第361話 おじさん神像の前で祈る


 地下聖堂に戻ってきたおじさんと父親である。

 王城での様子を自慢げに語る父親にむかって母親は言った。

 

「あのバカの言葉の真偽。どうやって確かめるの?」


 その問いに父親も詰まってしまう。

 だが、今日のおじさんは絶好調であった。

 

「心配ありませんわ! うちには邪神の信奉者たちゴールゴームをよく知る者がいるじゃありませんか?」


 おじさんの言葉に首を傾げる父親と母親だ。

 その様子を見て、おじさんはもったいつけることなく答えを言う。

 

「ぴよちゃんですわ! あの者、元は邪神の信奉者たちゴールゴーム三巨頭のひとりですわよ」


 ああ、と合点がいく二人であった。

 悪いコカトリスじゃないよ、というだけのひよこ。

 確かにおじさんの言うとおりだ。

 

「では、後で王城に届けさせるか」


「ソニアが怒るわよ。とーさま、だいっきらい!って」


 そう。

 ぴよちゃんは妹のお気に入りなのだ。

 よく頭の上にのせている。


 明らかに母親が悪乗りしている状況だ。

 ニヤニヤとしながら、父親を見ている。

 

 父親はと言えば、そう言われたときのことを想像したのだろう。

 顔が真っ青である。


「うう……リー、頼んでもいいかい?」


 結果、父親はおじさんに丸投げすることにした。

 おじさんは首肯して言う。


「仕方ありませんわね。わたくしがなんとかしましょう」


「ありがとう! 助かるよ!」


 父親に対して、サムズアップで応えるおじさんであった。

 さて、とばかりにおじさんは、ニコニコとしている老人に向き直る。


「と言うわけで、ハサン老。あの神像のことを教えてくださいな!」


「お嬢様は王都の神殿をご存じですかな?」


「神託の儀を受けたのが王都の神殿ですわ」


 そこまで言って、おじさんは気づいた。

 確か王都の神殿でも神像は並んでいたが、祭壇を中心として円状に神像が配置されていたのだ。

 

 儀式を行うのだから、その祭壇を見守るように配置されていると思っていた。

 しかし、どうやらおじさんの考えはまちがっていたらしい。

 

 おじさんの表情を読んだのか。

 ハサン老が静かに笑った。

 

「そうなのです。現在のあの神像の配置。あれは後期魔導帝国時代の名残とも言われておりますな」


「では、それ以前の神殿はこのような配置だったのですか?」


「そうですな。現在、見つかっている古代の神殿はいずれもこの形式ですな」


 ハサン老がすぅと息を吸って続ける。

 

「あの中央の空位。あれはお隠れになった創造神様を示すと言われておりますな」


「この世界と十二柱とおとふたはしらの大神をお作りなった御方ですわね」


 ふむぅとおじさんは考える。

 神像の配置はいい。

 それよりもなぜ地下にという疑問が拭えない。


「ハサン老。なぜこの大聖堂は地下にあるのでしょう? かつては迫害されていたのですか?」


「ふむ。実はその疑問には多くの者が頭を悩ませていましてな。なにせ時代が時代ですからのう。神殿にも資料が残っておらんのです。この爺がここで隠棲しておるのも、歴史的な資料を調べるため。ですが、結果は芳しくありませんな」


「んんー。余計なお世話かもしれませんが、わたくしの使い魔を喚びましょうか」


 そう。

 歴史的な資料の探求する者にとっては、探求そのものが楽しみであったりする。

 なので、答えを知るであろうトリスメギストスを喚ぶのは違うような気もするのだ。

 だから、おじさんは確認をとったのである。

 

「ほう。お嬢様の使い魔ですか?」


 ハサン老の弾んだ声に、好奇心が含まれていた。

 もちろん、おじさんは聞き逃さない。


「トリちゃん!」


『我が万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリーのトリスメギストスである』


 威厳たっぷりの声で言う使い魔だ。

 その威容にハサン老は大笑した。

 

「これはこれは。まさか知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトとは。まったくお嬢様には驚かされますな」


『うむ。話は聞いておった。我は主の使い魔筆頭であるトリスメギストスだ。イトパルサの大聖堂であるな、それに関する情報はいくつも持っておる』


「ほう! これは是非ともお伺いしたいですな。が、よろしいのですか?」


『我が主がそれを望んでいるのだ。なにを遠慮することがあろうか』


「ほほ。では幾つかお伺いしたいことがありますな」


 ハサン老とトリスメギストスが話を始める。

 残されたおじさん一行はと言えば、祭壇の前に進んでいた。

 

「ちょっとお祈りをしておきますわね」


 おじさんが片膝をつき、胸の前で両手を組む。

 そして目を閉じて祈った。

 

 いつもありがとうございます、と。

 

 その瞬間であった。

 十二柱とおとふたはしらの神像が輝く。

 神威の光が周囲にあふれ、おじさんを包んでしまう。

 

 両親はもちろん、ハサン老とトリスメギストスもその異様な光景に声が出せないでいた。

 

 神威の光はやがて人の形をとり、おじさんから離れて空位の席へ立つ。

 そこでおじさんが顔をあげた。

 

 光輝くヒト型のなにか。

 それを見て、おじさんはニッコリと微笑んだ。

 

 なぜかそうしたのか、おじさんにもわからない。

 ただ、自然と笑みがこぼれてしまったのだ。

 

 光輝くヒト型のなにかの姿が薄れていく。

 淡い光が空気に溶けていくように。

 

 おじさんは、なぜか救われたと思った。

 よくわからない。

 だけど、そう感じたのだ。

 

 その気持ちに気づいたとき、つぅとおじさんの頬を冷たいものが伝うのであった。

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