第363話 おじさん再び聖樹国へ赴く


 イトパルサの大聖堂を後にして、カラセベド公爵家の一行は代官邸への帰路についた。

 おじさんは終始ニコニコとしている。

 

 ちなみに、トリスメギストスはハサン老とお話中だ。

 大聖堂についての話が楽しくて仕方がないそうである。

 

「お父様、お母様。大聖堂にきてよかったですわ! とっても素敵な場所でしたの!」


 テンションが高いおじさんである。

 そんな娘を微笑ましく思いながら、両親は娘との話に興じるのであった。

 

 代官邸に到着すると、商業組合の会頭たちが顔を見せていた。

 おじさんは快く対応し、契約書にゴーサインを出す。

 後は神殿にて儀式をして、お互いに控えを保管するだけである。

 

 なかなかに濃い一日を過ごしたおじさんだ。

 その日は満足して眠りにつくのであった。

 

 翌日のことである。

 今日も朝から絶好調のおじさんだ。

 身体がいつもより軽い。

 

 ほい、とその場で軽く跳んでみる。

 すると天井に当たりそうなほどの高さが出てしまう。

 

「ちょ。お嬢様! はしたないですよ」


「ごめんあそばせ」


 おほほほと笑って誤魔化すおじさんである。

 身体と魔力がなじんでいるのか。

 その理由は不明だ。

 

 掌をぐっぱと開いたり、閉じたり。

 んーと小首を傾げるおじさんだ。

 

「お嬢様、どうかなされたのですか?」


「いえ、どうということはないのです。なんだか調子が良くて……ちょっと運動用のジャージを用意してくださいな」


 おじさんの言葉に侍女がジャージを用意する。

 きちんと持ってきているあたり抜かりがない。

 

 手早く着替えさせてもらうおじさんだ。

 もはや侍女とは阿吽の呼吸である。

 

 ジャージを着ても、いささかの衰えを見せない美少女っぷり。

 朝だからといって、顔がむくんだりしないのだ。

 

「ちょっとお庭へ行きましょう。軽く身体を動かします」


 侍女を相手に組み手をするおじさんである。

 自分の身体のメカニズムを確認しながら、ゆっくりと動く。

 慣れとともに少しずつ速く。

 

 円環と直線の動きに虚実をまぜながら、組み手の速度もあげていく。

 さすがに体術自慢の侍女である。

 おじさんの動きにも、しっかりとついてきた。

 

 ただし、両者を隔てる大きな違いがある。

 おじさんは身体強化を使っていない。

 対する侍女は八割ほどの出力で身体強化を使っている。

 

 それでほぼ互角なのだ。

 やや、おじさんが有利だと言えるだろうか。

 

 おじさんの動きは決して速いわけではない。

 だが、侍女はついていくのでやっとだ。

 

 虚と実。

 円と直線。

 異なる要素を組み合わせた動きが読めないのである。

 

「良い感じにあったまってきましたわ。ちょっとだけ本気でいきますわよ」


 その言葉に頷きながら、侍女は全開で身体強化を使った。

 だが、おじさんの動きを目で追うことすら難しい。

 

 侍女が渾身の蹴りを放った瞬間であった。

 おじさんの手でいなされ、軌道をずらされる。

 そのまま懐にもぐりこまれた。

 

「はいやー」


 と、おじさんが双手を侍女のがら空きになったお腹にあてる。

 ただし寸止めだ。

 

「うん。やっぱり絶好調ですわね!」


 お礼を言いながら、おじさんは侍女の手を取る。

 そして、なんとも言えない良い笑顔を見せるのであった。

 

「お、お嬢様」


 激しく動いたのに汗をひとつもかいていないおじさんだ。


「なんですの?」


「絶好調という言葉ですませていいのでしょうか?」


 侍女の言う意味がわからず、おじさんは首を傾げてしまう。


「いいんじゃありませんの? 絶好調で!」


 侍女からすれば、おじさんの動きは別人のように見えた。

 確かに今や体術でもおじさんに敵わない。

 だが、以前はここまで実力が開いていなかったのだ。

 

 ただ、おじさんがそれで良いというのなら侍女に否はない。

 

「畏まりました。では、お着替えをして朝食に向かいましょう」


「この格好のままではダメですか?」


「お嬢様。ここがお屋敷なら良いのでしょうが、さすがにそれは……」


 侍女の言葉におじさんは頷いた。

 おじさんだって理解している。

 だから、あわよくばと言ってみただけだ。

 

「仕方ありませんわね。では、お着替えをいたしましょう」


 と、侍女と一緒に部屋を戻るおじさんであった。

 

「あ、あの……今のって……」


 代官邸の庭にて警備にあたっていた公爵家の年若い騎士が、年かさの同僚に問う。

 声にださずにいられなかったのだ。

 

「うちのお嬢様だな……」


「……動きがまったく見えなかったんですけど。オレたちって……」


「ばっか、お前。その先を言っちゃあお仕舞いよ」


「あ、はい。うん、オレ、もっとがんばります……」


「まぁ……あれだ。全員とおる道だから。折れるなよ」


 年かさの騎士はそう言って、遠い目になるのであった。

 おじさんが妹の年齢くらいの頃には、もう手も足もでなかったという記憶を思いだしたからである。

 

 二人の騎士たちの間を、一陣の風が吹く。

 騎士たちの背中には哀愁が漂っていた。

 

 朝食をすませたおじさんと母親、侍女の三人は休憩をはさんでから、聖樹国に転移していた。

 父親は今日もイトパルサでお仕事である。

 

「リーちゃん、今日は聖樹の様子を確認するのよね?」


 母親の言葉におじさんは頷いた。

 

「はい。より正確に言えば、ラバテクスの状況を……」


「待ってたわよ! リー!」


 村の入口で仁王立ちになって、大声で叫ぶケルシーであった。

 その後ろで顔色を変えるクロリンダである。

 状況的には決闘でも始まりそうな具合だ。

 

「そんなに大きな声をださなくても聞こえていますわ」


「ちょっと聞いてよ! 皆して酷いのよ!」


 と、機銃掃射をする勢いで昨日の出来事を話すケルシーだ。

 そんなケルシーの背後から、クロリンダが拳骨を落とす。

 

「っつああああああ!」


「申し訳ありません。うちのお嬢様が無礼者で!」


 ケルシーの頭を押さえつつ、クロリンダが頭を下げる。

 そんな二人の様子を見て、母親がぼそりと呟く。

 

「ううん。これは人選を誤ったかしら?」


 おじさんは何のことかわからずに、首をかしげるのであった。



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前話でケルシーたちが聖樹国に帰った文章を書き忘れていましたので、追加・修正をしています。

話の筋は変わりません。

よろしくお願いいたします。

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