第364話 おじさん聖樹を調べる


 ダルカインス氏族の集落を歩きながら、おじさんは聞いた。

 先日、母親がケルシーを留学に誘ったことを。

 

「まぁ! それは素敵ですわね!」


 おじさんはシンプルに喜んだ。

 お友だちが増えるのは大歓迎だからである。

 

「まぁそれはいいのだけど……」

 

 あちこちからおじさんと母親に挨拶の声がかかる。

 それを見れば、エルフが本来は礼儀正しいのだとわかるのだ。

 しかし、このケルシーの自由奔放な性格はどこからきたのだろう。

 

 今も鼻歌を歌いながら、先頭に立ってズンズンと進んでいる。

 

 王国に留学させることは難しくない。

 いざとなれば、ごり押しすればいいだけである。

 

 宰相である兄をとおして、国王に圧をかければいい。

 温泉への直通路という鬼札があるのだ。

 どうとでもなる。

 

 ――そう。

 母親も娘であるおじさんと同じことを考えていたわけである。

 

 ただ、問題はこの性格だ。

 少しは矯正しておかないと軋轢を生むだろう。

 一昔前に比べれば、王国の貴族も緩んでいるのが実情だ。

 

 しかし、このままでは無理だ。

 どこかで教育をしなければいけない。

 その教育を誰に任せるのか。

 

 母親はそんなことを考えながら歩いていた。

 

「あ! そう言えば、リー!」


 満面の笑みをうかべてケルシーが振り返る。

 

「なんですか?」


「あ、あのね! 飴玉が欲しいんだけど! もうひとつくださいな!」


 両手を揃えて前に差しだすケルシーである。

 

「もう食べてしまったのですか?」


「ちがうの! クロリンダが台無しにしたのよ! 楽しみにしてたのに!」


 と、ケルシーがクロリンダの方をキッと睨む。


「あれは不幸な事故というものですわ。とは言え、私がしでかしたことに変わりはありません。御子様のせっかくのご厚意をムダにしてしまったことお詫びいたします」


 クロリンダが折り目正しくおじさんに頭を下げた。

 

「よくわかりませんが、いいでしょう」


 おじさんは宝珠次元庫から飴玉入りの瓶を取りだす。


「どうぞ」


 うわーいとケルシーがクルクル回る。

 その様子を残念そうに見るクロリンダと母親であった。

 

「ねぇ……エルフの教育事情はどうなっているの?」


 素朴な疑問を口にする母親である。

 

「ご不快でしたら申し訳ありません。あの……正直に申しますと、お嬢様が特別なのです。あそこまで天真爛漫なエルフは見たことがないと評判で」


 どこか肩身の狭そうなクロリンダである。


「ほおん。で、つい甘やかしてしまうということね」


 母親の指摘は正鵠を得ていた。

 バカな子ほどかわいいものだから。

 

「仕方ないわねぇ。侍女長にお願いするしかないかしら」


 おじさんちの侍女長は凄腕の鬼軍曹である。

 彼女ならケルシーの教育を任せてもいいだろう。

 ただ、かなり厳しくなることは間違いない。


「その……大丈夫でしょうか?」


 クロリンダも心配なのだ。

 留学するのはいい。

 自分もできる限りのサポートをする。


 だが、あの性格。

 一騒動どころではなくなりそうである。

 

「まぁ……リーちゃんがいるのだからどうとでもなるわよ」


「わたくしですか?」


 おじさん、丸投げされてビックリである。

 

「さ! 着いたわよ!」


 ケルシーが立ち止まって大声をだす。

 

「ふふん! ラバテクスがいるのは聖樹の上の方なの!」


 と、大樹の幹にらせん状の階段がつけられている。

 そこを登って行くのだろう。

 

 聖樹の高さがどれほどのものなのか。

 おじさんにはわからない。

 だが、けっこうな時間をかけて登って行く。

 

 ケルシーは既に肩で息をしているほどだ。

 それでも速度が落とさないのは、彼女なりの矜持なのかもしれない。

 

「はぁはぁ……さぁ着いたわよ!」


 階段は終わり、大きな踊り場になっている場所だ。

 むせかえるような緑の香り。

 生い茂る聖樹の葉が、陽の光を浴びてキラキラとしている。

 

「んん、どこにラバテクスがいるのでしょう?」


「はぁはぁ、なんで平気なの!」


 おじさん、母親、侍女にクロリンダ。

 全員が平然としている。


「御子様、かなり数が少なくなっているので最近は見かけることもあまり……」


 クロリンダがケルシーをスルーした。


「んんーわかりました。では、ちょっと行って参ります」


 おじさんは風の大精霊からもらった耳飾りを弾く。

 その瞬間におじさんの身体がふわりと宙に浮いた。

 

「え? リーちゃん、ひょっとして飛べるの?」


「ええ。ヴァーユお姉さま、風の大精霊からいただいた魔法なのです」


 母親の目がきらりと光った。


「リーちゃん!」


 皆まで言わずともわかる。

 だから、おじさんもしっかりと頷いた。

 

「後でトリちゃんに言って術式を確認してもらいます」


「約束よ!」


 母親にむかって首肯すると、おじさんはさらに高く浮き上がる。

 

「ね、ねぇ……リーってば、ひょっとしてスゴいの?」


 ケルシーがクロリンダに尋ねた。

 その問いにクロリンダは大きなため息をついてしまう。

 

「お嬢様。御子様とはそういうものです」


 はええ、と口を開けっぱなしにするケルシー。

 その姿は残念以外の何者でもなかった。

 

「……んにゅにゅ」


 その頃、おじさんは聖樹の周辺を飛び回っていた。

 ラバテクスを探していたのだ。

 

 しかし、見かけることがない。

 と言うか、葉を食べたという痕跡もないのだ。

 

「もしかして絶滅したのですか? ……いえ、それは早計ですわね」


 独り言を呟きながら、おじさんは周辺を観察する。

 今のおじさんは絶好調だ。

 その目もまた研ぎ澄まされていた。

 

「んん? ここ、なにか変な凝りがありますわね」


 聖樹の天辺近く。

 そこにおじさんの目でしか捉えられないなにか・・・があった。

 

 スッと手を伸ばす。

 だが、おじさんの手はその凝りを素通りしてしまう。

 

「ふむぅ……」


 おじさんは魔力をまとわせた手で凝りを触った・・・

 

「なるほど……そういうことですか」


 おじさんの指から魔力が噴出する。

 その魔力が閉じた凝りをこじ開けていく。

 

「ふふ……ワクワクしますわね」


 人がとおれるほどの大きさになった凝りの中へとおじさんは足を踏み入れるのであった。

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