第360話 おじさん珍しく圧をかける


 おじさんの魔法で身動きが取れなくなったウドゥナチャである。

 

「さて、どうしようか」


 父親である。

 予定外の闖入者に対して何をか言わんやの状況だ。


 邪神の信奉者たちゴールゴームの元首領と名のる男。

 ……その真偽から確かめる必要がある。

 ならば、ここで殺してしまうのは悪手か。


「閣下。ひとつよろしいかな」


「なんでしょう、ハサン老」


「その不埒者の命を取るの構わんのですが、できれば聖堂を穢したくありませんな」


 老人の言葉を聞いて、父親は母親を見る。

 それでいいかい? というアイコンタクトだ。

 父親からの視線に気づいて、母親も渋々といった感じで頷く。

 

 意思の疎通がとれたところで、父親は大きく息を吐きだした。

 

「ハサン老。これから起こることは他言無用に」


「ほっほ。承知いたしました」


 老人の了解をとったところで、父親はおじさんに声をかける。


「リー、悪いけど王城の地下室までとんでくれるかい」


「バベルをすぐに向かわせます」


 おじさんが中空にむかって呟く。

 その間に父親がウドゥナチャの手足を縛る。

 

「お父様、準備ができましたわ!」


 と、おじさんが父親とウドゥナチャを連れて姿を消した。

 

「気配が……転移の魔法?」


 ハサン老の言葉に母親が頷く。

 盲いていても状況がわかるようだ。

 

「だから他言無用なのよ」


「長く生きるものですなぁ……ふふ、心が躍ります」


「あら? ハサン老もなの?」


 母親の言葉に老爺が快活な笑い声をあげた。


「……お嬢様が王となられるのなら隠居暮らしを捨ててもよろしいな」


 ハサン老は隠棲の身である。

 しかし神殿関係者にとっては、その名は重い。

 表立ってその力を行使することはないが、老人の一声にはかなりの影響力がある。

 

「ダメよ。あの子に王なんて小さすぎるわ」


「でしょうなぁ。だからこそ心が躍るのです。ヴェロニカ様、そのときはこの爺にも声をかけてくださいますかな?」


「そのときがくればね……でも、期待しない方がいいわよ」


「至尊の座に至るは黄金すらくすむ魂の輝きを持つ者……古い、古い言い伝えですなぁ」


 老爺は独り言かのように呟く。

 そして、膝を折って祈りの姿勢を取る。

 白く濁った目を細めて天を仰ぐ。

 

「主上のはからいに感謝を!」


 おじさんの知らないところで外堀が埋まっていく。

 過大評価だと、おじさんは言うだろう。

 だが、着実と信奉者を増やしていくのであった。

 

 

 王城の地下にある空き部屋のひとつ。

 そこに緊急の報せを受けた王と宰相が息を切らしてやってきた。

 

「スラン! いったい何があった!」


 国王は見た。

 弟と、その隣に立つおじさんを。

 いつもと変わらない美少女っぷりである。

 国王にちょこんとおじぎをする仕草まで愛らしいおじさんだ。

 

 そんな二人の足下に転がされている若い男。


「陛下。こちら、邪神の信奉者たちゴールゴームの元首領であったと自称するウドゥナチャです」


「いやだから自称じゃないって! 今さら嘘なんてつかないから!」


 既に意識を取り戻しているウドゥナチャが叫ぶ。

 その両手には魔法封じの腕輪がはめられている。

 さらに両手と両足を拘束されている状態だ。


「ほう……これはお手柄ですね、スラン」


「手柄と言うべきか迷いますが……」


「自首したの! 助命嘆願と引き換えに!」


「……と、言うことです」


「ふむぅ……」


 と、深い息を吐く国王である。

 その表情には苦々しいものがあった。

 王妃を殺されかかり、さらには息子を廃嫡せざるを得なかったのだ。

 それもこれも邪神の信奉者たちゴールゴームのせいである。

 

「自分たちがしでかしたことを理解しておるのか? 助命なぞとおる訳がなかろう」


「それ、関わってないから!」


「信じられるか!」


 語気の勢いに任せて、腰の剣に手をかける国王である。

 

「陛下。まずはこの者の話の真偽を確かめなければなりますまい」


 宰相が国王の手を押さえつつ言った。

 

「……じゃあ後は任せました」


 ほど良きタイミングで父親が言う。

 

「どこへ行く気だ、スラン!」


 国王が弟の肩をがっちりと掴んだ。

 

「いや、私はほら家族でりょ……ごほん、会談の途中でしたから」


「今、家族で旅行って言いかけたよな!」


「さぁなんのことやら?」


「スラン、あなたはまた私に仕事を押しつける気ですか?」


 二人からの攻勢にたじたじの父親である。

 その姿を見かねたおじさんが割って入った。


「仕方ありませんわね。陛下・・は温泉出禁とお触れをだしましょうか」


「なぬう! 卑怯だぞ!」


「いま、わたくしの耳に卑怯という言葉が聞こえましたが?」


 珍しくおじさんが圧をかける。

 だって、家族で旅行の最中なんだもの。

 弟妹たちがいないとは言え、前世も合わせて初めての家族旅行なんだもの。


「あ、いや。うん……卑怯じゃないです、はい……すみません」


 おじさんの迫力に押される国王である。

 この世でもっとも端正なおじさんの顔は、怒気をにじませると怖いのだ。


「宰相閣下。お父様はお仕事・・・に戻ってもよろしいですわね?」


 宰相は出禁と言われていない。

 その意味を十分に把握していた。

 味方になれと言うことだ。


「他ならないリーが言うのです。スランは会談に戻るべきでしょう」


 しれっとおじさんの味方につく宰相であった。


「な!? 裏切るのか、ロムルス!」


 愕然とした表情になる国王であった。

 

「陛下。私は裏切ってなどいません。ことは外交に関わるのですから、当然の話をしているだけです」


「ぐぬぬぬ」 


「陛下、よろしいですわね?」


 おじさんが迫る。

 

「ええい! その代わり出禁はなしじゃぞ!」


「もちろんですわ。では、わたくしとお父様は失礼いたしますわね」


 いい笑顔で告げるおじさんだ。

 娘のたくましさが頼もしい、と父親はご満悦である。

 そして、おじさんと父親は再び逆召喚で大聖堂へと戻っていく。


「あんたらも大変だな……」


 ウドゥナチャの言葉が、静かな王城の地下室に響いたのであった。

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