第362話 おじさん確率変動常態にはしゃぐ


「リーちゃん、大丈夫なの?」


 一連の不可思議な出来事の後、最初に口を開いたのは母親だった。

 母親の言葉に応えようとして、おじさんは立ち上がる。

 ちょちょぎれる涙を指でピッと払う。

 

「問題ありません……わ?」


 ん? と首を傾げるおじさんである。

 自分の身体を見ても、どこか変わった様子はない。

 だが、なにかが変だ。

 

「どうかしたの?」


 心配といった母親の言葉におじさんは返す。

 

「お母様、わたくし、どこか変わりました?」


「んー見た目はいつものリーちゃんだけど」


「なにか不調があるのかい?」


 父親である。

 

「わかりません。ですが……」


 なにか枷が外れたような気分なのだ。

 

 これまでずっと押さえ続けられていたが、それが常態だったわけである。

 なので気づくことがなかった。


 しかし、枷が外れた今なら理解できる。

 なにかコンコンと内側から湧いてくるような気分だ。

 

 なので、試しに魔力を練ろうとしたのだ。

 その瞬間、トリスメギストスが叫んでいた。


『いかん! 主、魔力を練るな!』

 

「なんですの、トリちゃん」


 使い魔であるトリスメギストスには、おじさんが変だと感じる原因が理解できていた。

 だって、おじさんから流入する魔力量の桁が上がっているからだ。


『主よ、いいか。そのままだ。そのままだぞ』


 と、トリスメギストスがおじさんの近くに寄る。


『御尊父殿、御母堂殿。しばらく主を借りるぞ。主、ゆっくりと指輪に魔力を。ゆっくりだぞ』


 いつになく真剣な声のトリスメギストスに従うおじさんである。

 慎重に魔力を流して、女神謹製の世界へと転移するのであった。


『ふぅ……』


「もう、なんですの。トリちゃん」


『主も気づいておるだろう?』


「正直に言えば、よくわかりませんわ。なにかこう枷を外されたようなそんな気分ですの」


『で、あろうな。我にも本当のところはわからん。だが、主からの魔力が桁違いに供給されるようになっておるのだ』


「それがなにか問題でも?」


『我にとっては何の問題もない。主の魔力量からすれば微々たるものであるからな。恐らくだが……主の言葉から推察するに出力が大幅に上がっているのではないか』


「出力が……?」


『軽くだ。軽くでいいから魔法を放ってみるといい』


【氷弾・改三式】


 おじさんの氷弾は成人男性の拳大の大きさがある。

 だいたい十センチくらいだろうか。

 その氷弾が、五十センチはあろう氷柱のようになっていた。

 

 特に魔力の量をいつもと変えたわけではない。

 無意識にそうなっていたのだ。

 

「トリちゃん!」


『うむ。なぜそうなったのか。それは神のみぞ知ることだ。我らにはわからん。が、主よ……魔法を使うのなら習熟訓練をしておく方がいい』


「…………」


 おじさんは使い魔を見たまま口を開かない。

 だが、明らかに目がキラキラとしている。

 

「むふふふ。より魔法を使いやすくなったと考えればいいのでしょうか。いえ、うん。そうですわね。うふふ。これは楽しくなってきました」


 おじさんの呟きに今度はトリスメギストスが黙る番であった。


『…………あ、主よ。ほどほどにな』


「はああぁあああああ」


 おじさんは本気で魔力を高速励起させていく。

 

 尋常のものではない。

 世界すら覆うような魔力の高まり。

 

 おじさんの身体の周辺には火花が散り、大気が震える。

 

「いいいいえやあああ!」


 おじさんは可視化された魔力をまとっていた。

 世界そのものがたわむ。


「ふははは! 今なら何でもできそうですわ!」


 おじさんが両手を頭上に掲げて、手を組んだ。


九頭龍咆哮撃ハイドラ・エクスキューション!!!】


 腕を振り下ろしながらトリガーワードを叫んだ。

 おじさんの背後に顕現したのは黄金の龍ではなかった。

 

 おじさんの髪色とそっくりの少し青みがかった銀色の体表。

 それにおじさんそっくりのアクアブルーの瞳を持つ九頭龍が顕現したのだ。

 

『だあああ! 主、マズい。そのブレスは!』


 九頭龍が虚空にむかってブレスを吐く。

 その威力はおじさんがかつて見たことがないほどのものだった。

 地上で放たれていたのなら、確実に地形が変わる。

 

 いや、時間も停止するほどの攻撃なのだ。

 きっかり九秒を超えても、時間は動きださない。

 

「最っっ高にハイってやつですわあ!」


 腕をぐるん、ぐるんと回しているおじさんだ。


『あ、主よ。もちつけ』


「落ちつくのはトリちゃんの方ですわ! 次は禁呪を!」


『だああ! ほんとにやめてええええ!』


 使い魔の絶叫が女神の作った空間にこだまするのであった。



 一方、聖樹国ダルカインス氏族では大会議が開かれていた。

 議題はケルシーの留学についてである。

 

 この集落において最も年若いのがケルシーだ。

 そうした点で王国に行っても馴染みやすいだろう。

 

 しかし、である。

 本当にケルシーでいいのかという不安を隠せない村人が多いのだ。

 なにせ残念な子だという認識は村で共通のものだったから。

 

 ちなみにケルシーとクロリンダは、大聖堂へ行く前におじさんが村へと戻している。

 

「だ、か、ら! ワタシしかいないじゃない!」


 聖樹の洞にある会議場の中心で、ケルシーが声を荒げる。

 

「それが不安なんだよ!」


 と村人の誰かが言った。

 それに多くの人が追従するように頷く。

 

「きぃいいいい! ちょっとクロリンダ! 何かいったんさい!」


 ケルシーの言葉を受けて、クロリンダがまだ眠そうな目をカッと見開く。

 

「残念ながらお嬢様! 皆の言うとおりでございます!」


「なんでやねん!」


 即座に突っこむケルシーであった。

 一瞬だが静まり返った会場。

 だが、少し間をあけて爆笑に包まれる。

 

「……と言うのは冗談です。私はお嬢様こそが適任かと」


「そうよ、そういう話が欲しかったの! 続けてちょうだいな!」


「皆さん、考えてみてください。王国に留学するというのはですね、それこそこちらへいらした公爵家の奥方様のような方々とお付き合いをすることなのです」


 確かに、という声があがる。

 

「皆さんはできますか? 御子様で、公爵家のお嬢様でもある方に面とむかって呼び捨てにすることが! 皆さんはできますか? イトパルサの代官邸で催されていた食事会に呼ばれてもいないのに、しれっと参加することが!」


 そこでクロリンダは大きく息を吸った。

 

「できるわけがないでしょう! 慎みあるエルフにそんなことが! ですがお嬢様はできるんです! よく言えば物怖じしない、悪く言えば考えなし! いいですか、バカとはさみは使いようとも言うように……お嬢様もうまく使えばいいのですわ!」


 クロリンダの長広舌に、エルフの皆が納得していた。

 そこかしこから、同意する声が聞こえてくる。

 

 その様子を確認して、クロリンダはケルシーにむかってビッと親指を立てて見せた。

 

「……いや、納得するなー!!」


 ケルシーは心の底から叫ぶのであった。

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