第373話 おじさん不在の公爵家邸での一騒動


 公爵家タウンハウス内にある騎士の訓練場である。

 そこで二人の淑女が対峙していた。

 

 片や元王族にして異端の魔導師とも呼ばれる祖母だ。

 こなたは祖母に仕えていた侍女長である。

 

 現役時代の二人は祖母が後衛、侍女長が前衛という役割であった。

 ただし祖母とて固定砲台よろしく魔法を撃つだけでは終わらない。

 必要とあらば前衛もこなせる淑女なのだ。

 

 その二人が今、時を隔てて対峙している。

 タオティエを巡って、だ。

 

「ふん……何年ぶりになるかねぇ」


 トントンとつま先で地面を叩く祖母である。


「そうですわねえ。御ひい様・・・・とこうするのは久しぶりですか」


 侍女長は拳をパキポキと鳴らしている。

 二人の間にはただならぬ空気が漂っていた。

 

「武器なし魔法なし。素手の格闘戦のみじゃからな」

 

 祖父が立ち会い人を務めている。

 だが、その片手は胃を押さえているのが印象的だ。

 

「承知しましたわ」


「異存なし」


 二人の淑女がスッと構えをとる。

 お互いの構えはほぼ同じ。

 左足を前にした半身だが、祖母は拳を作り、侍女長は拳を作っていない。

 

「おお! かっこいいお!」


 タオティエの声が響く。

 

「おばあちゃん! ばばちゃん! がんばるおー!」


 タオティエの無邪気な声に二人の淑女の表情が崩れる。

 

「じじちゃんもかっこいいおー!」


 その言葉に二人の淑女の鋭い目が祖父にむいた。

 思わず声をあげてしまいそうになるが、なんとか飲みこむ祖父である。

 

「では、はじめ!」


 祖父の言葉をきっかけに動いたのは祖母であった。

 おじさんとは違う直線的な動きだ。

 だが、初動が速い。

 

 五メートルほどあった間合いを一気に詰める。

 先ずは挨拶代わりの前蹴りが飛ぶ。

 祖母の蹴りをスッと退いて躱す侍女長。

 

 そこまでは予定調和であった。

 が、祖母は蹴り足を下ろすことなく、横に薙ぐ。

 その勢いを利用しての後ろ回し蹴りをお見舞いする。

 

 派手な見栄えのする技であった。

 祖母の予想どおりに、タオティエから声があがる。

 

「おおー! くるんってなったお! かっこいいおー!」


 その声に気を良くしたのか、祖母は蹴り技を中心に侍女長を攻め立てる。

 が、一度たりともクリーンヒットはなし。

 

 侍女長は足捌きと身のこなしに加えて、前にだした左手でうまくいなしている。

 その動きはどこかおじさんを彷彿とさせるものだった。

 

「おばあちゃん! リーちゃんみたいだお!」


 パチパチと無邪気に手を叩くタオティエ。

 その様子に侍女長はふんと鼻息を荒くする。

 

「お嬢様に動きの基本をお教えしたのは私です! 後でタオちゃんにも教えてあげましょう」


 侍女長の言葉に、“やったおー!”とはしゃぐタオティエだ。


 ちなみにおじさんは、あっという間に習得してしまった。

 その上でオリジナルの動きを加えて、昇華させていく始末だ。

 侍女長の教え子の中でも、いちばんのデキっ子である。

 

 豊かな才能と慢心しない性格。

 侍女長自慢の教え子である。

 

 が、やっぱりデキない子も愛しいと思うのだ。


「ぐぬぬ……美味しいところを持っていったね!」


「美味しいところはこれからいただきますよ、御ひい様・・・・!」


 侍女長はやや前傾になり、左掌を祖母にむけた。

 

「いきますよ!」


 ヌルヌルとした動きで間合いを詰める。

 間合いを詰めた上で、祖母の前から急激な方向転換。

 それはおじさんの動きそのものだ。

 

 弟子からまた教わることもあるのだと侍女長は学んだのである。

 祖母の側面に回り、攻撃するかと思いきや、だ。

 その場でしゃがみ、残しておいた後ろ足を使って祖母の足下を払う水面蹴りを放つ。

 

「なに!?」


 完全に虚を衝かれてしまった祖母は対応できなかった。

 そのまま両足を刈り取られてしまう。

 

 常人であれば、そのまま尻餅をついてしまうところだ。

 だが、祖母もまた達人である。

 

 払われた勢いを利用して、前方にくるりと回転して着地する。

 そのまま間合いを取るように、とんぼを切って離脱した。

 

「おおおお! がっごいいおおおお!」


 一連のやりとりに大興奮のタオティエだ。

 

「タオちゃんも! タオちゃんも!」


 そう言って、祖母と侍女長に駆け寄っていこうとする。

 

「ちょ、タオちゃん。待って、今はまだダメです!」


 タオちゃんの動きを察した侍女が腰にしがみつく。

 だが、パワーに定評があるタオティエには効果がなかった。

 

 そのまま侍女を引きずって、タオティエが駆ける。

 どどど、と駆けていくその姿は、まさに猛牛のようであった。

 羊だけど。

 

「タオちゃんも!」


「だああ、止まってええええ」


 侍女の願いはタオティエの耳に届いていない。


「え? タオちゃん?」


 侍女長との戦いに集中していた祖母。

 そのためタオティエの暴走には気づいていなかった。

 気づいたのは、直前になってからだ。

 

「ばばちゃん! タオちゃんもくるんってやりたいおー!」


「ちょ、待って、止まって!」


 だが、興奮したタオティエを止めることはできない。

 そんなことができるのは、おじさんくらいのものだ。

 

 頭から突っこんできたタオティエの突進を止められない祖母である。

 そのままタオティエの羊の角で弾かれて、宙へと舞いあげられしまう。

 

「御ひい様!」


 侍女長が動いた。

 このまま地面に激突するのはマズい。


 錐もみ状に回転する祖母の身体を中空でキャッチする。

 だが、タオティエのパワーはそんなことで止められなかった。

 侍女長も巻きこんで回転しながら打ち上げられていく。

 

「お? おばあちゃんもいなくなったお? どこいったお?」


 祖父はこれまでの流れを見て思った。

 この場にリーが居てくれれば、と。

 だが、居ないものはどうしようもない。

 

 身体強化を全開にして、回転しながら落ちてくる二人を受けとめる。

 なかなか骨の折れる作業だがやるしかない。

 

「はあああ!」


 身体強化を全開にする祖父。

 その祖父が二人が落下してくる場所を予測して走り出す。

 

「お? お? じじちゃん! タオちゃんも!」


「げええ! タオちゃん、今はちょっとダメじゃ!」


 が、祖父の話が通じる状態ではなかった。

 なぜか祖父にも頭から突っこんでくるタオティエである。

 

「っあああああ!」


 そして二人の淑女と一人の老紳士は星になるのであった。

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