第365話 おじさんラバテクスの正体を知る
聖樹の天辺近くにあった、不可視の凝り。
おじさんでなければ見つけられなかったそれをこじ開けて侵入する。
そこは色とりどりの草花が咲き乱れる楽園であった。
おじさん的には天国のイメージに近いだろうか。
そして、そこかしこに宙を舞う妖精の群れ。
十センチくらいの大きさだろうか。
背中には虫のような透明な羽根が二対四枚。
全員が薄い黄緑色の髪をしている。
葉っぱで作ったような服は同じだが、それぞれに個性があった。
裾を短くしている妖精もいれば、タイトに身体に巻きつけている妖精もいる。
「あら? 妖精さんの住処でしたの」
おじさんの呟きに、妖精の視線が一気に集まる。
「わああ! 人の子じゃん。 つか、ヤバくなあい?」
おじさんの前に群がってくる妖精たち。
その数は百を超えているだろう。
とにかく多い。
おじさんもその勢いに困惑してしまう。
「あれ? この子、ひょっとして御子じゃなあい?」
その言葉に返事をする前に、別の妖精が割って入る。
「やばい! マジで御子じゃん!」
「これ女王案件だから! マジ案件だから!」
「ちょ、誰か女王のとこ行ってくんなあい?」
「お前が行けよ」
「なんでだよぅ」
口々に喋るものだから、意外とうるさい。
おじさんもさすがに閉口してしまう。
しかし、このままの状態でいることはできない。
そこでおじさんは少しの間、考えた。
この妖精たちを黙らせるにはどうすればいいのか。
「皆さん! ここに甘いお菓子がありますの! 皆で食べませんこと!」
おじさんが宝珠次元庫から、公爵家自慢の焼き菓子をとりだす。
ここは出し惜しみしない。
「めっちゃ良いヤツじゃんか!」
「おっほー。美味いじゃん! めっちゃ美味いじゃん」
あちこちから絶賛する声が聞こえる。
だが、それも最初の内だけであった。
暫くすれば、妖精たちが黙りこんだ。
皆がハグハグと焼き菓子を抱きしめるようにして貪っている。
その姿はどこか愛らしいものがあった。
ただし、うるさいのは勘弁である。
おじさんもぺたりとその場に座りこむ。
自然と女の子座りになってしまうのはご愛敬である。
落ちついてみればいいところだ。
草花が咲き乱れ、清らかな泉まである。
優しい風が時折、おじさんの髪をなびかせるのが心地良い。
妖精たちと戯れる
ここに絵師がいれば、すぐさまにでも絵にしたいと思うだろう。
「なにをしているのです!」
そんな暢気の空気を切り裂く鋭い声が響く。
声を発したのは三対六枚の透明な羽を持つ妖精であった。
よく見れば、白い小さな花が咲く冠を頭につけている。
「げえ! 女王じゃん!」
「ヤバいって! 隠せ、隠せ!」
「もう見つかってるし」
慌てふためく妖精たち。
それを無視して女王は、おじさんの前に進みでた。
「なぜ人の子がここにいるのです?」
その問いかけはおじさんにしたものか。
あるいは周囲に妖精にしたものか。
いずれにしろ答えられるのは、おじさんだけであった。
「聖樹の天辺近くにあった凝りをとおってきましたわ」
にこりと笑みを浮かべるおじさんである。
「ん? あれは……我らにしか使えないのですが……」
と、女王の目がおじさんの耳飾りにいく。
そこで事情を察したようだ。
「なるほど。あなたは御子だったのですね。大精霊様はお元気にされていますか?」
「ええ、とっても元気ですわよ」
と、互いに無言になってしまう。
少しの間をあけてから、女王から切りだした。
「して、何の用でこの里に?」
「もともとラバテクスを探していたのです。わたくし、素材が欲しかったのですわ。でも、聖樹にもラバテクスが見当たりませんでした。ただ凝りを見つけたので、そこに入ってみたというわけですの」
「……ラバテクスですか。御子様はどこまでご存じなのかしら」
「ん? ラバテクスの吐く糸が素材になることくらいですわね」
おじさんの言葉に妖精たちが、ゲラゲラと笑った。
「知らないのー?」
「うけるー」
などと言う声に対して、女王が振り返る。
そして、キッと睨むと口笛を吹きだす妖精たちだ。
「失礼。ラバテクスというのは、我ら妖精の幼生体なのです」
これは意外な話に展開したものである。
おじさんも目を丸くしてしまう。
「あら? そうなのですか? では、数が減っているというのも何か訳ありですの?」
「訳ありというほどではありません。ただ、この里では少し賄いきれなくなっていまして」
「それで出生数を減らした?」
妖精がどうやって生まれるのかは知らない。
だが、増えすぎないように数を調整するくらいのことはできると思ったのだ。
「そのとおりです」
「とは言え、新しい子がいなくなるのはよくありませんわね。なにか打開案はありますの?」
おじさんの言葉に妖精の女王は眉をしかめて、口ごもってしまう。
打開案があれば、出生数を減らすという消極策を採らなくてもいいのだから。
女王の様子を見て、なんとなく察したおじさんである。
「わかりました。わたくしが解決いたしましょう」
「は? 今、なんと仰いました?」
女王だけではない。
その場にいるすべての妖精が目を見開いてしまう。
「わたくしが解決いたします、と言いました」
「ええと……本当に?」
恐る恐るといった感じで口にする女王。
「どーんとお任せくださいな!」
いやっっふううと妖精たちが騒ぎだす。
ぶんぶんとおじさんの周囲を飛び回るのだ。
「やっぱ良いヤツじゃんかー」
「あーしは最初からわかってたけどなー」
「腹減ったんだけどー」
好き勝手に飛び回る妖精たち。
その様子を見て、女王が身体をプルプルと震わせていた。
「ちょっと! まだ話の最中でしょ!」
おじさんは、ニヤリと笑った。
こういう状況は二度目である。
なので、さっきと同じ手を使うことにしたのだ。
「お菓子はまだありますわよ!」
おかわりを追加するおじさんである。
常に準備を怠らないおじさんは蓄えているのだ。
「さいっっっっっっこうじゃん!」
「やるじゃん! マジやばいって!」
「神! あなたが神か!」
などと言いながら、妖精たちがお菓子に群がる。
むふふ、とおじさんは成功を確信した。
「さぁ、これでお話の続きが……」
おじさんの前から女王がいなくなっていた。
「これは私のです! ずっと狙っていたのですよ!」
見れば、おじさんのだしたお菓子を抱きしめている。
「ずっりぃい! 女王だからっておーぼーだー」
「おーぼーだー」
他の妖精から避難の声が飛んだ。
「だまらっしゃい。女王だからいいのです!」
と、果物がのった焼き菓子にかぶりつく女王。
その姿を見て、おじさんは呟いた。
「……やれやれですわ」
額に指をあててポーズを決めるおじさんであった。
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