり。

 その先を見ると、女王はミタマの尻尾を身体に巻きつけていた。

 

 でろり、と顔をとろけさせた女王に威厳などない。

 おじさんはひょいと女王をつまんだ。

 

「まったく、何をしていますの?」


「ああーもふもふがー」


 と叫ぶ女王であったが、おじさんを見て我に返ったようである。

 

「お、おほん。これはお見苦しいところを見せてしまいましたね」

 

 おじさんは女王の言葉に返答せず、妖精たちに声をかける。

 

「ちょっと女王を借りていきますわよ」


 妖精たちの返答を待たずに、迷宮の聖樹階層へととんぼ帰りだ。

 多少、ぞんざいな扱いになってしまったのは仕方ないだろう。

 

 聖樹の階層へ女王を連れて戻る。

 その瞬間、女王は風の大精霊を見て身体を震わせた。

 

「ほ、本日はおひ、お日柄もよく……」


 恐らく女王本人も何を言っているのかわからないだろう。

 てぃとおじさんが女王の額に、軽くデコピンをする。

 

「正気に戻りましたか?」


「あう……痛いのです」


『あははは。久しぶりね』


 大精霊が笑いながら女王に声をかける。


「お久しぶりです。大精霊様、お元気そうで何よりです」


『うん。そっちも元気そうね。そこの聖樹の様子を見てご覧なさい』


 その言葉でようやく女王は気づいたようだ。


「はうあ! なんですか、この極上の聖樹は!」


 ぶうんと飛び回る女王である。

 その表情は嬉々としたものであった。

 

「こちらに住んでもよろしいのですか!」


『それは私にじゃなくて、リーちゃんに確認をとりなさい』


 大精霊の言葉に従って、おじさんを見る妖精であった。

 その期待に充ちた目を見て、おじさんは答える。

 

「そのつもりでしたが、どうしましょうか?」


 ちょっとしたお茶目のつもりだったのだ。

 もちろん大精霊にはその意図は伝わっていた。

 しかし、女王には伝わらなかったようだ。

 

「そんな! こんなに素敵な場所を見せるだけだなんて!」


 生殺しだわ、と滂沱の涙を流す女王である。

 

「い、いや、そういうつもりじゃなかったのですが」


 さすがのおじさんも、おろおろとするしかないのであった。

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